DEAREST【完結】

Lucas’ storage

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第207話 語り部

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「おかえり、リサ」
 自然に伸ばされた手にリサは近づきます。手が届く場所に来ると、ナギは優しくその体を抱き止めました。
「みんなと話できた?」
「ああ。まあカモメとディーはまだちょっと不安定かも」
「そっかぁ、ディーはまだちっちゃいから不安だとは思うけど……ベルは何でかな?」
「ディーが心配すぎて過保護になってるんだよ。セナ二代目だな、あれは」
「あはは、セナさんかぁ。じゃあ安心だね」
「うん。後はあの二人に任せよう」
「そうだね」
「……それでさ、わたし達の事なんだけど」
「ん?」
 リサはナギから離れると、そっと手を握りました。
「僕達?」
「と、とりあえず約束一つくらいは果たそうかなーなんて」
「約束?」
「だから、その」
 リサはナギに背を向けました。
「リサ?」
「あの、あ、朝焼けを一緒に見る……っていうさ、約束……」
「あ」
「あ、じゃねーよ。忘れてたのかよ」
「ううん、忘れてないよ。だから、すごく嬉しい!」
 ナギはそのままリサを後ろから抱きしめます。
「じゃあ、僕が早起きしてリサを起こしに行くね」
「だから、そうじゃなくって……」
「あ、自分で起きられる?」
「ちーがーう! そういう事じゃなくって」
 リサは自分を抱きしめるナギの腕をきゅっと掴みました。
「そ、その、一緒に見ようっていうのは……」
「うん」
「…………あ、朝まで一緒にいよ……って事」
「え?」
「い、一緒に寝ようって事! 添い寝だ、添い寝!」
「ああ、なるほど! うん、いいよ!」
 真っ赤になるリサとは違い、ナギはあっさりと了承します。
「何でいつも通りなんだよ……ちょっとは焦ったりしろよな」
「ん?」
「何でもない!」
 ドスンと乱暴にベッドに座るリサ。ナギはその隣に座ります。
「でもびっくりしたー」
「え?」
「だって朝まで一緒にいようっていうから、徹夜しようって言ってるのかと思った。さすがに僕寝ちゃいそうだよ……いたっ! え、何で蹴るの?」
「もーいい! 明日早起きするならもう寝ようぜ!」
 リサはさっさとベッドに入って毛布を被ってしまいました。
「……やっぱ色気ないのかなぁ」
「え? 何か言った?」
「何でもない! てか、近っ!」
 隣に寝るナギを見て、リサは思わず顔を隠します。
「あ、ごめんね。狭い?」
「い、いいってば! 大丈夫!」
 距離を取ろうとしたナギを、慌てて引き止めるリサ。
「大丈夫?」
「大丈夫、狭くない!」
 一人慌てふためくリサを見て、ナギは笑って髪を撫でました。
「何かリサ可愛いね」
「う、うるさいな。わたしは子どもじゃねーんだからやめろよな」
「うん。犬や猫でもないんだよね」
「よく覚えてるな」
「覚えてるよ。ちゃんと覚えてる」
 髪を撫でる手はさらに優しく。リサは気持ちよさそうに目を閉じます。
「……リサ、この世界って変えられるかな?」
 再び目を開けるリサ。青く澄んだ瞳にナギが映ります。
「変える」
「平和に?」
「ううん、不幸がちょっとだけなくなる世界」
「不幸が?」
「魔物がいなくなったって、別に平和だとは限らない。みんなが変わらなきゃ意味がない」
「うん」
「まあ、少しずつでいいんだけどさ。その為の……スタート地点を用意する、みたいな」
「スタート地点……」
「『救世主』なんていらなくなるように。悲しい事全部はなくせないけど、『救世主』っていう犠牲はなくせるだろ?」
「そっか。そうだよね」
「ああ、だから、さよならだよ。このおかしな世界とは」
 リサの笑顔はとても明るく、ナギもつられて笑顔になります。
「うん、そうだね。いつか、このおかしな世界の出来事を、笑って話せる日が来たらいいね」
「そうだな。全部、忘れずに語り継ごう」
「心に刻んで」
「うん。その為には何が何でも生きなきゃ」
「うん」
「生きる事が我儘なんて、誰も思わずに生きられる世界にしたいな」
「うん」
 ナギの腕がリサの背中に伸ばされ、そのままそっと抱きしめました。
「……普通だな。全然ドキドキしてないし」
 ナギの胸に耳を当て、残念そうに呟くリサ。
「え? 心臓動いてない?」
「そーゆー意味じゃねーよ馬鹿。もーいいですー。なあ、わたしがもっとしおらしくっつーか、大人っぽくなったら、少しはドキドキする?」
「え? ん、んー……うん」
「適当に返事しやがって。じゃあ明日からはお上品に話そうかしら」
「あはは」
「素で笑うな。腹立つなお前」
「ごめんごめん。だって本当に可愛すぎて」
「むかつく。絶対明日からはめちゃくちゃ上品なるからな」
「うん」
「馬鹿野郎とか屑とか汚い言葉遣いもしないから」
「うん」
「お前絶対無理だって思ってるだろ?」
「うん。ううん!」
「あー、もうマジで腹立つ! 絶対に使わないからな!」
「うん。じゃあ、お上品なリサを楽しみにしてるね」
「う、うん。てかやっぱ近い……」
「あ、ごめん。苦しい?」
「……ううん。このままでいい」
「……ありがと、リサ。おやすみ」
「……おやすみ、ナギ」


「リサ……リサ、起きて」
「ん……。あ! 朝焼け!」
「あ、待って。リサ……実はね」
「何?」
「えっと、あのね…………………雨が降ってます」
「クソが」
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