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舞い込んだ希望
しおりを挟む「うーん、おかしいな……。なにやってるんだ、あの人」
手紙が届いたときの長兄の不思議な言葉の真意はわからなかったものの、いくら俺でも公爵家からの申し出をあっさり断ることが難しいことくらいは理解している。
終わった……、と一瞬人生を諦めかけたのだが、その話はなぜか知らぬ間に立ち消えとなっていた。どうやら、お相手の公爵令息が突然、隣国の第四王子から伴侶になるよう指名されたらしい。さすがに国を通した王族からの申し入れは受け入れざるを得ず、こちらへの話は取りやめとなったということだ。ありがとう、隣国の王子様。
この一件があってから、待ってるだけでは駄目だと一念発起した俺は、女好きで男の体に一切興味がない男、もしくは人間に興味がない男、──とにかく俺に魅力を感じないタイプの男を探し始めることにした。
もう仲良し夫夫や愛のある穏やかな家庭などに希望を抱いている場合ではない。欲まみれの愛など寧ろなくていい。
目指せ、白い結婚! これに尽きる。
条件ぴったりの男性が見つかれば、家の力を使ってでもこちらから申し入れをしよう。そう考えるに至っていた。
「モーリス様、なんでそんなに極端なんですか?」
「うるさいぞ、ティム。俺に伴侶ができれば、変態たちもおいそれと手が出せなくなるだろ! そのためならもう契約結婚でもいい、寧ろそっちのほうが気楽かもしれない」
「まぁ、私はモーリス様がそれでいいならいいですが……」
「ティムは俺についてきてくれるだろ? もうティムさえいればいいよ……!」
「もちろん、旦那様からご許可をいただければ、私はモーリス様にどこまでもついていく所存ですが」
「ブライアンごめんな!」
「どうしてここでブライアン様が出てくるんですか?」
そんな感じで俺的には相当切羽詰まった状況だったため、騎士としての職務以外には全く興味を見せない王弟ベリル・カーターから求婚の申し出があったとき、天は我に味方した! と本気で狂喜乱舞したのだ。
ベリル殿下は、先日成人したばかりの俺より七つ年上の二十五歳で、現国王の末の弟君だ。王族も三男以降は同性婚が推奨されており、五番目の彼についても言わずもがなだった。
公爵家に入ったり新たに爵位をもらうよりは武官として王家の役に立ちたい、と自ら望んで王国騎士団に入団したと聞く。若くして副団長にまで昇りつめており、ゆくゆくは騎士団を任されるだろうと噂されていた。王国騎士団は完全実力主義のため、高貴な身分ゆえの昇進ではない。それほど、ベリル殿下が強いということだ。
そのうえ、鍛えられ引き締まった肉体、凛々しくも涼やかな顔立ちという誰もが放っておかない要素満載の彼がなぜ未だに独り身なのかというと、本人が全く、誰にも、一切の興味を示さなかったからに外ならない。
どんなに地位のある者でも、どんなに美しく可愛らしい者でも、言い寄ってくる男には全て路傍の石を見るような視線を向けるだけ。かといって、女がほしいわけでもないらしい。慰めを仕事とする者としか関係を持ったことがないのではないか、と口さがない者が噂していた気がする。
男遊びも女遊びもせず、副団長としての務めのみを優先させるベリル殿下についた異名は、氷の騎士。美しい銀の長髪と透き通る湖のような瞳の持ち主であることも理由のひとつだが、表情変化がほとんど見られないことでも有名な方なので、言いえて妙ではあった。
さて、そんな彼がどうして急に俺に求婚してきたかというと、そこにはあちらのご家族の心配と思惑があったようだ。
既に後継者となるご子息がいる国王の末弟という、立場的にほぼ縛られることなくなんなら自由恋愛すらも許されている彼が、王位継承権を有したままいつまでも伴侶を持たずにいる。その絶妙な危うさに痺れを切らしたのが、ベリル殿下の兄である国王陛下だったのだ。
「お前みたいな仕事一筋男が、もし万が一、うっかり変なのに引っかかったら大変だからさ。せめてどっかのちゃんとした家と、形だけでもいいから繋がっておきなさい」
年の離れた末っ子の行く末を心配した兄の言葉が、弟の心に響いたのか。それとも王命だと思ったのか。
こうして独り身をやめることになった彼が選んだのが、家柄もほどよく年齢もそこまで離れておらず、それでいて未だ婚約者のいない俺だったというわけだ。
王家としても、伯爵家なら縁を結んでおいて損はないし、うちとしてもこの繋がりは願ったり叶ったりである。
なにより、大喜びした俺が二つ返事で了承した。
なかなか婚約相手が決まらず、決まったら決まったで相手を巻き込んで一波乱ありそうな俺のどうにも不穏な周囲を黙らすことが可能な権力。それでいて、俺に興味があるのではなく俺の家との繋がりだけを求めていそうな淡白さ。
俺が求めていた白い結婚相手にぴったりだった。夢が現実味を帯びたのだから、喜ばないわけがない。
この結婚、絶対に成立させなければ! 俺はそう意気込んで、婚約を交わす席に挑んだのだった。
実は、殿下とは初めまして、ではない。俺の社交界デビューの際に一度だけ挨拶を交わしたことがある。
そのときも冷ややかな水色はなんの感情も浮かべておらず、他と比べて異色ではあった。まぁ、他の面々が皆、俺の顔を見て浮かれすぎていたせいで、逆に印象に残ったのかもしれないが。
今回の婚約はベリル殿下からの申し入れだったため、婚約はうちの屋敷で行われることとなる。この国では、申し込んだ方が相手の家に赴くのが礼儀となっているからだ。
婚約の交わし方は至ってシンプル。両者顔を合わせての書類への署名。それだけだ。
署名のためだけにフレイザー家にやってきた殿下を、万人から讃えられている天使のような微笑みで出迎える。三年ぶりに顔を合わせた彼は、相変わらずの無表情で俺を見てきた。
「ご無沙汰しております、殿下」
「ああ。……ベリルで良い」
「ベリル様。ご尊名をお呼びできること、大変嬉しく思います」
はにかみながら、一旦言葉を区切る。全く崩れない鉄面皮によしよし、と内心で満足してから、俺は最上級の礼を取った。
「この度の婚約のお申し入れ、幸甚の極みでございます。ベリル様の良き伴侶となれるよう、誠心誠意努めていく所存です」
「私も、良き家庭を築けるよう努力しよう」
「お心遣い、ありがとうございます。ベリル様と共に過ごせる日々を今から楽しみにしております」
「ああ。世話をかけるだろうが、よろしく頼む」
形式的なやり取りだが、契約結婚を前提とした婚約の挨拶であればこんなものだろう。無下には扱われなさそうで少しほっとする。いや、いざ結婚してしまえば会話すらない、という可能性もまだ捨てきれないが。
粘着されるよりは放置のほうが楽ではあるものの、これから長い時間を共に過ごす相手だ。変な欲を向けられていない実感を得たのもあり、せめて仕事仲間くらいの関係を築けたらいいなぁ、と俺は淡い希望を抱いていた。
あらかじめ用意していた部屋に案内し、婚約の書類を確認したうえで互いに署名する。立会人は父上が務めた。
あっという間に終わった婚約締結ののち、ベリル様は長居することなくうちの屋敷を後にした。お招き前、一緒に食事でもどうか、と父上が誘っていたらしいのだが、ちょうど新人を選抜する時期のため騎士団の仕事が立て込んでおり、また後日、と断られたようだ。父上は残念そうだったが、俺としては仕事第一なところが垣間見れてほくほくしていた。
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