上 下
23 / 136
捜査開始

23. 八日目、東病院へ三回目の訪問 

しおりを挟む
 携帯電話で東氏と午後三時に会う約束を取り付けて電車で移動する。午後三時
丁度に病院へ着くと中に入って受付を済ませる為に受付用紙を捲る。9月13日
以降に黒沢の名前は記入されていない。きっと他の事件で忙しいのであろう。

 隆の部屋に入ると東氏がコーヒーカップを右手に持って箱庭を眺めている所だ
った。
「急に、お邪魔して済みません」
 後藤の張りのある声で東が振り向く。
「何、捜査に協力するのは当たり前です」
「そう言って頂けると助かります」
「ところで、何か証拠は出て来ましたか?」
 東は用意してあったコーヒーを後藤に手渡しながら話しかける。
「それが、お恥ずかしい話。今の所、有力な証拠も証言も得られてないんです。
コーヒーは黒沢警部も飲まれますか?」
「彼は、ミルクを入れないと美味しくならないらしくてブラックは苦手らしい。
私はブラックで香りと苦みを存分に味わいたい派ですよ」
「そうなんですね。コーヒーの好みって皆さん違いますよね」
 言い終わると手渡されたカップのコーヒーを一口含んでテーブルの上に置いた
後藤。
「未解決の事件を紐解くのは至難でしょう」
「それが私達の仕事ですから。私は苦にならないです」
「仕事が好きなんですね!」
「はい。生まれ変わっても同じ職に就きたいと思っています」
「情熱を持っている後藤さんが羨ましいです」
「先生は持っていないのですか!?」
「とっくの昔に消えてなくなりました」
「ですが、今も患者さんの面倒みているではありませんか?」
 未だ言いたそうな顔をしている後藤を右手で制して東が話を続ける。
「おっしゃりたい気持ちは分かりますが医者は神様ではありません。実際には、
救う事のできる患者と救えない患者がいるのです。普通の精神力では、長く勤務
する事はできません」
「……」
 後藤は、掛ける言葉が見つからなかった。
「暗い話で本当に申し訳ありません。後藤さんには、現実を知って欲しかったん
です」
 東は言い終えると茶菓子を持って来ると後藤に告げて席を外した。

 視界から消えると後藤は先程まで東が立っていた位置に移動して箱庭を眺める。
ある部分には茶色い染みの壁が存在した。その場所の匂いを嗅いでみるとコーヒ
ーの原料に使用されるカカオ豆の匂いだと分かる。ミルクの味は、全くしない。
よって、そこからブラックコーヒーを零した痕だと確定したので午後三時の地震
の謎は高い確率で東氏が関係しているのは明らかだった。

 後藤は、入り口を確認してから録画テープで気になった三つ目(絨毯の一部の
盛り上がり)の確認に入る。場所が分かると立ち位置を移動をして素早く絨毯の
端を捲り、下にある物を取り出して目視する。ロール状の紙である事が分かると
廊下から足音が響いて来た。
「ペタペタ……」
 不振な行動は今後、出入り禁止になる可能性が考えられるので、その場で中を
見る事を諦めて上着の外側ポケットに隠して絨毯を元に戻した。
 東氏はスリッパに履き替えており、車椅子を押して隆と一緒に入って来た。隆
の膝の上には御盆が置かれていて皿には三種類のクッキーが並べてあった。

 東は、チョコチップ入りのクッキーを薦めると遠慮なく頂いてコーヒーを飲み
干していく。
「東先生。一つだけ、聞きたい事があるのですが。宜しいですか?」
「何でしょう?」
「箱庭を持ち上げる事は禁止でしょうか?」
 東は質問が面白かったのか腹を抱えて笑っている。
「何か変な事を言いましたか?」
 東は笑いが収まった所で口を開いた。
「失礼。その質問は聞くまでもありません。御自由に持ち上げて貰って結構です。
私自身、持ち上げる事がありますから」
 後藤は、この一言でウラが取れたので笑みが浮かびそうになるのを必至に堪え
ていた。
「先生。今日は、この辺で失礼します」
「また何か聞きたかったら訪ねて下さい」
 後藤は部屋を出る時に隆とすれ違った。以前は気にも止めなかった特徴に気付
いた。前髪が眉毛まであり、自分の髪型に似ている。そのことを頭の片隅にしっ
かりと記憶して病院を後にした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

怖い話短編集

お粥定食
ホラー
怖い話をまとめたお話集です。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

1分で読める怖い話

pino
ホラー
1分で読める怖い話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

餅太郎の恐怖箱

坂本餅太郎
ホラー
坂本餅太郎が贈る、掌編ホラーの珠玉の詰め合わせ――。 不意に開かれた扉の向こうには、日常が反転する恐怖の世界が待っています。 見知らぬ町に迷い込んだ男が遭遇する不可解な住人たち。 古びた鏡に映る自分ではない“何か”。 誰もいないはずの家から聞こえる足音の正体……。 「餅太郎の恐怖箱」には、短いながらも心に深く爪痕を残す物語が詰め込まれています。 あなたの隣にも潜むかもしれない“日常の中の異界”を、ぜひその目で確かめてください。 一度開いたら、二度と元には戻れない――これは、あなたに向けた恐怖の招待状です。 --- 読み切りホラー掌編集です。 毎晩21:00更新!(予定)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...