小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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兎はヤキモチ妬き

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 あれ以来、オレの身体おかしくなったのかってくらい朔夜とのキスに反応して、そのたびに朔夜がああやって鎮めてくれて……少しだけ、あの遣り取りが苦手になりつつある。
 朔夜の事は好きだし、触られるのも嫌じゃない。ただ恥ずかしくて死にそうなだけだ。

「参ったなぁ……」

 特訓も十日は過ぎて、キスの仕方とか舌をどうすればいいかとかだいぶ覚えられてきた。口の中は相変わらず敏感だけど、それでも朔夜に応えられるようにはなってきたと思う。

「でっかい溜め息だなー」
「屋良」

 無意識についていたようで、クラスメイトの屋良に指摘されてしまった。
 おっと、さすがに恋人に対して溜め息は失礼だな。
 オレは苦笑して出しっぱなしだった二限の教科書をしまう。

「それよりさ、さっき大神みかけたんだけど、すっげぇ可愛い子と一緒にいたぞ」
「え?」
「大神こぇえけど顔整ってんもんなー。羨ましいぜ、ちくしょう」
「そ、そうだな」

 可愛い子と一緒にいた。まぁ、クラスの子とかと並んで歩くなんて良くあるしな。オレも木下さんと話たりするし。
 ……それなのに何でこんなモヤモヤするんだろ。やだな、朔夜の事信用してないみたいじゃん。
 オレは三限が始まっても悶々としていて、その日はまともに授業が受けられなかった。





「先輩、しばらく特訓中止」
「へ?」
「部屋戻って来れねぇ」
「……そう、なんだ…。分かった」
「…………」
「?」

 その日の夜、どこか疲れた様子の朔夜にそう言われオレは深く考えずに頷いていた。
 部屋に戻って来れないって言葉がどういう意味かちゃんと分かってなくて、朔夜の何か言いたげな様子にも気付けなくて……朔夜が言葉足らずだって知ってたはずなのに何も聞かなかった。
 聞いてれば、こんなに悶々としなくて済んだのに。

 朔夜は次の日から、寮に帰って来なくなった。

 あんなに毎日キスしたりオレに触ったりしてたくせに、何で急に顔も見せなくなったんだ?
 ……もしかして倦怠期? 十日そこらで? それとも、あんまりにもオレが初心者過ぎて面倒臭くなったとか?
 朔夜くらいの年頃なんてエッチな事したい盛りだもんな……触らせてくれるなら慣れてる子の方が……って、待てよ、オレは恋人じゃんか。他に気がいったらそれはもう浮気な訳で、人としてやっちゃいけない事で。
 ……いやもう考えが女々しすぎる。

『まだ部屋には戻って来ないのか?』
『まだ無理』
『学校には来てるよな?』
『行ってる』

 連絡してもこんな感じに短く済まされて。
 いや、朔夜は元々こんな感じだけど、今はそれが気になるっていうか…。
 学校来てるにしても一年棟には行けないし、会える手立てがない。
 もう五日も朔夜の顔すら見てない。

「朔夜くんは分かってない」
「!」

 今、朔夜って。女の子の声だよな。 ここって確か自販機があったはず。
 オレは気付かれないようそっと覗き込んだ。

「私だって本気なんだよ? ずっと一緒にいたんだもん。朔夜くんだって私の気持ち知ってるでしょ?」
「知ってる」
「じゃあ今は放っておいてよ。お互い頭を冷やす時間が必要なんだから」
「放っておけねぇよ」
「……朔夜くんのそういうとこ、嫌い」
「嫌いでもいいから、ちゃんと話せ」
「だから今は……!」

 それ以上は聞けなくて、オレはぐらぐらする頭を押さえながらそこから走って逃げた。
 今の、何? 傍から見たらまるで……まるで、恋人の喧嘩みたいな。
 あれ、じゃあオレはなんだ? ……ペット?
 ……駄目だ、ちょっと、今は正常な判断出来ないかも。

『絶対離してやんねぇ』

 どういうつもりで言ったんだよ、朔夜。
 オレはやっとレベル3くらいになったばっかなのに、言葉の意味が違うなら理解出来ないよ。
 でも、朔夜に彼女がいるならオレとの関係は精算した方がいいよな。
 オレたち、確かに付き合ってたんだとは思うけど……あれだけ必死に仲直りしようとしてたんだし、朔夜には彼女を大切にして欲しい。
 メールにしようかとも思ったけど、こういうのは直接話した方がいいよな。

『大事な話がある。近い内に会えないか』

 部屋に戻り、とりあえずこれだけ送って返事が来るのを待つ。
 夕飯も、入浴も、点呼も終えてベッドに入った頃、やっと朔夜からの返事が来た。

『明日帰る』

 ほんっとに簡潔だな、コイツは。
 ……はぁ、何かやだな。オレ、こんなグダグダな奴だったっけ?
 朔夜を好きだって自覚してから、アイツの動きとか言葉とか一つ一つに反応してる自分がいる。
 情けない。好きな人の事で頭を悩ませるなんて一生ないと思ってたのに。
 オレは一度起き上がると、朔夜の衣類棚に行き適当に服を引っ張り出して本人のベッドに放り投げた。

「ふん、オレにこんな思いさせてるバツだ」

 我ながら子供っぽいなとは思うけど、何かしないと落ち着かなくて。
 しばらくぐちゃぐちゃになったベッドを見ていたオレは、一枚だけ引き抜いて自分のベッドに戻る。シワだらけになったって知るもんか。
 オレは朔夜の香りのする服に鼻を埋め目を閉じた。



 次の日の夜、朔夜はいつもと変わらない様子で部屋に帰ってきた。
 六日も会えなかったんだぞとか、何してたんだとか、そういうのは顔を見た瞬間どっかに飛んでって、自分のベッドに座っているオレは気まずくて顔を逸らす。
 朔夜のベッドの上、そのまんまなんだよなぁ。
 ちなみに昨日握り締めて寝た服は朝起きてそこに放り投げた。

「何これ」
「……何でしょうね」
「…………」

 オレの態度で分かってるんだろうけど、朔夜は何も言わずに散らばっていた服を纏めるとベッドの端に丸めた。いや、そのままにするんかい。
 そうしてオレの前に腰を下ろすと膝の上に置いていた手を握られる。

「一人にしてごめん」
「……別に」
「拗ねんなって」

 そう言ってオレの手に唇を寄せ始めた朔夜を慌てて止める。途端に不機嫌な顔で見上げる朔夜にオレもムッとした。

「……何」
「何、じゃない。お前、彼女いるじゃん。こういう事すんな」
「は? 彼女? 俺の恋人は先輩だろ?」
「オレ、昨日自販機で見たんだからな。お前が女の子と痴話喧嘩してるの」
「昨日…自販機……?」

 イマイチ分かってないのか、朔夜は眉を顰めて思い出そうとしてる。少ししてピンと来たのか、「アレか」と呟いた。

「アイツは太一の彼女だよ。喧嘩したのを仲裁してた。アイツとも古い付き合いだし、太一からも泣きつかれてたからな」
「太一くんの彼女……」

 それは盲点だった。そうだよな、太一くんや立夏くんだって彼女いたっておかしくないんだし。

「第一、俺ゲイだってアンタに言ったじゃん」
「あ」

 そういえば、告白された時に聞いた気がする。すっかり忘れてた。

「じゃ、じゃあ、何で帰って来なかったんだ?」
「母親が体調崩したから、その間店の手伝いしてたんだよ。俺の家、個人で居酒屋経営してるから」
「居酒屋……ご両親と仲良いんだ?」
「まぁな」
「お母さん、大丈夫だったか?」
「ただの風邪」

 何か、意外と言うかなんというか。いや、仲が良いのはいい事だけどな。
 ただ腑には落ちたけど、納得はしてない。

「お前は言葉が少なすぎる」
「よく言われる」
「なら直せよ。ってか、報連相をちゃんとしろ。どこで、誰と、何をするか。じゃないと分かんないだろ」
「……ごめん」
「今回の事だってそうだ。帰って来ないのはオレに飽きたからじゃないかとか、面倒臭くなったんじゃないかとか、いろんな事考えてグルグルして…不安だった」
「…うん」
「ホントに分かってんのか? う、うさぎは、寂しいと……し、死んじゃうんだからな!」

 こんな気持ち、みっともなくて嫌なのに、朔夜の事が好きなんだって思い知らされるたび勝手に溢れて来て。何だよこれ、何でこんな感情があんの? そう思いながら精一杯の言葉を口にすると、朔夜が溜め息をついた。

「……アンタさ、俺を煽ってる自覚ある?」
「…あ、煽っ…!?」
「………ほんと」

 肩を押され背中からベッドに倒れ込む。すかさず覆い被さって来た朔夜の目に熱が篭っている事に気付いた。

「可愛すぎて困る」
「何が…」
「うさぎは嫉妬深くて、ヤキモチ妬くとイタズラするんだよな」
「……!」
「さすが、俺のうさぎ先輩」

 朔夜の目が眇められ噛み付くようなキスをされる。敏感な口内を舐め回され、オレの息が上がった頃にリップ音と共に離れた朔夜は何とも色気のある顔で笑った。

「浮気なんかしねぇし、目移りもしねぇよ。俺にはアンタだけだ、上総先輩」
「……っ…」

 オレ、コイツには一生敵わない気がする。
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