DEAREST【完結】

Lucas’ storage

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第205話 語り部

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 アクアマリンのリサ達の泊まっていたホテルは、戦闘の被害が少なく部屋は十分使えました。
 それぞれ一晩考えて欲しい。リサに言われたみんなは各々考えに耽ります。タキはホテルにあったサロンで一人お茶を飲んでいました。
「タキ」
「リサ?」
 そこへやって来たのはリサ。ガランとしたサロンを横切り、タキの前の席につきます。
「珍しいな。フロルと一緒じゃないって」
「お前がそれぞれ考えろって言ったんだろ? まあ、俺は答え出てるけど」
「え? ついてくんの?」
「むかつく言い方だな。行くに決まってんじゃん! 俺はさー、もう誰かが呪われるのは嫌なんだよ」
 タキはカチャンと小さな音を鳴らしてカップを置きました。そんな音でも、このサロンにはよく響きます。
「結局さ、何で俺の家族だったんだろうって。謎のまんまなんだよな」
「……うん。でもさ、確かジオが倒してくれたんだよな?」
「ああ。けど、それもおかしな話だよな? 俺に呪いをかけた魔物は、『海』越えたって事だぜ?」
 リサは「あ!」と口元に手を当てます。
「本当だ。どうやって?」
「竜が現れる前から、空を飛ぶ魔物がいたって事じゃね? 俺らってやっぱ世界の事全然知らないんだよなぁ」
「……まあな」
「だけど、ここまで真実に近づいたのもきっと俺らだけだ」
 タキの目には強い光が宿っていました。
「リサ、俺お前に会えなかったら何も知ろうとしなかった。『見えないまま』でいた。救世主も、人間なんだって、考えずにいた。ずっと甘ちゃんのままだったよ。自分の事だけで精一杯。ナギやフロルに感謝する事さえしないような。だけど、お前に会って、すげー色々あってさ。リサのおかげで、ナギの気持ちも聞けた。フロルを大切にしたいって気づけたのも、お前に怒鳴られたからだよ」
 タキはリサを横目に、フッと笑みを零します。
「ま、あの時はかなりむかついたけど」
「……そっか。そういやわたしお前にも怒鳴ってたなぁ」
 リサも懐かしそうに目を細めて笑いました。
「俺達、最初仲悪かったよな」
「仲っつーか、お前の感じが悪かったんだよ。基本無視だったしさ」
「リサも相当態度悪かったぞ? 何だよこの女って普通に引いたし」
「わたしはフロルに引いたけど。引いたっつーかビビった」
「はは、あれだろ? 魔物用の罠にかかったんだろ?」
「わたしじゃなくてセナだっての」
 二人の楽しげな声が部屋の中に響き渡ります。それは、出会った当時では考えられないような光景でした。 
「リサ、あのさー、マジでナギの事よろしくな」
「何だよ、お前まで。フロルにも言われたんだけど」
「うーん……何かさ、俺あいつにだけは絶対に幸せになって欲しいんだよな」
 タキは照れ臭そうに言いました。
「……愛されてるなぁ、あいつ」
「ナギも、俺にとっては家族だからさ。本当に、あいつがいなきゃ俺どうなってたんだろうって」
「そっか。まあ、任せとけよ」
「頼むぜ、マジで」
 二人はお互いの拳をコツンとぶつけ合います。
「リサ伯母さんにも、もう一度会いたかったな……」
「え?」
「何でもない。それより、フロルなら多分自分の部屋にいるぜ?」
「フロル?」
 カップを片手に立ち上がるタキをリサは目で追います。
「どーせ、全員と話すんだろ?」
「ああ……でも、フロルは船でちゃんと話したから。他のやつらは?」
「んー、リーダーは中庭にいたと思う。カモメさんとディーは見てないな。ナギは自分の部屋だろ?」
「うん。サンキュ、中庭から行ってみるよ。風邪引かねーように早く寝ろよ?」
「引かねーっつーの」
 二人は「おやすみ」と挨拶を交わして別れました。
 リサはタキから聞いた通り中庭に向かいます。サロンを出てガラス張りの廊下までやって来ると、そこから中庭が見渡せました。一人剣を振るリーダーの姿も確認できます。
「ジオ」
「リサ。どうした?」
 近づいて来たリサに気づき、リーダーは剣を鞘にしまいました。
「精が出るな。今日くらいゆっくり休めばいいのに」
「俺は答えはもう出ているからな。やる事もなかったので時間を潰していた」
「もう答えが出たのか?」
 黒く四角い空の下。外灯に照らされ、やたらと青々とした人工芝の上で二人は向き合います。
「ああ。俺は、『人』を守る為に戦い続ける。ただそれだけだ」
「何で? それって、お前の正義?」
「いや、贖罪だ」
「贖罪?」
 吸い込まれそうなリーダーの黒い瞳が、リサに真っ直ぐ向けられました。
「リサ、俺もかつて父親が魔物になり自ら手を下した」
 ひゅうと冷たい風が吹き込み、リサは息をのみます。
「父もまた、それを受け入れてくれた」
「そうだったんだ……。だったら、お前が罪を感じる事はないんじゃないか? その、わたしが言うのも何だけど」
 リーダーは首を横に振ります。
「俺の家族は賊に殺されたんだ。つまり『人』にだ。父はそんな輩から俺を守る為に魔物になった。そこまでしてくれた父に対して、俺は何の迷いもなく剣を向けた」
 柄に添えられたリーダーの手に力がこもります。
「それで、罪滅ぼしの為に戦うのか?」
「俺は誰一人守れなかった自分が許せない」
「守ってるじゃん……ハロースカイのみんなを」
「だが、お前の母親も守ってやれなかった」
「え?」
「俺は……以前お前の母親に会っているんだ。話も、した」
 リーダーはリサから視線を逸らし、当てもなくさ迷わせます。
「すべて聞いていたのに……お前が俺と同じ事をするのを止められなかった。もっと早くに話しておけば、こうなる前にお前は母親に会えたかも知れない」
 そう言って、リーダーはリサに頭を下げました。
「本当に、すまない」
「……お母さんは、何て言ってたの?」
「あの人は、リサへの態度を悔いて嘆いていた。リサ、お前は本当に愛されていた」
「ふぅん……それ、お前に全部話したんだ」
 リサは歩き出すとリーダーの横を通り過ぎ、後ろでピタリと止まりました。
「おい、顔上げろ」
 リーダーがゆっくり頭を上げると、リサが後ろから抱きつきました。
「リサ?」
「こっち向くな馬鹿。前向いてろ」
「…………」
 リーダーは言われた通りまた前を向きます。
「ありがとう。お母さんの話を聞いてくれて。わたしだったら……聞けなかった」
「…………」
「絶対に聞こうともしなかった。だけど、きっとお母さんもお前だから話せたんだと思う」
「リサ……」
「わたしも、今だから素直に聞ける。ありがとう……ジオ」
「リサ、俺に怒っていないのか?」
「まーったく」
「そうか」
「そうだよ」
 リサはパッと離れると、また前に出てリーダーと向き合いました。
「ナギの話を聞いて、お前がどれだけ家族に愛されていたのかよく分かった」
「…………」
「お前が今も苦しんでるって知ったらさ、みんな悲しむんじゃね?」
「……そうだろうか?」
「そーだよ」
「そうか」
 リーダーのいつもの短い返事を聞いて、リサはクスクス笑います。
「おかしいか?」
「可笑しいよ」
「そうか、なら良かった」
「良いのかよ」
 楽しそうに笑うリサを見て、リーダーも優しく微笑みます。
「よし、ならばこの剣に誓いを立て直そう」
「誓い?」
「ああ、俺は自分の意志で戦い、お前達を守り抜く事をここに誓う」
「お前の意志?」
「ああ」
「そっか」
 リサはすっとリーダーに手を出しました。
「何だ?」
「握手」
 リーダーは少し躊躇いがちにその手を握りました。
「何の握手だ?」
「これからもよろしく、の握手」
「……なるほど。こちらこそよろしくお願いします」
 かしこまったリーダーの態度に、リサはまた笑わずにはいられませんでした。
「じゃあ、行くわ。お前と話せて良かったよ。剣の鍛練も程々にな」
「リサ」
 踵を返し、立ち去ろうとしたリサを呼び止めるリーダー。リサはきょとんとして振り返ります。
「何?」
「ナギを頼んだぞ」
「は? お前もかよ。あいつ愛されすぎ」
 首を傾げるリーダーに、リサは「こっちの話」と言ってヒラヒラと手を振ります。
「任せとけよ、ジオ。もう、傷つけたりしないから」
「ありがとう」
「あいつの兄貴かよ、お前は」
「ナギの方が年上だが」
「はは、そうそう。見えねーよなぁ。でかいくせにあいつ童顔だし」
「なるほど! 俺が老けているせいだけじゃなかったのか!」
「どんだけ嬉しそうなんだよお前。あー、つーか笑いすぎて腹痛い。お前と話してると飽きないな」
 リサははあっと息を吐くと、再び歩き出そうとした足を止めました。
「あ、そういやカモメとディーがどこにいるか知らね?」
「ああ、風呂に行くと言っていた。おそらく大浴場にいると思うが」
「そっか、サンキュ。おやすみ、『リーダー』!」
「ああ、おやすみ、リサ」
 軽い足取りで走り去るリサを、リーダーは暖かい目で見送りました。
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