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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第539話 幼王、大人気だったよ…

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 ポルトゥスを出てから三日目の昼過ぎ。
 遠方にぼんやりと大きな港町が見えてくると…。

「あれです。あの町が我が国の王都ハムンです。」

 町を指差して、サニアール国第一王女のシナモン姉ちゃんが声を上げたの。
 アルトったら、どんだけ飛ばしたんだろう。
 最短距離を飛んだとは言え、船で二ヵ月掛かる距離を本当に三日で着くなんて。

 そうこうする間にも、ハムンの街は近付いて来て…。
  
「えっ、えっ? 王宮はあそこですが…。」

 立ち止まることも無く通り過ぎたよ。
 『積載庫』の中で焦るシナモン姉ちゃんの様子など、アルトには分からないのだろうけど。
 ハムンの街をスルーしたアルトは、港から海へ出てからも一直線に飛んだよ。

 そして、…。

「マロン、出番よ。」

 アルトの声が『積載庫』の中まで届いたかと思うと…。

「ひぇえぇーーーー!」

 唐突においらは海の上を空高く飛んでいたよ。
 アルトったら、上着を掴んでおいらをぶら下げているの。
 小さなアルトにぶら下げられて高い空を飛ぶ、とんでもない恐怖だったよ。

「こら、マロン、暴れない。落としちゃうじゃないの。
 落ち着きなさい。ジタバタしなければ、落とすことは無いから。
 それより、下を見なさい。船が二隻見えるでしょう。」

 アルトに促されて下を見ると、大きな帆船が二隻、ハムンの街に側面を向けて停泊していたよ。

「大きな船だけど、あれがヌル王国の軍船かな。
 二隻残して来たって、ジャスミン姉ちゃんが言ってたし。」

「間違いないわ、マストに掲げられている旗に見覚えがあるもの。
 良いこと、あの二隻、これからマロンの『積載庫』に仕舞いなさい。」

 アルトがポルトゥス沖でヌル王国の船団を一網打尽にした時も、同じ旗が船に掲げられていたって。
 アルトは言ってたよ。
 あの二隻は何時でもハムンの街を砲撃できる態勢で睨みを利かせているんじゃないかって。
 ハムンの街にいる人々が抵抗しないように、牽制の役割を果たしてるみたいだね。

 でも、アルトの指示って…。

「アルト、何で、おいらがこんな怖い目に遭わないといけないの?
 この前みたいに、アルトの『積載庫』に仕舞えば良いんじゃないの?」

 正直、こんな所で宙吊りにされる必要があるのか分からないかったよ。

「決まっているじゃない、その方が面白いものが見られるからよ。」

「面白いものって…、おいらが、怖がるところ?」

「私がマロンにそんな意地悪する訳ないじゃない。
 良いから、やってみなさい。
 面白い光景がみられるから。」

 先を急ぐ状況で、アルトがおいらに意地悪することは無いか。
 おいらは、アルトの指示に従って二隻の船を『積載庫』に仕舞ったよ。

 すると…。

「どわっ、何だ、何だ、船は何処に消えた!」

「助けてくれ! 俺、泳げないんだ!」

「船は? 大砲は? 船を失ったら大事だぞ!」

「溺れる! 溺れる!」

 突然、海に投げ出されて、沢山の乗組員が慌ててた。
 そんな中でも、冷静に陸に向かって泳ぎ出している人達も見られたよ。
 
「マロンの『積載庫』はまだレベル一だからね。
 生き物は収納できないから、当然ああなるわね。
 ほら、見なさい、あの無様な姿。
 普段から訓練してないんでしょうね。
 その点、海の男達は冷静だわ、キッチリ泳いでる。」

 アルトは捕虜はもう十分だと言ったよ、後はここで始末しちゃおうと思ったとか。
 船乗りさん達は、何時でも用心しているから突然海に投げ出されても何とかなるだろうって。
 どうやら、陸に向かって泳ぎ出している人達は船乗りさんのようだね。

 一方で、危険と隣り合わせにある船の操船は平民の船乗りさん達に任せきりの軍属達はと言うと。
 着衣のままで泳ぐことに慣れていないのか、その場で溺れて沈んでいく人ばかりだったよ。
 しかし、海賊の末裔が泳げないって…、それ、あまりに情けないんじゃい。

「いつもは、安全な場所から大砲や鉄砲を撃ち込んで悦に入ってるのでしょうね。
 弱い者イジメばかり覚えて、ロクに鍛えてもいないでしょう。
 生き残る術を身に着けないで戦場に出たのだもの、自業自得だわ。」

 アルトは、船が消え失せた海上で慌てふためく軍属達を見て、吐き捨てるように言ってたよ。

 これでヌル王国の軍船は無くなったし、その事実は間もなく泳ぎ着く船乗りさんによって伝わるね。
 後は、上陸した陸戦隊がもっている鉄砲を何とかしないと。

 っと、その前に、そろそろ『積載庫』に戻して欲しいよ。
 海の上空に宙吊りなんて、もう勘弁して…。

        **********

「王都を飛び越して海に出たものですから。
 一体どうなっているのかと思いましたが、先に船を処理したのですね。
 あれが無くなるだけでもハムンの民は安堵すると思います。」

 アルトと二人で積載庫へ戻ってくると、シナモン姉ちゃんがホッとした顔で迎えてくれたよ。
 王都を飛び越えた時は、このままヌル王国まで向かうんじゃないかと不安になったって。

「さて、後は王宮にいるヌル王国の連中の排除だけど…。
 どのくらいの規模で、何処に駐屯しているかは分かる?」

 アルトがわざわざ『積載庫』に入って来たのは、これからの行動を決めるため。
 どうせなら、効率的に動いた方が良いからって。

「申し訳ございません。
 私達はずっと捕えられていたものですから…。
 全然、分らないのです。」

 シナモン姉ちゃんが申し訳なさそうに答えると。

「サニアール国へ残したのは第一陸戦隊百名です。
 全員貴族の子弟からなる銃騎士団で、その団長チャイが臨時総督になっています。
 殺戮大好きな残忍な連中ばかりですが…。
 先に捕まった他の連中同様、鉄砲で遠くから相手を撃ち殺すだけですから。
 正直、鉄砲無しなら、マロンちゃんの敵ではないかと。」

 ヌル王国の陣容を教えてくれたのは、ジャスミン姉ちゃんだった。
 ジャスミン姉ちゃんは上陸しなかったとのことで、駐屯地までは知らなかったけど。
 臨時総督のチャイは王宮にいるはずで、その護衛のために多くの銃騎士を近くに置いているだろうって。
 そして、何より厄介なのは工作メイドで、幼王の側に十五人配置されているはずだと言ってた。

「じゃあ、最初に幼王を解放しちゃいましょう。
 チャイとか言う男と対峙した時に、幼王を盾にされたら困るからね。」

 最初に幼王を救出すると決めると、アルトは王宮へ向けて飛び始めたの。

 王宮へ着くと、何時ものように窓の外から室内の様子を確認して回ったよ。

 すると。

「はーい、陛下、おやつの時間ですよ。
 今日は、腕に撚りをかけて美味しいアップルパイを作りました。
 たんと召し上がってくださいね。」

 にこやかな表情のメイドさんが、おいらと同じ年頃の男の子にお茶の給仕をしていたよ。

「あれ、工作メイド? 元から王子付きの侍女だった訳じゃなくて?
 おいらには、とてもフレンドリーに見えるんだけど。」

「いえ、ローレルの侍女はもう少し年配の者ばかりでした。
 それに、あのような侍女に見覚えはありません。」

 見た目にとても甲斐甲斐しいので、元々サニアール国の王宮に仕えていた人かと思ったんだけど…。

「あれは、間違いなくヌル王国の工作メイドですね。
 元から仕えていた者は全て排除して、幼王の周りは工作メイドで固めているはずです。
 彼女たちはプロですから、警戒されるような素振りは見せません。
 利用価値のある間は、言いなりになってもらわないと困りますもの。」

 工作メイドだと教えてくれたジャスミン姉ちゃんは、こうも言ってたよ。
 なるべくフレンドリーに接して、幼王に気を許してもらおうと努めているはずだと。 

 アップルパイを焼いてきたメイドさんは、お皿に切り分けたパイをフォークで一口大にすると。

「はーい、ローレル様。
 ローレル様の一番のしもべヤメが食べさせて差し上げますね。」

 と言って、幼王の口元に差し出していたよ。

「あー! ヤメ、抜け駆けはズルいですよ。
 ローレル様、甘い物の後はお茶をどうぞ。
 最高の茶葉を用いて、このスルガが心を込めて淹れさせて頂きました。」

 幼王がパイを口に含むと、今度は別のメイドさんがフウフウと冷ましながらカップを差し出してた。
 過剰サービスな気もするけど、取り敢えず危害は加えられていないようで一安心かな。

 でも、あのメイドさん達、何で一々自分の名前を口にする必要があるんだろう?

 アルトもここは心配いらないと踏んだのか、他のメイド達の配置を確認しに移動したよ。
 隣りにはメイドさん達の控え室があったの。

「ラッキー! 今日のお昼寝の添い寝係は私だよ!」

 メイドさんの一人が細長い棒を他のメイドさんに見せ付けるように掲げてた。
 その棒の先は当たりの印なのか、赤く塗られていたよ。

「あー! 良いなー、サヤマ。 私、今日もハズレだったわ。
 でも、分っているんでしょうね、抜け駆けは無しだからね。
 ローレル様のチェリーを誰が頂くかは、ご本人に選んで頂くのですから。」

「はい、はい、分かっていますよ。
 でも、少し触るくらいは良いでしょう。
 どのくらい育っているかは、ちゃんと調べておかないと。
 食べ時を逸してしまうでしょう。」

 この国には王族しか持っていない特別なサクランボでもあるのかな?
 話を聞く限り、幼王の持つサクランボを下賜して貰うために名前を売っているようだね。
 でも、何か、微妙に話がおかしい気がするんだけど…。

「これ、二人共、私達は任務でここにいるのですよ。
 本国へ送った王女のどちらかが、我が王の御子を儲け成長した暁には。
 私達がローレル王を絞めないといけないのです。
 可愛いのは分かりますが、情を移すと絞めるのが辛くなりますよ。」

「はーい、ウジ様、心得ています。
 でも、この国を永久に属国とするためなら。
 私達がローレル様の子を産んでも良いと思うのですが…。」

 どうやら、ウジと呼ばれる年嵩のメイドさんがここに居るメイドさん達のリーダーみたい。
 やっぱり、シナモン姉ちゃん達にヌル王の子供を産ませ、その子供を幼王の後釜に据えるつもりなんだ。
 その時はここに居るメイドさん達が幼王を亡き者にするんだね。

 今のところ、幼王が若いメイドさん達から好意を持たれているのは間違いないみたい。
 銀髪がキラキラで、クリッとしたつぶらな瞳もとても可愛かったから、好かれるのも納得だよ。
 サヤマと呼ばれたメイドさんは、自分達が幼王の子を産んで次期王に据えれば良いなんて言ってるし。

「それでは、我が王の望みを叶えることは出来ません。
 我が王は、属国の王女を凌辱することに愉悦を感じておられます。
 ですが、我が王の欲望はそこで止まるものでは無いのです。
 無理やり犯して孕ませた御子を属国の王に据えること。
 それにより王女のみならず王家そのものを凌辱する。
 そのことに、我が王は至高の悦び感じておられるのです。」

「げっ…、何度聞いても下衆な趣味…。
 何が悲しゅうて、私達が滅私奉公せにゃならんの。
 王の変態趣味を満足させるためだけに…。
 全く、因果な一族に生まれちまったもんだぜ。」

「これ、サヤマ、口が過ぎますよ。
 我が一族は代々、王家の汚れ仕事を請け負ってきたのです。
 これはお役目です、個人の意思など介入する余地はありません。
 もし背くと言うのであれば、消えて頂きますよ。」

「へい、へい、分かりましたよ。
 分かりましたから、その物騒なモノは仕舞ってくださいよ。
 こえーな、全く…。」

 いつの間に出したのか、ウジはサヤマの胸に抜き身の懐剣を突き付けていたよ。
 軍属の連中より、このメイドの方が強そうだ。
        
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