DEAREST【完結】

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第183話 NAGI

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 アクアマリンに行く二ヶ月前。
 あの話し合いの夜から数日後。
 夕食も終わりみんなでフロルの淹れてくれたお茶を飲んでいた。すると、コンコンとディーが咳き込む。
「ディーくん、風邪? 大丈夫? 結婚する?」
「しないよ。カモメうざい」
 椅子に座ったディーがまた咳き込む。僕はおでこをくっつけて熱を測った。
「んー、ちょっとだけお熱あるみたい。今日はお風呂やめて早めに寝ようね?」
「うん。今日ね、お父さんと寝たい」
「うん、いいよ」
 ディーは、あの日の次の朝から僕をお父さんと呼ぶようになった。
「えー、じゃあ今日ぼく一人? ていうか、ディーくんもよく風邪引くよね。珍しくドロは引いてないのに」
「そうなんです! しかも、俺船を降りてから一度も倒れてないんですよ! すげーだろ?」
 タキは嬉しそうに僕にピースをしてくる。
「すごいね、タキ」
「でも多分明日風邪引くぜ、こいつ。ディーの風邪貰うだろ?」
 リサがそう言って笑う。
「ふふーん、そしたらフロルがまた看病しちゃうー」
「引かねーし! ディー。さっさと寝ろよ」
「けほけほ」
「俺に向かって咳するな! つーか、お前今のわざとだろ!」
「大丈夫だ。ずっと息を止めていれば移らない」
「リーダーそれ全然大丈夫じゃないです!」
 みんながさらに楽しそうに笑う。そんなみんなを見てるだけでもすごく幸せだ。
「ま、でも早く寝た方がいいよね。今日は隊長さんと浮気するの許してあげる」
 ベルがそう言ってディーの頭を撫でる。
「別に浮気じゃないでしょ? カモメうざい」
「えー、だって指輪受け取ってくれたじゃない。何故か」
 何故か、というとこを強調してベルがアランの方を見るとアランは咳払いをして目を逸らした。
「じゃあ、歯磨きして寝よっか?」
「うん」
 僕はディーを抱っこして、食堂を出ようとした。
「あ、待って」
 すると、ベルが駆け寄って来てディーにおでこをくっつける。
「……うん、まあこのくらいならお薬は飲まなくても大丈夫かな。おやすみ、ディーくん」
 ほっとした顔をして、そのままおでこにキスするベル。どんなにふざけてたりしても、やっぱりディーをすごく心配してる。
「おやすみ、カモメ。おやすみ、フロル、タキ、リーダー、リサ」
 ディーはみんなにも手を振った。


「寝たか?」
「アラン。うん、寝たよ」
 添い寝してディーを寝かしつけていたら、アランが部屋に戻ってきた。
「じゃあ俺が見てるからお前も風呂に入ってきたらどうだ?」
「うん、ありがとう」
 アランが自分のベッドに座る。僕はディーを起こさないようにそーっとベッドから出た。
「あ」
 部屋の外にはリサとベルがいた。
「何してるの?」
「べ、別に。突っ立ってるだけだし」
「ディーくんが心配だからリサちゃんと様子を見に来……いたっ!」
 リサがベルの足を踏む。
「ディーなら大丈夫だよ。もう寝ちゃったし」
「あっそ」
 そう言ってリサは自分の部屋に入る。しゃがんで足を押さえてたベルがやれやれと立ち上がった。リサを呼び止めようとしたら、そのままベルが立ちふさがる。
「あ、隊長さん。ちょっと聞いてもいいかな?」
「え?」
「あのね、ディーくんが急に『お父さん』って呼び出したのって何で?」
「え? えーっとね」
 確か、アランが言っていた。
 孤児院で子どもが貰われてくのを見たから、不安になっているんじゃないかって。
 お父さんとお母さんがいないと貰われちゃう。そう感じているんじゃないかって。
「へえ、なるほど」
「うん」
「ディーくん、隊長さんにそう言ったの?」
「ううん。アランとお風呂に入ってた時に、誰にもあげたりしないかって聞かれたんだって」
「ふぅん、で、リーダーは何て返したの?」
「誰にも渡さないって」
 僕がそう言うとベルは両手を壁について何だか落ち込んだ様子だ。
「ひどい、リーダー。その台詞ぼくが言いたかったのに」
「えーっと」
「まあ、それは置いといて。ぼくも看病したいからリーダーと部屋代わって貰います!」
「あ、う、うん」
 ベルは僕に向かって敬礼をすると部屋の中に入って行った。
「あいつの心配性も重症だよな」
「あ、リサ」
 リサが扉を少しだけ開けてこっちを見ていた。
「入れば? 何か話あるんだろ?」
「うん」
 僕が部屋に入るとリサがパタンと扉を閉めた。
「座れば? 何か言いたげだったけど何?」
「うん、今日の事なんだけど」
 リサがベッドに座る。僕はすぐそばの椅子に座った。
「今日? ああ、呪いをかけた魔物わりと早くに見つかったな」
「そうだね……」
 下町に住む、呪いをかけられた人。その人の依頼で僕達は魔物を探していた。結果的に、今回魔物を仕留めたのは僕だった。
「お前も中々やるじゃん。で、それがどうかしたのか?」
「えっと……今日、リサも僕を手伝おうとしたでしょ?」
「それが?」
「それ……やめて欲しいなと思って……」
「は? 何で?」
「リサはさ……何もしないでいいよ」
「何もって? 足手まといだって言いたいのかよ?」
「そうじゃないよ。そうじゃなくて……魔物退治は、僕とアランとベルでやるから」
「…………」
 リサが僕を睨む。僕は一旦息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「リサは、ディーとタキとフロルと一緒に隠れてて? お願いだから」
「女子どもはただ黙って守られてろってか? ふざけんなよ」
「だって危ないよ。特にリサは今まで戦った事がほとんどないし……」
「わたしが一番足手まといって言いたいのかよ」
「違うよ。僕はリサやみんなが怪我をして欲しくないんだ」
 僕がみんなを守る。僕にはそのくらいしかできる事がないから。
「わたしだってお前やみんなが怪我をするのはもう見たくない」
「…………」
「もう誰かがわたしを庇って死ぬのは嫌だ」
「……ごめんね」
「何が?」
「うん」
「足引っ張んないようにするから。本当に危ないって感じたら、ちゃんとディーを連れて隠れる」
「……うん」
「タキとフロルなら大丈夫だよ。やばいって感じたらフロルがタキ連れてすぐ隠れるって」
「……そうだね」
 すぐそばにあるリサの手に触れられなくてお互い前を見て俯く。
「だから、手伝うなとか……そんな事言うなよ、馬鹿」
「ご、ごめんね」
「…………」
「本当にごめん」
「しつこい。別にもう怒ってねーよ」
 触れられなかった手をリサは僕の手に重ねる。本当はこの手に武器は持たせたくないのに。
「なあ、ナギ」
「ん?」
「ナギはさ、もし世界が平和になったら……何がしたい?」
「世界が平和になったら?」
「うん。魔物もいなくてさ、何にも怯えずにみんなが自由に色んな所に行ける世界」
 色んな所に行ける世界かぁ。僕は少し考えてから答える。
「んー……そうだなぁ。じゃあ、みんなで馬に乗って、こう……ただ目的もなく色々行ってみるとか。お弁当とか持って」
「フロルが張り切ってめちゃめちゃたくさん作りそうだな」
「うん。それでタキが頑張っていっぱい食べてて」
「んで倒れる」
「あはは、倒れないよー多分。あ、そうだ! 船もいいなぁ。アランが折角航海士の勉強してたし、何かすっごく楽しそうだったもん」
「それいいな。海の青って結構好きなんだ」
 そう言って笑うリサの横顔が、すごく綺麗で、僕はもっと笑って欲しくて、さらに話を続ける。
「馬も乗れるくらいの、定期船みたいな大きな船借りてね、のーんびり船旅をするんだ」
「ディーとカモメはずーっとイチャついてそうだなぁ」
「あはは、じゃあ僕達も負けないようにしなきゃね」
 僕は重なっていたリサの手に指を絡ませた。もう、離れたくなくて。
「張り合ってんじゃねーよ」
 赤くなって、パッと手を離すリサ。でも、すぐにクスクスと笑いだした。
「何?」
「いや、何か安心した。お前の想像する未来には、ちゃんとみんながいるんだなぁって」
「当たり前だよ」
「……わたしも、ちゃんとお前の隣にいるんだな」
「うん」
 同じ笑顔なのに、何故かとても寂しそうで。
「ありがとう」
 何で急にお礼なんか言うのか分からなくて。
「……みんな、ずっと一緒だよ」
「そうだな」
 何でそんなに悲しい目で。
「そろそろ寝るよ。おやすみ、ナギ」
 何で今日はリサからキスをしてくるのか分からなくて。『足りない』なんて言って抱きしめたくなった。そのまま朝まで離したくないなんて思った。だけどそれは叶わなくて。
「おやすみ、リサ」
 リサの背中にそう言って部屋を後にした。
 僕は、魔物がいない世界を望んでいるわけじゃない。
 誰もが『武器』を持たなくていい世界になればいいと思ってる。
 だって、『平和』の定義なんて人それぞれだし。魔物のいるこの世界でも、こんなにも素晴らしい出逢いがあって、今が幸せだって感じたりするから。
 明日になれば、きっとまたリサはいつものリサで、ディーも熱が下がって元気になって、みんなで過ごして行くんだ。
 僕はこの『場所』を守りたい。その為に、今は『武器』を取る。
 もっと、もっと強くなってみせる。もう誰も傷つかないように。
 そしていつか……アンジュも救ってあげられる日がくればいい。
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