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第184話 NAGI
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「ディー、疲れてない? 抱っこしようか?」
「ううん、歩く」
大きな白いマスクをつけたディーがフルフルと首を振る。
僕達はまたいつも通りの生活に戻っていた。
「手掛かりなしすぎて落ち込むー」
アンジュの件も変わらず進展なしでベルが落胆している。今日は三人で下町に買い出しに来ていた。そして、ディーを病院に連れて行く為に。
「本当によく風邪引くよね、ディーくん。お風呂で遊んでばっかいるからですよ!」
「一緒に遊んでたのカモメでしょ? 何でカモメは平気なの!」
「ぼくはディーくんとは鍛え方が違うんですー。あ、ほら病院着いたよ」
下町の病院。城下町の病院よりは小さいけど優しいお医者さんのいる温かい病院だった。
「ごめんくださーいって……うわっ、めちゃめちゃ混んでる!」
待合室にはたくさん人がいた。でも、みんな見慣れない人達ばかりだ。
「あら? 君達……」
受付の女の人が僕達に気づいてこっちへ来る。
「ごめんなさい、今日すごく混んでて一時間以上かかりそうなんだけど」
「何かあったんですか?」
僕がそう聞くと女の人が患者さん達の方を見て言った。
「みんなね、アクアマリンから逃げて来た人達なの」
「アクアマリン?」
それって、リサの故郷だ。
「城下町を襲った竜を覚えてる? アクアマリンがあの竜に襲われたそうよ」
「えっ?」
あの日の光景が甦る。空を覆うほど巨大なあの竜の姿が。
「竜が街の近くに住み着いたままで、この人達は何とか逃げて来たみたい……城下町へは入れないから、みんなこの病院へ」
「そんな……」
だってアクアマリンにはリサのお母さんがいるのに。僕はすぐに会った事もないリサのお母さんを探し始めた。すると、ディーが僕の手を引っ張った。
「お父さん、リサのお母さんならこの中にはいないよ?」
「え?」
「おれ、会った事あるから……」
「そっか……」
どうしよう。という事は、まだアクアマリンにいるんだ。竜の住む街に。
「アクアマリンにはまだ何人か逃げ遅れた人がいるみたいだよ、隊長さん。あの人が言ってた」
いつの間にかその人達から話を聞いたベルがそう言った。
「どうしよう……」
「どうしようって、ここはやっぱハロースカイの出番でしょ!」
ベルがニッと笑う。
「アクアマリンに行くの?」
「イエス!」
親指を立ててそう答えるベル。そうだよね、きっとリサもそう言うはずだ。
「とりあえず、隊長さんはディーくんと順番待ちしてて。ぼくが買い出しついでに情報集めてくるから」
「う、うん。分かった……あの、気をつけてね」
「はいはーい」
ベルはすぐに病院を出ていった。椅子はいっぱいだったので、僕はディーを抱き上げる。
「ディー、大丈夫?」
「うん。ありがと、お父さん」
ディーはぎゅっと僕にしがみついた後、肩に頭を置いてうとうとし始めた。
「娘さん、可愛いわね」
「え?」
その時、近くの椅子に座っていた女の人が話しかけて来た。女の人は立ち上がって席を譲ろうとしてくれた。
「あ、大丈夫です。座っていて下さい」
「でも」
「本当に大丈夫ですよ。ありがとうございます」
笑ってそう言うと、女の人は「そう?」と言ってまた椅子に座った。
「娘さん、おいくつ?」
「えっと、九歳です」
「九歳?」
女の人は少し驚いた顔で僕を見た。最初はディーが小さいからびっくりしてるのかなと思ったけど違うみたいだ。僕の顔を見てびっくりしている。それは、僕が『お父さん』だって事に驚いた顔だった。
「そ、そう。お若く見えるからびっくりしちゃった」
「よく言われます」
とりあえず笑って誤魔化した。そしてディーの様子をそっと窺う。良かった。寝ちゃってたから聞かれてないみたい。女の人はもう何も話しかけて来なくて、何だか落ち着かない空気のまま待ち続けた。
子どもの頃は、今の自分の歳ってすごく大人に見えたのになぁ。実際なってみると大人になった気なんて全然しないや。
ようやく順番が回って来た頃には、ディーはすっかり熟睡モードに入っていた。
「ディーくんおもしろすぎ! 何されても起きないんだもん」
「でも、大した事なくて良かったよね。何かいつの間にか熱も下がってたし」
僕は起こさないようにディーをベルに渡して馬から降りた。
「今日もさ、魔物に会わなかったね! 何でか知ってる?」
「アランだよね?」
「イエス。うちのリーダーは働き者な上に心配症だねー」
「うん……あんまり無理しなきゃいいけど」
アランならお父さんに見えたのかな、なんて。でも言ったら怒られそうだから言わない。
「さ、お家入りましょう!」
僕は厩にみんなを連れて行ってから隠れ家に入った。
「あ! お帰りお帰りー! きゃー! ナギが帰って来たよー、リサ!」
家に入るなりフロルがハイテンションで飛び出して来た。
「はいはい、サイちゃん静かにねー」
寝ているディーに気づいて、フロルが口に手を当てる。
「ぼくお部屋に戻りまーす。あ、隊長さん。後でみんなにアクアマリンのお話しようね」
「う、うん」
ベルはディーを抱っこしたまま二階へ上がっていった。
「アクアマリンのお話って?」
フロルが僕から買い出しの荷物を受け取る。前から思ってたんだけど、フロルもかなり力持ちだなぁ。
「えっと、後で。それよりフロルはどうしたの? さっき何か言いかけてなかった?」
「あ、そうなんです! ふふーん、見てみてー! リサ!」
フロルが呼ぶと、談話室の扉がゆっくり開いた。カツン、と。いつものブーツを鳴らす音。そして。
「リサ!」
真っ白なロングのワンピース。そして、あの朝焼け色のベスト。クロッカスで初めて出逢った時のリサがそこにいた。
「色々たくさん深い事情があって中々返せなかったんだけど、ようやく返す事ができました!」
「……もういいよ」
リサの目が少しだけ赤い気がした。
「うん、ありがとリサ。前にね、夢の中でユズちゃんに会った時にね、やっと分かった気がして」
フロルがリサに近づいて手を握った。
「ユズちゃんが捨てずにこの服を持っていた理由。これを、一番返したかったのはユズちゃんじゃなかったのかなって」
話の見えない僕は、ただ立ち尽くしたままだった。ていうか、見惚れていたのかも。
「でも、いっぱい色々あったし、考えすぎちゃって返すのが遅れてごめんね」
「本当にもういいって」
リサが細い手でフロルの肩を軽く押す。
「……うん! では、後は若いお二人で思い出話に花咲かせちゃって下さい! フロルはご飯の準備してきまーす!」
フロルは、荷物を持ったまま僕の背中をグイグイ押して談話室に押し込んだ。バタンと扉が閉められ、リサと二人きりになる。
「リサ、すごく似合うよ。そのワンピースはフロルが作ったの?」
「…………」
「リサ?」
「アクアマリンって?」
「え?」
「さっき、アクアマリンがどうとかって……」
「あ……。あの、後でみんなが集まってから」
「言えよ」
リサは無表情なまま僕を見上げる。僕は扉を背に少しだけ考える。だけど、リサには少しでも早く伝えた方がいい気がする。
「実はね、城下町を襲ったあの竜がね……」
「リサ、いるか?」
突然後ろの扉が開いた。
「アラン」
「ん? ああ、ナギ。悪い、扉ぶつからなかったか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。なら良かった」
「何だよ?」
「明日はどうする?」
「明日はそれどころじゃなさそうだぜ。そうなんだろ? ナギ」
リサがまた僕に視線を戻す。ていうか、明日って? リサとアラン何かしてたのかな?
「…………」
アランと目が合う。
「明日何かあるの?」
「明日何かあるのか?」
さらに言葉も重なる。
「アクアマリンが竜に襲われたらしい」
「えっ? リサ知ってたの?」
「あそこまで聞けば大体想像つく。どうせハロースカイの出番だーとか言って行くんだろ?」
「アクアマリンが襲われたのか?」
「反応遅ーよ。そういうわけだから明日は無理だ。あ、でもディーがまだ風邪引いてるんだよな。ちょっと様子見てくる」
「あ、リサ」
リサは僕が止めるのも聞かずに部屋を出ていった。リサ……何でアクアマリンが襲われたのを知ってあんなに冷静でいられるんだろう。もしかしたら、すごく無理をしてるのかも。
「ナギ、今の話は本当なのか? アクアマリンにはリサの母親がいるのでは」
「あ、うん……病院にいた避難して来た人達の中には、リサのお母さんはいなかったみたい。だから」
「まだ街に?」
「うん……他にも逃げ遅れた人がいるって」
「そうか。明日にでも出発した方がいいな」
アランは扉から離れて部屋の奥へ進む。
「あの、アラン。さっきのって?」
「さっき?」
アランが振り返る。
「えっと、リサに明日どうするって……」
「……あ!」
「え?」
「誤解するな。リサに弓を教えていただけだ。それに、タキとフロルもいた」
「え、あ、うん」
誤解って、何をだろう。
「それで、明日も練習するのかどうか聞きに来ただけだ」
「そうだったんだ。でも、何で弓?」
「後方支援に回れば、お前にあまり心配をかけずに済むと言っていた」
「あ……」
リサ、前に僕が言った事気にしてたんだ。でも、そういう事じゃなかったんだけど……。
「あの弓は、以前ユズが使っていたものなんだ」
「ユズさんって……アランの恋人だったんでしょ? いいの?」
「分からない。だが、ユズがそれを望んでいる気がした。ユズは……ハロースカイの仲間を本当に大切に想っていたから」
アランはソファーに座り、僕はまだ同じ場所に立ったまま話を聞いていた。
「リサはもうハロースカイの一員で大事な仲間だ。もちろん、お前もな」
「うん……」
アランが剣を取り出して手入れを始めた。
「その、アランは恋人が戦う事とか、不安じゃなかった?」
すでに手入れに夢中になっているアランは答えない。僕は邪魔にならないように部屋を出ようとした。その時、背中に声がぶつかった。
「俺は、ユズが望む事をすべてしてやりたかったから」
「…………」
「だけど、それが正しかったのかどうかは未だに分からない」
「……そういう気持ちに、正しいとか間違いはないと思うよ」
「そうか」
「うん」
僕は振り向かないまま。でも、何となく声に暖かさを感じてほっとした。
「……ありがと、アラン」
そう言って僕は部屋を出た。
ハロースカイの一員。リサも『仲間』の一人なんだ。共に歩む仲間だ。
僕が勝手にリサを『特別』にしていた。
アランもフロルも、リサをちゃんと仲間として迎えていたのに。
みんなで力を合わせてアクアマリンの人達を守るんだ。
アクアマリンへ行くという事は満場一致で決まった。だけど、あの竜をどうやって倒せばいいのか分からない。何故アクアマリンが襲われたのかも分からない。
それでも、みんなを助けに行く事にためらいはなかった。
「ううん、歩く」
大きな白いマスクをつけたディーがフルフルと首を振る。
僕達はまたいつも通りの生活に戻っていた。
「手掛かりなしすぎて落ち込むー」
アンジュの件も変わらず進展なしでベルが落胆している。今日は三人で下町に買い出しに来ていた。そして、ディーを病院に連れて行く為に。
「本当によく風邪引くよね、ディーくん。お風呂で遊んでばっかいるからですよ!」
「一緒に遊んでたのカモメでしょ? 何でカモメは平気なの!」
「ぼくはディーくんとは鍛え方が違うんですー。あ、ほら病院着いたよ」
下町の病院。城下町の病院よりは小さいけど優しいお医者さんのいる温かい病院だった。
「ごめんくださーいって……うわっ、めちゃめちゃ混んでる!」
待合室にはたくさん人がいた。でも、みんな見慣れない人達ばかりだ。
「あら? 君達……」
受付の女の人が僕達に気づいてこっちへ来る。
「ごめんなさい、今日すごく混んでて一時間以上かかりそうなんだけど」
「何かあったんですか?」
僕がそう聞くと女の人が患者さん達の方を見て言った。
「みんなね、アクアマリンから逃げて来た人達なの」
「アクアマリン?」
それって、リサの故郷だ。
「城下町を襲った竜を覚えてる? アクアマリンがあの竜に襲われたそうよ」
「えっ?」
あの日の光景が甦る。空を覆うほど巨大なあの竜の姿が。
「竜が街の近くに住み着いたままで、この人達は何とか逃げて来たみたい……城下町へは入れないから、みんなこの病院へ」
「そんな……」
だってアクアマリンにはリサのお母さんがいるのに。僕はすぐに会った事もないリサのお母さんを探し始めた。すると、ディーが僕の手を引っ張った。
「お父さん、リサのお母さんならこの中にはいないよ?」
「え?」
「おれ、会った事あるから……」
「そっか……」
どうしよう。という事は、まだアクアマリンにいるんだ。竜の住む街に。
「アクアマリンにはまだ何人か逃げ遅れた人がいるみたいだよ、隊長さん。あの人が言ってた」
いつの間にかその人達から話を聞いたベルがそう言った。
「どうしよう……」
「どうしようって、ここはやっぱハロースカイの出番でしょ!」
ベルがニッと笑う。
「アクアマリンに行くの?」
「イエス!」
親指を立ててそう答えるベル。そうだよね、きっとリサもそう言うはずだ。
「とりあえず、隊長さんはディーくんと順番待ちしてて。ぼくが買い出しついでに情報集めてくるから」
「う、うん。分かった……あの、気をつけてね」
「はいはーい」
ベルはすぐに病院を出ていった。椅子はいっぱいだったので、僕はディーを抱き上げる。
「ディー、大丈夫?」
「うん。ありがと、お父さん」
ディーはぎゅっと僕にしがみついた後、肩に頭を置いてうとうとし始めた。
「娘さん、可愛いわね」
「え?」
その時、近くの椅子に座っていた女の人が話しかけて来た。女の人は立ち上がって席を譲ろうとしてくれた。
「あ、大丈夫です。座っていて下さい」
「でも」
「本当に大丈夫ですよ。ありがとうございます」
笑ってそう言うと、女の人は「そう?」と言ってまた椅子に座った。
「娘さん、おいくつ?」
「えっと、九歳です」
「九歳?」
女の人は少し驚いた顔で僕を見た。最初はディーが小さいからびっくりしてるのかなと思ったけど違うみたいだ。僕の顔を見てびっくりしている。それは、僕が『お父さん』だって事に驚いた顔だった。
「そ、そう。お若く見えるからびっくりしちゃった」
「よく言われます」
とりあえず笑って誤魔化した。そしてディーの様子をそっと窺う。良かった。寝ちゃってたから聞かれてないみたい。女の人はもう何も話しかけて来なくて、何だか落ち着かない空気のまま待ち続けた。
子どもの頃は、今の自分の歳ってすごく大人に見えたのになぁ。実際なってみると大人になった気なんて全然しないや。
ようやく順番が回って来た頃には、ディーはすっかり熟睡モードに入っていた。
「ディーくんおもしろすぎ! 何されても起きないんだもん」
「でも、大した事なくて良かったよね。何かいつの間にか熱も下がってたし」
僕は起こさないようにディーをベルに渡して馬から降りた。
「今日もさ、魔物に会わなかったね! 何でか知ってる?」
「アランだよね?」
「イエス。うちのリーダーは働き者な上に心配症だねー」
「うん……あんまり無理しなきゃいいけど」
アランならお父さんに見えたのかな、なんて。でも言ったら怒られそうだから言わない。
「さ、お家入りましょう!」
僕は厩にみんなを連れて行ってから隠れ家に入った。
「あ! お帰りお帰りー! きゃー! ナギが帰って来たよー、リサ!」
家に入るなりフロルがハイテンションで飛び出して来た。
「はいはい、サイちゃん静かにねー」
寝ているディーに気づいて、フロルが口に手を当てる。
「ぼくお部屋に戻りまーす。あ、隊長さん。後でみんなにアクアマリンのお話しようね」
「う、うん」
ベルはディーを抱っこしたまま二階へ上がっていった。
「アクアマリンのお話って?」
フロルが僕から買い出しの荷物を受け取る。前から思ってたんだけど、フロルもかなり力持ちだなぁ。
「えっと、後で。それよりフロルはどうしたの? さっき何か言いかけてなかった?」
「あ、そうなんです! ふふーん、見てみてー! リサ!」
フロルが呼ぶと、談話室の扉がゆっくり開いた。カツン、と。いつものブーツを鳴らす音。そして。
「リサ!」
真っ白なロングのワンピース。そして、あの朝焼け色のベスト。クロッカスで初めて出逢った時のリサがそこにいた。
「色々たくさん深い事情があって中々返せなかったんだけど、ようやく返す事ができました!」
「……もういいよ」
リサの目が少しだけ赤い気がした。
「うん、ありがとリサ。前にね、夢の中でユズちゃんに会った時にね、やっと分かった気がして」
フロルがリサに近づいて手を握った。
「ユズちゃんが捨てずにこの服を持っていた理由。これを、一番返したかったのはユズちゃんじゃなかったのかなって」
話の見えない僕は、ただ立ち尽くしたままだった。ていうか、見惚れていたのかも。
「でも、いっぱい色々あったし、考えすぎちゃって返すのが遅れてごめんね」
「本当にもういいって」
リサが細い手でフロルの肩を軽く押す。
「……うん! では、後は若いお二人で思い出話に花咲かせちゃって下さい! フロルはご飯の準備してきまーす!」
フロルは、荷物を持ったまま僕の背中をグイグイ押して談話室に押し込んだ。バタンと扉が閉められ、リサと二人きりになる。
「リサ、すごく似合うよ。そのワンピースはフロルが作ったの?」
「…………」
「リサ?」
「アクアマリンって?」
「え?」
「さっき、アクアマリンがどうとかって……」
「あ……。あの、後でみんなが集まってから」
「言えよ」
リサは無表情なまま僕を見上げる。僕は扉を背に少しだけ考える。だけど、リサには少しでも早く伝えた方がいい気がする。
「実はね、城下町を襲ったあの竜がね……」
「リサ、いるか?」
突然後ろの扉が開いた。
「アラン」
「ん? ああ、ナギ。悪い、扉ぶつからなかったか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。なら良かった」
「何だよ?」
「明日はどうする?」
「明日はそれどころじゃなさそうだぜ。そうなんだろ? ナギ」
リサがまた僕に視線を戻す。ていうか、明日って? リサとアラン何かしてたのかな?
「…………」
アランと目が合う。
「明日何かあるの?」
「明日何かあるのか?」
さらに言葉も重なる。
「アクアマリンが竜に襲われたらしい」
「えっ? リサ知ってたの?」
「あそこまで聞けば大体想像つく。どうせハロースカイの出番だーとか言って行くんだろ?」
「アクアマリンが襲われたのか?」
「反応遅ーよ。そういうわけだから明日は無理だ。あ、でもディーがまだ風邪引いてるんだよな。ちょっと様子見てくる」
「あ、リサ」
リサは僕が止めるのも聞かずに部屋を出ていった。リサ……何でアクアマリンが襲われたのを知ってあんなに冷静でいられるんだろう。もしかしたら、すごく無理をしてるのかも。
「ナギ、今の話は本当なのか? アクアマリンにはリサの母親がいるのでは」
「あ、うん……病院にいた避難して来た人達の中には、リサのお母さんはいなかったみたい。だから」
「まだ街に?」
「うん……他にも逃げ遅れた人がいるって」
「そうか。明日にでも出発した方がいいな」
アランは扉から離れて部屋の奥へ進む。
「あの、アラン。さっきのって?」
「さっき?」
アランが振り返る。
「えっと、リサに明日どうするって……」
「……あ!」
「え?」
「誤解するな。リサに弓を教えていただけだ。それに、タキとフロルもいた」
「え、あ、うん」
誤解って、何をだろう。
「それで、明日も練習するのかどうか聞きに来ただけだ」
「そうだったんだ。でも、何で弓?」
「後方支援に回れば、お前にあまり心配をかけずに済むと言っていた」
「あ……」
リサ、前に僕が言った事気にしてたんだ。でも、そういう事じゃなかったんだけど……。
「あの弓は、以前ユズが使っていたものなんだ」
「ユズさんって……アランの恋人だったんでしょ? いいの?」
「分からない。だが、ユズがそれを望んでいる気がした。ユズは……ハロースカイの仲間を本当に大切に想っていたから」
アランはソファーに座り、僕はまだ同じ場所に立ったまま話を聞いていた。
「リサはもうハロースカイの一員で大事な仲間だ。もちろん、お前もな」
「うん……」
アランが剣を取り出して手入れを始めた。
「その、アランは恋人が戦う事とか、不安じゃなかった?」
すでに手入れに夢中になっているアランは答えない。僕は邪魔にならないように部屋を出ようとした。その時、背中に声がぶつかった。
「俺は、ユズが望む事をすべてしてやりたかったから」
「…………」
「だけど、それが正しかったのかどうかは未だに分からない」
「……そういう気持ちに、正しいとか間違いはないと思うよ」
「そうか」
「うん」
僕は振り向かないまま。でも、何となく声に暖かさを感じてほっとした。
「……ありがと、アラン」
そう言って僕は部屋を出た。
ハロースカイの一員。リサも『仲間』の一人なんだ。共に歩む仲間だ。
僕が勝手にリサを『特別』にしていた。
アランもフロルも、リサをちゃんと仲間として迎えていたのに。
みんなで力を合わせてアクアマリンの人達を守るんだ。
アクアマリンへ行くという事は満場一致で決まった。だけど、あの竜をどうやって倒せばいいのか分からない。何故アクアマリンが襲われたのかも分からない。
それでも、みんなを助けに行く事にためらいはなかった。
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