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第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第695話 ノノウ一族、こんなところでも活躍してた…

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 宮殿かと錯覚させるようなゴージャスな風呂屋を視察した後はあまり時間が掛からなかったの。
 同じような店が並んでいるだけで、まだ営業もしてないから一々全部見て回る必要も無かったから。
 シフォン姉ちゃんは細い路地は造らなかったと言ってたけど。
 半島中央を貫くメインストリートとその他の街区では雰囲気が異なっていて。
 中央通りから一本奥に入ると、テナントとして入居している小さな酒場が多かったんだ。
 どこも一階が酒場で二階にベッドが置いてあるだけの個室が数部屋ある造りなの。

「ねえ、王都の街中にこれだけの酒場があったのも驚きだけど。
 こんなに沢山の飲み屋さんが並んでいて商売が成り立つの?
 お客さんの取り合いになるだけだと思うけど。」

「良いのよ、ここに来るお客さんはお酒を飲むのが目的じゃないから。
 お客さんの目的は酌婦のお姉さんだもの。
 多いお店でも二階の個室は五部屋、酌婦のお姉さんは七、八人だし。
 これだけの船乗りさんが集まる港町としては、もっとお店が多くても大丈夫だと思う。」

 道の両側にズラリと並んでいるから多く見えるけど、再開発地区全体でこの手の飲み屋は五十件くらいらしい。
 シフォン姉ちゃんは言ってたよ。
 一つのお店に五部屋個室があるとして二百五十室、それが一日五回転しても捌けるお客さんは千二百五十人だと。
 実際には個室が三部屋しかないお店もあってキャパシティーはもう少し小さいらしい。
 他方、ひまわり会が調べたところでは、現在、港には常時大型商船が十隻以上停泊しているそうで。
 若い船乗りさんが、常に三千人じゃきかないくらい王都に滞在しているんだって。
 たいていの若い船乗りさんは、一月以上に及ぶ永い航海でリビドーを持て余してるそうだよ。なんだろう、リビドーって?
 そんな若い船乗りさんの給金じゃ、頻繁に風呂屋に通うのは難しいみたいで。
 こういった飲み屋さんは毎日でも通えるお手頃価格なので、需要は大きいんだって。

 更に街区の両脇一番外側に建ち並ぶ建物は全て宿屋だったよ。
 ただ不思議なことに、どの建物の正面入り口の前も目隠し状の構造物が建っているの。
 まるで、宿屋に入るところを他人の目に付かないようにしているみたい。
 
 それにもっと謎なのは…。

「時間貸しの宿屋?
 泊まらないなら宿屋じゃなくて貸間じゃないの?
 こんな宿屋を誰が使うの?
 この入り口の形も意味不明だし。」

 宿屋と銘打っている癖に、入り口に掛かれる料金表には一時間銀貨三枚とか書かれているんだ。
 延長料金三十分銀貨一枚とか、サービスタイムお昼から日没まで時間に限らず銀貨三枚とか。

「やーね、ちゃんと宿泊もできるわよ。
 ここに書かれているじゃない。」

 シフォン姉ちゃんが指差す部分を見ると、色々なメニューが記された最後にお泊り一泊銀貨十枚と記されてたよ。 

「時間貸しなのも、入り口に目隠しがあるのも大人の事情よ。
 世の中には人目を忍ぶ関係ってのもあるの。
 まあ、普通の人でも使うことがあるかもしれないけどね。
 両親や兄弟と狭い家に同居する若夫婦とか。
 同じ商家に住み込むで働く恋人同士とかね。
 事情は人それぞれだけど、需要はそれなりにあると思う。
 むしろ、何で今までこんな宿が無かったのか不思議なくらい。
 お爺ちゃんから『らぶほ』って宿の存在を知らされて目から鱗が落ちたわ。」

 どうやら、これもにっぽん爺の入れ知恵みたいだね。
 どの宿屋も入り口を入るとロビーが無くてカウンターが一つあるのだけど。
 そのカウンター、お客さんと店員さんでお互いの視線を遮るように間仕切りが設置されてるの。
 その間仕切り、カウンターの天板に面するところにほんの小さな窓が作られてた。
 その小窓を使ってお金とルームキーの交換をする仕組みになっているらしい。

 徹頭徹尾、お客さんが他の人と顔をあわさないように作られているんだね。
 いったいどんな人が利用するんだろう。悪いことに使われないと良いけど…。

         **********

 『新開地レジャーランド』の視察を終えると、おいら達はひまわり会の本部を訪ねたの。
 シフォン姉ちゃんが、王都の風紀を維持する仕組みを実際に見せてくれるって。

 ひまわり会の本部へ着くとやって来たのは、求人募集受付室と掲げられた部屋だった。
 『きゃんぎゃるカフェ』を始め、ひまわり会が経営するお店の求人に対する応募はここで全て受け付けるそうだよ。
 部屋の入り口にはお勤めを希望するお店ごとに、番号札が積まれていて上から順番に取って待合室で待つらしい。
 お店の求人応募以外にも、詳しい求人内容を知りたい人向けに相談窓口用の番号札も積まれてた。

 求人カウンターの中に入って、応募してきた人の様子を窺うと…。

「本日は『リフレッシュサロン』の求人に応募いただき有り難うございます。
 先ずは、求人の面接をする前にこちらの書面に目を通してください。
 全ての条項に納得してチェックをして頂けましたら。
 最後に、紙面の末尾の署名欄に本名でご署名をお願いします。」

 採用担当のひまわり会職員が、笑顔で一枚の紙を応募者に手渡していたよ。
 その紙は『重要事項説明書』と銘打たれてたの。

 おいらも一枚貰って中身に目を通したけど。
 『新開地レジャーランド』が十五歳未満立ち入る禁止になっていることを理解しているかとか。
 仕事の内容が『風俗営業法』の規制の対象となることを理解しているとか。
 十五歳未満であることが発覚したら即座に解雇されることを承諾しますとか。
 『新開地レジャーランド』滞在中は、ひまわり会発行の身分証明書を携帯することを承諾しますとか。
 
 その紙には『新開地レジャーランド』の中で働く際に、どんな店でも共通の注意事項がずらりと列挙されていたんだ。
 それに全て同意してもらって、初めて採用面接になるんだって。
 採用した後、そんな話は聞いてないと言われたら困るからって理由らしい。

 十代後半と思しきお姉さんは受け取ったその紙に目を通していき…。

「えっ! 住所氏名と年齢の確認があるのですか?
 どうして、そんなことをするんですか!
 住所氏名と年齢なんて、一体どうやって確認するのですか。」

 お姉さんは顔を青くしてそんなことを尋ねていたよ。

 ああ、これはこの一文だね。

 『住所氏名及び年齢に虚偽が無いことを誓約します。
  また、住所氏名及び年齢についてひまわり会で確認作業を行うことを承諾します。』

 最後の方にそんなことが書かれている。

「『新開地レジャーランド』内の店舗は、全て『風俗営業法』の規制を受ける店舗です。
 風俗営業法の規制業種は十五歳未満の就労及び雇用が罰則付きで禁じられていまして。
 十五歳未満の方を雇用するとお店の方も、営業禁止と科料といった罰則が科されますので。
 それを未然に防止するためです。
 法の上では『十五歳未満だと知らなかった』という言い訳は認められないことになってまして。
 更に雇用に際しては本人確認を義務付けられており。
 店舗には従事者名簿の備え付けも義務付けられているものですから。
 ご安心ください、内密な調査を得意とする者に確認させますので。
 ご家族及び周囲の方に、『風俗営業法』に基づく確認だと気取られることはございませんから。」

 ギルドのお姉さんはフレンドリーな笑顔で手稲に説明すると。

「すみません、気が変わりました。
 お手を煩わせて申し訳ございませんでしたが、今回は応募を辞退させて頂きます。」

 慌てた表情でそう答えたお姉さんは、そそくさと立ち去って行ったよ。

「ああ、あれは年齢を偽って働くつもりだったかな。
 十五歳にしては少し幼い雰囲気だったし。
 しかも、偽名を使って応募するつもりだったのでしょうね。
 おおかた親に隠れてコッソリ働くつもりだったんじゃないかな。
 もしくは、彼氏に隠れてかも。」

 立ち去るお姉さんを見てシフォン姉ちゃんがそんなことを呟いていたよ。
 そして、シフォン姉ちゃんはおいらに向かって。

「年齢や身元の確認をきちんとすると伝えれば、あんな風に辞退するが多いと思うわ。
 身バレする危険を冒してまで、火遊びをしようとは思わないでしょうから。」
 
 本人確認をきちんとすると分かれば、高い給金に釣られて軽い気持ちで応募しようとする人は減るだろうって言ってたよ。
 本人確認の徹底が周知されたら、人々の貞操観念が緩むことに対して一定程度の抑止力になるはずだって。

「ところで、本人確認って本当にするの?
 自分の至らなさを晒すようで恥ずかしいけど。
 王宮でも戸籍の整備って終わってないんだよ。
 やるんだったら、どうやるの?」

 ヒーナルの治世にその辺も無茶苦茶になっちゃったらしくて。
 今、宰相が一所懸命戸籍整備に取り組んでいるのだけど、まだ終わりが見えてこないんだ。

「ああ、それ?
 そこにいるウレシノさんに協力してもらったの。
 調査要員として十人ほど、ひまわり会に回してもらったわ。
 本人や周囲の人にそれと気取られないように身元を確認するなんて簡単だって。
 さすが、間者の一族ね。」

 おいら、それ聞いてないよ。
 おいらが視線でウレシノにそう問い掛けると。

「はい、マロン陛下から一族の者にお役目を頂戴した今にあっても。
 無役の者がまだ余っておりまして。
 無駄飯を食わせておく訳にも参りませんので、ひまわり会に雇って頂きました。
 『新開地レジャーランド』に出入りする者の身元調査や用心棒を仰せつかっています。」

 何と、おいらの知らないところでノノウ一族も『新開地レジャーランド』の開業に関わっていたみたいだよ。
 ウレシノは言ってたよ。ともすれば色街は無法者の溜まり場になりかねないって。
 そうならないように、ノノウ一族が目を光らせておくって。 
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