DEAREST【完結】

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第208話 KAMOME

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 ディーくんは両親にとてもとても愛されていた。
 リサちゃんは隊長さんに愛されていて、隊長さんはリサちゃんに愛されている。
 ドロもサイちゃんもきっとお互いが一番。
 リーダーはユカワちゃんと愛し合っていた。
 みんなには、それぞれ誰かに一番愛された事がある。
 ふと、疑問。あれ? ぼくは? って。
 ぼくは誰かの一番になった事がない。ぼくはディーくんの『一番』になりたいのかも知れない。一番なついて欲しい。ローブよりぼくが大事って言ってくれた時、悪い事したなって気持ちより嬉しさが勝ってた。
『じゃあぼくが一番好き?』
 なんて空気の読めない事は聞きませんでしたが。というより、聞く勇気がなかったのか。


「ディーくん、今のお気持ちをどうぞ!」
「うーん、何か落ち着かない……」
「ほうほう! それは何故?」
「変な気分。何かスースーする」
「なるほど! でも今までも結構スースーはしたんじゃない?」
「だけどまた違う感じだもん。おれ変じゃない?」
「ううん、全然。ていうか、可愛さ倍増!」
「……本当かなぁ?」
「大丈夫大丈夫! じゃあ、準備はいい?」
「うん……」
「それでは! オープン……」
「朝っぱらからいちゃついてんじゃねえよ! うぜーな!」
 リサちゃんの怒号と共に勢いよく開かれた扉がぼくの側頭部に直撃しました。ディーくんは華麗なバックステップでいち早く回避してましたが。
「ベ、ベル! 大丈夫? ごめんね? リサ今ちょっとご機嫌斜めで……」
 隊長さんの優しさが身に染みます。他の皆さんも心配くらいして下さい。
「ご機嫌斜めって何で……」
 しゃがんだまま視線だけ上げて様子を窺う。みんなはぼくの心配をしてないわけじゃなく、何か別のものに釘付けになっていた。そう、ぼくの後ろに隠れるように立っているディーくん。
「ディー……?」
 部屋の中から様子を窺っていたドロとサイちゃんもこっちに駆け寄って来る。
「マジかよお前!」
「きゃー! ディー可愛いー!」
 サイちゃんがディーくんを抱きしめる。
「お、おはようフロル。おはよう、ナギ、リサ、タキ」
 ディーくんは頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに挨拶をする。そんなディーくんが今どんな姿なのかというと!
「すっげースッキリしたな! うわぁ、リサより短いんじゃね? その髪!」
「そっか、お前髪短いディーを見るの初めてか。わたしと会った頃はこのくらいだったぜ?」
 バッサリ切ったディーくんの髪。結んでいたシュシュは腕につけて。真っ白なセーターに指輪付きのチョーカー。紺色っぽいズボンにあの白い靴。ディーくんは完全に『少年』にしか見えなくなっていた。しかし圧倒的可愛さはそのまま!
「へー、俺と会った時はすでにほぼ女だったからなー。つーか、さらに幼く見える」
「うんうん。ディー赤ちゃんみたいで可愛いね」
 サイちゃんの腕の中から隊長さんの腕の中へ。確かに顔回りがスッキリしたせいか、子どもっぽさが増したかも。
「カモメが切ってあげたの?」
「イエス! 実はこれも作戦のうちなのです!」
 ぼくはサイちゃんに向かって親指を立ててみせる。ディーくんもぼくのその仕草を真似した。
「おれがアンジュに似てなくする作戦!」
「は? その為に髪切ったのか?」
 リサちゃんがそう言って、ぼくとディーくんは同時に頷く。
「中々ナイスな作戦でしょ?」
 本当はそんな事全然思ってない。でも、少しでも不安要素は消しておきたかった。それに、驚いた事に髪を切ってって言い出したのはディーくんだ。
「でも、良かったの? ディー長い髪気に入ってたでしょ?」
「いいの。けど、フロルが作ってくれたシュシュつけられなくなってごめんね」
「ううん、それはいいの! ほら、こうやってお手てにつけてくれてるし!」
 隊長さんに抱っこされたディーくんの手を、ちょんちょんと触るサイちゃん。
「別にここまでしなくても……」
 リサちゃんがじとっとぼくを睨んでおります。完全にぼくが切らせたと思われてる模様。
「あとね」
 喋りだしたディーくんに、みんなが注目する。
「……リサみたいにしたかったの」
「やーん、リサとディーラブラブお揃いー!」
 サイちゃんが囃し立てると、リサちゃんはパッと目を逸らした。どことなく嬉しそうだし。
「ふ、ふーん。まあ、別にいんじゃね? 普通に似合ってるよ」
「ありがと。あれ? リーダーは?」
 ディーくんはキョロキョロしながらリーダーを探す。フリフリ揺れてたポニーテールが懐かしく感じた。
「アランならまだ寝てるんじゃないかな? 一緒に起こしに行こっか?」
「うんうん、起こして来てー! 朝ごはんが冷めちゃうよー」
 まだ準備の最中だったのか、サイちゃんはパタパタと部屋の中に戻って行った。
「じゃ、じゃあわたしも手伝うから」
「うん」
 リサちゃんに続きドロも部屋へと入る。
「ぼくも起こしに行く」
「うん。じゃあ三人で行こっか」
 ぼく達は来た道を戻り上の階へ。途中、廊下にあった窓から外が見えた。しとしとと降り注ぐ雨。
「雨上がったら出発する?」
 腕の中のディーくんに目をやりながら、隊長さんに聞いてみる。
「うーん、その方が良さそうだね。あの船そのまま使っていいみたい」
 しっくりと来る立ち姿。いくら普通より小さいといえど、やっぱりぼくが抱くとディーくんは大きく見える。何に見えるんだろう? 兄弟かな?
「首都の事はみんなが何とかしてくれるみたいだし。アクアマリンの事は街の人達だけで大丈夫だって」
 キョウダイじゃなく、本当の兄弟に見えたりはするかな? 似てなさすぎか。
「馬も預かっててくれるって」
「え?」
「え?」
「あ、はいはい! 了解です!」
 やば、全然話聞いてなかった。
「うん。あ、ここだね。アラン、おはよーって、あはは、まだ寝てるね」
 リーダーの眠るベッドへ近づく隊長さん。そのままディーくんをリーダーの上に乗せた。
「リーダー、起きてー」
 ディーくんがバシバシとリーダーを叩く。
「……おはよう」
 目を覚ましたリーダーがゆっくり体を起こす。めちゃくちゃリアクション薄いですね。相変わらず。
「おはよ、リーダー」
 リーダーの膝に乗っかったままのディーくんが、何か言って欲しそうにキラキラ光線を送る。
「……ディー、降りないと起きられないんだが」
「おれいつもと違わない?」
「ああ、違うな」
 気づいているのに敢えて何も言わないリーダー。さすがです。ディーくんは不満げ。
「後ろから見たら分かるよ? ほら」
 隊長さんがディーくんを後ろ向きに座らせる。いや、前から見ても分かるでしょ。
「髪を切った事なら分かるが」
 リーダー的には髪切ったも顔洗ったもそんなに大差ないんだよね。おはよー、顔洗ったよって言われたら、へー、としか返せないじゃん? みたいな。ユズちゃんがバッサリ髪切った時も無反応で、随分怒らせてたなぁ。
「アラン、可愛いねって撫でてあげるんだよ」
「か、かわいいね」
 隊長さんのほのぼのアドバイスを素直に実行するリーダー。満足したのか笑顔でベッドから降りるディーくん。何? このめちゃくちゃ和む光景。
「リーダー、おはよ! 昨日遅くまで特訓してたでしょ?」
 着替え始めるリーダーに聞いてみる。朝が苦手とはいえ、リーダーが寝坊するのは珍しい。
「いや、剣の鍛練はすぐに切り上げた。しかし、今日から船を動かせる事を考えると中々寝つけなくてな」
「そっか! アランが動かすんだよね、あのハロースカイ号!」
 いや、定期船です。借り物です。
「ああ、神殿までの道は俺に任せてくれ」
「うん! リーダー、おれにも手伝える事あったら言ってね!」
 張り切ってるリーダーには非常に申し上げにくいんですが……おそらくアンジュの神様パワーで自動的に神殿にゴーだと思います。強制連行の可能性が高いです。
 にしても、みんな普段と変わらないなぁ。緊張感がないというか。
 わざとそうしてるのかな? わざと明るく。最悪の事態は考えないように。そんな事を考えるぼくが考えすぎなのかも知れないけど。
「じゃあ早く下に降りよう! サイちゃんのおいしいご飯が冷めちゃうし!」
 ぼくはポケットに突っ込んだ左手を軽く動かしてみる。傷口辺りはピリッと痛むけど、指先に近づくにつれ感覚が薄れていく。幸い利き手じゃないし、普段の生活は困らなそうだけど。
 でも、もうマジックは出来ない。
 ディーくんの髪に花を飾ってあげられない。
 それに、今まで通り戦うのも難しい。だけど、ここでぼくが足を引っ張るわけにはいかない。誰にも話すつもりはない。
 ディーくんに、『おれのせい』だなんて絶対に思わせたくないから。ていうか、あの子の為なら両腕が失くなったって構わない。
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