DEAREST【完結】

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第198話 RISA

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「街の入り口だ! もっと飛ばせ! 追いつかれるぞ!」 
 馬は嘶き、さらに速度を増す。
 ディーの背中には、大人が使うような大きさの剣が。だけど、今回の作戦ではわたし達は出来る限り囮に徹して撹乱するのが目的。武器を取るのは万が一の時。
「ディー、後ろはどうだ?」
 街を駆け抜けながら声をかけると、ディーは真上を見上げた。
「来てる! リサ、追いつかれるよ!」
「……もう少しだ」
 大通りを真っ直ぐ掛け抜ける。見えてきた。
「リサ、後ろ!」
 真後ろに感じる竜の気配。だけど。
「今だ!」
 手芸屋を越えたと同時。わたしの声に、たくさんの声が重なる。建物の間の路地から、アクアマリンの人達がロープを引いた。大きく広がる網に竜が掛かる。
「やった!」
 わたしは振り返ってそう叫ぶ。
「街の人達が協力してくれて良かったね。でも大丈夫かな?」
「路地裏は狭くて竜は入れない! 大丈夫だ!」
 さらに追ってくる竜。本来ならとっくに追いつかれ襲われていてもおかしくない。けれど竜の牙はわたし達には届かない。何故なら。
「ナギ!」
「うん!」
 後ろから聞こえる声。そして、竜の叫び。二頭の馬が竜に向かって駆ける。ナギとジオが乗った馬だ。先回りしていた二人が、竜を迎え撃つ。二人が剣を振るだけで、三、四メートルはある竜がバタバタと地に落ちる。
 二人はそのまま竜を引き連れて街の中央へ向かった。教会跡地に誘い込む気だ。あの二人は馬から降りた方が強い。
 わたしは遠ざかる二人を見ながら、さらに馬を走らせる。
 円を描くような街の造り。
 何周も何周も、ただ走り続ける。いくつものトラップが竜達を襲う。
「あ!」
 向こう側からタキとフロルの乗った馬が駆けてくる。フロルの手にはナイフと短刀が握られていた。タキは多分運転手だと思うが、フロルはあれでどうやって戦ってるんだ?
「リサ、ディー! 気をつけろよ!」
 すれ違いざまにタキが叫んだ。
「ああ! お前らもな!」
「フロル達は平気ー!」
 フロルが手を振って、ディーも手を振り返す。舞い降りてくる竜を避けるようにわたしは路地裏を走らせる。街の中はわたしの方が断然詳しい。例え相手が上空にいようが捕まえられない。
「リサ! もう一度手芸屋さんの前まで行って! カモメと合流する!」 
「了解!」
 わたしは建物の間の細い道を選びながら街を突っ切る。一周でトラップは出尽くした。後は街の人達が避難する時間を稼ぐ為に走っていた。でも、もうちょうどいい頃合いだろう。
 通りに出ると、すぐさま竜がわたし達目掛けて舞い降りてきた。
「リサ! そのまま真上に矢を射って!」
「は?」
「いいから早く!」
 動いてる的に当てた事がまだない。でも、そんな事言ってる場合じゃないな。わたしは言われた通りに真上に矢を放った。狙いを定めるどころか、見もせずに射つ。すると、聞こえてきたのは竜の断末魔。まっ逆さまに落ちてきて、馬は慌ててそれをかわす。
「当たった……!」
「リサが狙わなくても、向こうはおれ達を狙ってるもん。だから当たるよ」
 なるほど、自ら射程圏内に入って来てるわけだ。もしかしたら、囮以外でも役に立てそう?
「それと、きみがすんごく速いおかげだね」
 ディーがたてがみをポンポンと撫でた。馬が「フィー」と息を吐く。
「当たり前だろって威張ってるよ、そいつ」
「リサ、馬と喋れるの?」
「まあな」
「あ、もうすぐ手芸屋だね」
「つっこめよ」
 ディーの言う通りまた手芸屋の看板が見えてきた。
「リサ」
「ん?」
「おれ達、守られてるだけじゃ嫌だよね?」
「……ああ」
「おれ、頑張るよ」
 ディーはポニーテールを揺らして頷く。
「調子に乗って怪我するなよ」
「リサもね」
「可愛くねえ」
 振り返ってニッと笑うディー。
「リサ、伏せて!」
 そして、そう叫んで真上にあった手芸屋の看板に飛びついてぶら下がった。わたしは頭を下げてその下を通過する。
「ディー!」
 すぐに振り返る。パッと手を離したディーは、後ろから来ていたカモメの馬へと落ちる。カモメはディーを抱きしめるように受け止めると、馬に乗せてわたしに手を振った。そして、くるりと来た道を引き返す。
 わたしはほっとしてそのまま馬を走らせた。カモメ達とは逆方向に。カモメの手には、珍しく剣が握られていた。あいつも今回は本気のようだ。だったら、わたしも気を抜いてられない。
 前方からやって来る竜。わたしは弓を構える。狙わなくていいんだ。奴がわたしを捕らえにくる瞬間。その瞬間に、矢を放つ。
「もう逃げない。わたしは負けない」
 だって、わたしは救世主だから。
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