DEAREST【完結】

Lucas’ storage

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第206話 語り部

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 そして、大浴場の前までやって来たリサは廊下で二人が出てくるのを待ちます。
「あれ? リサ?」
 カモメとディーはすぐに出てきました。頭にタオルを被ったディーがトトトっと駆け寄って来て抱きつきます。
「どしたの?」
「んー、ちょっと話しようかなと思って」
 タオルでゴシゴシとディーの髪を拭き始めるリサ。ディーはニコッと笑って「ありがと」とお礼を言いました。
「お話するなら部屋行こう。ディーくん風邪引いちゃうよ」
「はーい」
 ディーはリサからタオルを受け取り、前をパタパタと走り出しました。リサとカモメはその後を並んで歩き出します。
「手、大丈夫か? 風呂なんか入って」
「うん。ディーくんがね、おれが髪洗ってあげるねって、すんごい可愛い顔で言うからさー」
「へー」
「お陰さまで目が五回位泡地獄に落ちました」
「お疲れー。その割には嬉しそうだな」
「まあね。怪我が治るまでディーくんを独り占めですよ! まさに怪我の功名ってやつですね!」
 リサは突然早足になり、カモメから距離を取ります。
「引かないで下さい」
「もーマジでお前きもい」
「ひどい。だって仕方ないじゃん。一番なついてもらいたいんです」
 どんどん小さくなるディーの後ろ姿に、カモメは優しい眼差しを送ります。
「なついてんじゃん」
「ぼくが一番だと思う?」
「知るか。別に誰が一番でもいいだろ」
「まあ、いいと言えばいいんだけどさぁ。何か寂しくて」
「寂しい?」
「ハロースカイに来た頃は、誰とも打ち解けてなくてさ、本当の顔見せるのはぼくにだけだったんだ」
 それを聞いてリサはディーの方に目をやりますが、すでに階段を上がってしまったようで姿は見えません。
「あの頃は、ぼくがいなきゃダメだなぁなんて思ってたのに」
「ふーん。今はお前がディーがいなきゃダメって感じだな」
 何気なく言った一言で、カモメの足がピタッと止まります。
「ん? 機嫌悪くなった?」
「なった」
「分かりやすいなー、お前は」
 リサはカモメの前に立つと、くしゃくしゃと髪を撫でました。
「やめてくださいー」
「はいはい。なあ、それより決めたか? ディーをどうするか」
「ディーくんは行く気満々です」
「そっか。じゃあ、絶対守ってやれよ」
「言われなくても死ぬ気で守るよ。この命に代えても」
 見たこともないようなカモメの真剣な表情に、リサは少し困ったような笑みを浮かべます。まるで撫でるようにカモメの頬に両手を伸ばすリサ。
「命に代えてもなんて言うな。誰も死なせない。みんなで生きて帰って来よう」
「……うん」
 すると、カモメはリサの背中に手を回して肩にコツンとおでこを置きました。
「どした? また泣くのか?」
「…………」
「カモメ?」
「ごめん。何でもない」
 カモメはパッと離れると、リサに背を向けて歩き出しました。
「どこ行くんだよ?」
「どうせ一人一人と話してるんでしょ? ディーくんと二人きりにしてあげるよ」
「…………」
「あ」
 ピタリと止まり振り返るカモメ。
「あのさぁ、これってぼくがいう事じゃないかもなんですが」
「何?」
「えーっと、変な意味とかじゃなく……その、隊長さんと幸せになってね」
「…………」
「えっと、その、隊長さんを幸せにしてあげてと言うか……」
 カモメの様子を見て、リサは口元を手で覆います。
「笑わないでくださいー」
「いや、悪い。今のところお前が一番面白いわ。本当マジで愛されまくりだな、あいつ」
「はい? 何のことー?」
「何でもない。てか、ナギの事は任せとけ」
「うん。じゃあね」
 カモメはそう早口で言って、あっという間に立ち去ってしまいました。リサはカモメが見えなくなるまで見守ります。
「乗り越えてねーのって、後はあいつとディーだけだな……」


「あ、遅ーい。二人とも何してたの? あれ? カモメは?」
 ベッドに寝転ぶディーが起き上がり、リサに尋ねます。
「すぐ戻ってくるよ。ほら、ちゃんと髪乾かしてから寝ろって」
 リサはディーの隣に座ると、また髪を拭いてあげます。
「リサ、話って明日の事でしょ? おれ一緒に行く」
「うん。でも、怖くないか?」
「みんなと離れる方が怖い」
「ディー……」
「ねえ、リサ。おれはそんなにアンジュに似てるの?」
 ディーはころんと寝転ぶと、リサの膝に頭を乗せました。
「カモメに聞いた?」
「うん。さっきね、お風呂で全部話してくれた」
「そっか。ディー、お前はアンジュにじゃなくてわたしに似てるんだよ」
 リサはディーの髪を優しく撫でます。
「リサに?」
「そ。セナだって言ってたろ? だからアンジュとは何の関係もないよ」 
「本当に?」
「ああ。夢の事は話した?」
「……まだ。また今日も見るのかな? 怖いよ」
「ディー、おいで」
 リサは自分の方を向かせてディーを膝に座らせると、ぎゅうっと抱きしめました。
「不安の原因が分からないと、余計につらいよな。でもさ、わたし達がついてるから。お前が怖がる事なんて何もないよ」
「……リサが何かお母さんみたい」
「似てないんじゃなかったっけ?」
「うん、全然似てない……でも」
「でも?」
「今は、同じくらい大好き」
「……わたしも、お前が大好きだよ」
 顔を押しつけてしがみついてくるディーを、リサは本当にいとしそうに抱きしめます。それはまるで母と子のように見えました。
「ほら、そろそろベッドに入れ。風邪引いたら連れて行かないぞ」
「一緒に寝て、リサ」
 ディーはしがみついたまま離れようとしません。
「もうすぐカモメが戻って来るから」
「じゃあ戻って来るまででいいから。お願い」
「……分かった」
 いつも以上に小さく見えるディー。リサは頷いて背中をポンポンと撫でました。そして、二人一緒にベッドに入ります。
「ありがとう、リサ」
「いいよ。いつまでもガキだなぁ、お前は」
 そう言ってディーの鼻をつまむリサ。ディーはぷくっと頬を膨らませます。
「リサだって子どもの頃は怖いものとかあったでしょ?」
「いや、ないな。わたしは無敵だったから」
「なにそれー」
 ディーの笑顔を見て、リサはほっとしました。そっと髪を撫で、そして、額に軽くキスをします。
「ほら、早く寝ろ。ついててやるから」
「うん。あ、あのねリサ」
「ん?」
「……ナギとちゃんと仲良くしてね」
「お前もかよ」
「え?」
「んーん。何でもない。分かってるよ」
「ずーっと仲良くだよ? ぶっ飛ばしたり泣かせたらダメだよ?」
「はいはい、分かってるよ。いじめっ子か、わたしは」
「それとね」
「まだあるのかよ。小姑みてーな奴だな」
「あとねー」
「へいへい」
「…………」
「ディー?」
「…………」
「……寝てっし」
 その寝顔は、初めてディーの素顔を見たときとまったく変わっていませんでした。
「……確かに天使だ」
「でしょ?」
 突然降ってきた声。リサはそっちに顔を向けて睨みつけます。
「悪趣味。変態」
 そこには、カモメが立っていて二人を見下ろしていたのです。
「だって二人ともせんぜん気づかないんだもん。あ、交替しまーす」
 カモメが小声でそう言うと、リサはディーを起こさないようにそっとベッドから抜け出しました。
「じゃあ、後頼むわ」
「うん。ねえ、『夢』って何の事?」
「怖い夢見るんだって。ぎゅーって抱きしめて寝てやって」
「いつもしてるよ」
「あっそ。じゃあ頼んだぜ、おやす……」
「待って。それ、どんな夢?」
 カモメの細い手が、さらに細いリサの手を掴みます。
「しー! 起きるだろ。明日本人に聞けよ」
「……わかりましたー。リサちゃんのケチ」
「じゃあな、おやすみカモメ」
「おやすみ、リサちゃん」
 カモメがベッドに入るのを見て、リサは部屋から出ました。静かに扉を閉めて、そしてナギの待つ部屋へ向かいます。
「言われなくてもすっげー仲良くしてやるよ……ただいま!」
 バンッと音を鳴らして扉を開けたリサ。窓際に立っていたナギが笑顔で振り向きます。
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