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事件とその影響
しおりを挟む「お逃げください、モーリス様!」
領内の冬祭りに顔を出した帰路で、無理矢理にでも既成事実を作ろうとした者に俺が拐かされそうになったのだ。
同行していた従者のティムが俺を乗せた馬車を逃がそうとしたが、真っ先に御者が傷つけられたため身動きが取れない。ティムは護衛も兼ねた腕の立つ従者だが、敵の数が多く多勢に無勢だった。
「ティム!」
馬車から引き摺り出された俺の視界に、今にも敵の刃が振り下ろされそうになっているティムの姿が入ってくる。思わず叫んだそのとき、ひとりの男が素早くティムと剣の間に割って入った。その男は凶刃を跳ね返し、ティムに声をかける。
「無事か?」
「は、はい」
「手を貸す。まだ戦えるよな?」
「もちろんです!」
彼の参戦もあってなんとか敵を撃退、捕縛できた。
誘拐を指示したのは俺に婚約を断られた子爵だったようで、彼がその後どうなったのか俺は知らされていない。
感謝してもしたりないくらいの助っ人は、冬祭りに遊びにきていた非番の王国騎士だった。彼がたまたま通りがかってくれたからこそ、俺たちは助かったのだ。傷を負った御者も命に別状はなく、俺は心底ほっとした。
しかし、あのままティムが殺されていたら、と考えると背筋に震えが走る。自分のせいで親しい者が危険に晒される恐怖など、二度と味わいたくない。未遂で済んで本当に良かった。
助けてくれた王国の騎士はブライアンと名乗った。俺の家族に盛大に感謝され饗され、我が家の恩人としてその後も交流が続いている。
ティムが彼に稽古をつけてもらっている場面にも遭遇したことがある。俺にもお願いしたい、と伝えたら二人揃ってすごい勢いで首を横に振ってきた。せめて自分の身を守れるくらいには強くなったほうが良いと思ったのだが、「あんたに怪我でもさせたら俺が大変なことになるんだ、勘弁してくれ」「そうです! モーリス様のことは今度こそ私が守ります!」と頑として受け入れてもらえなかった。
事件そのものは解決したものの、影響は残った。
ちょうど王立学校に入学する直前に誘拐未遂事件が起こってしまったせいで、俺の身を心配した両親が、学校に通わせるのは危ない、とこれまで同様、屋敷で家庭教師から学ぶことを提案してきたのだ。
俺ほどではないにしろ、うちの家族はみな美形揃いだ。兄姉みな学生寮に入っても問題がなかったし、さすがに学校内は安全だろうと最初は不満を抱えていたのだが、身分がしっかりしていて両親の審査も通ったはずの新任家庭教師が「無理です申し訳ありません辞めさせてくださいこのままではいつかモーリス様に良からぬことをしてしまいそうで……!」と嘆願してきたところで、俺は学校に行かなくてよかったんだろう、と諦めた。
友達は欲しかったが、自分を襲ってくるかもしれない友達なら最初からいないほうが良い。
最終的に、勉学については元々家庭教師としてついてくれていた初老の女性としっかりものの姉がみっちりしごいてくれることとなった。
諦めはしたものの、やはり学生生活を送ってみたかったというのが本音だ。ここにきて、俺は一生このままあらゆるものを我慢しなければいけないのか、と軽い絶望を感じていた。
美しさは人を狂わせる。そんなこと、身を以て実感したくなどなかったのに。
いっそ顔に傷でもつけてやろうかとも考えたが、家族が全員泣いて悲しむのがわかっていたのでやめておいた。末っ子の俺を溺愛してくる家族のことは、たまに窮屈だと思うことはあれど、やっぱり大切だったので。
しかし、俺の成人が近づくにつれ、婚約の申し入れは更に際どいものが増えていった。貴族社会では学校卒業と同時に成人と見なされるため、十八歳で結婚する者がほとんどだ。既に婚約者がいる者たちはもちろんのこと、学校に通っている者たちはそこでお相手を見つけることも多く、俺はある意味で『残り物』になってきていたのだ。
いっそ未婚を貫き通してやりたいところだが、ずっと家に置いてもらうのもさすがに抵抗がある。俺が家に留まる年数分、屋敷の警護にかかる費用を抑えることができなくなってしまうからだ。
あの祭りの日以降、家族は更に輪をかけて俺に過保護になった。屋敷の警護も強化しなければモーリスが危ない! と慌てて人員を増やしたのだ。
結果的に、その強化は幸いした。攫ってでも既成事実を作りそこから婚姻話に持ち込もう、と狙ってくる阿呆が信じられないことに他にもいたのだ。
正直、そいつらの思考が全く理解できないのだが、おそらくその理解不可能な輩は他にもいて、俺が未婚である間はきっとずっとこの対策が続くのだろう。ならば、俺は絶対に家を出たほうがいい。こんな無駄な出費、領民にも申し訳ない気持ちになる。
「やっぱり、俺もブライアンに剣の稽古をつけてもらえないかなぁ」
「お気持ちはわかりますが、絶対に承諾はしてくださらないと思いますよ」
「騎士になれれば、自分の身も守れるし独り立ちもできるし一石二鳥なのに……」
「お外用のモーリス様で騎士団になんか入ったら、それこそすぐさま手篭めにされておしまいです。諦めましょう」
俺の愚痴をティムはさらさらと聞き流していく。ブライアンのおかげかここ三年で更に強くなった俺の従者は、青灰色の瞳に少しだけ憐れみを浮かべて苦笑した。
「きっと、モーリス様にぴったりの方が見つかりますよ」
「俺に歪んだ欲望を向けず、父上と母上のような仲睦まじい関係を築ける相手……ほんとにいると思うか?」
「モーリス様のお外用のお顔を見せても変な欲望を向けない方は、ご家族や使用人以外でもちゃんといらしたじゃないですか。ほら、……ブライアン様とか」
「あれは俺に興味がないだけだろ」
というか、己の気に入ったもの以外は目に入りにくい質というか。そんな王国騎士の興味を一身に浴びているくせに全く気づいていないティムの青みがかった黒髪を腹いせにぐしゃぐしゃにかき混ぜ、俺は大きな溜息を吐いた。
俺の美しさにだけ惹かれるのではなく、取り繕った清楚さだけを愛でるのではなく、内面の粗野さを見せても大丈夫だと思える相手が。そこまでは望まずとも、せめて外面を保てるほど穏やかな生活をともに送れる相手が。いつか本当に現れてくれたら。
「いやもう、変態じゃなきゃいいか……」
そうはいっても、立場が上の家からの申し出を断ることは難しい。
ティムとの会話の数日後、美しいものに目がなく度が過ぎるほどの好色家だと噂の公爵令息から婚約の申し出が届いた。
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