DEAREST【完結】

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第124話 語り部

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 その頃、ステージではコケシとディーがまだ二人きりで座っていました。
 ようやく落ち着きを取り戻し始めたディーは、ごしごしと涙を拭います。コケシは、自分の胸に手を当てたまま、ディーの事をじっと見つめていました。
「……ディーくん、お二人中々来ませんね」
「来ないよ。カモメはもうおれの事なんか嫌いだもん」
「そんな事ないですよ……」
「コケシ、あのね」
「はい」
 顔を上げるとそこにはコケシの笑顔があって、ディーはほっとしたように話し始めます。
「おれ、ここで働いちゃダメかな?」
「え? 働くというのは……もしかして、ステージに立つという事でしょうか?」
「うん。あんまりすごいマジックはできないけど、すぐに覚えるから」
 コケシはあんぐりと口を開けたままです。
「や、やっぱダメかな?」
「いえ! ダメなんかじゃありません! 素晴らしいです、ディーくんと一緒にステージに立てるなんて夢のようです!」
 コケシはそう言って、ディーの手を両手で掴みます。さらに泣き出してしまいました。
「お、大袈裟だよ」
「す、ずみまぜん。嬉しくて、私、この船に来てからずっと一人で、もう誰かと一緒にショーをするなんてないと思っていました。でも、でも、ディーくんが一緒にして下さると言って、本当に嬉しくて」
 そう言って泣きじゃくるコケシを見て、ディーは何だか不思議な感じがしました。
「やっぱり……コケシを見てるとね、きゅんきゅんする」
「へ? きゅんきゅん……ですか? そ、それはどのような現象でしょうか? イライラするとはよく人から言われますが」
「イライラなんてしないよ。何かね、何だろう? すごく苦しいの」
 そう言って胸を押さえるディー。それを見てコケシが慌てふためきます。
「む、胸が苦しいんですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。だから、大袈裟だって」
「す、すみません」
「……コケシ、一人って言ってたけど、お母さんは?」
「母は……亡くなってしまいました。で、でも、大丈夫です! 寂しくなんかありません!」
 コケシは再び胸に手を当てます。
「母はちゃんとここにいます。ここに、母との思い出がたーーっくさん詰まっています! それに」
「それに?」
「それに、何の巡り合わせでしょうか。ディーくんに出会えて、ベルくんにも再会できて、さらにディーくんはベルくんともお知り合いで」
「…………」
「私達が『この場所』で出会うのは運命だったんですよ」
「運命……?」
「はい! 運命です!」
「……コケシとおれが会ったのも?」
「運命の出会いですね!」
 うふふふと笑うコケシに、ディーはつられて笑います。
「じゃあ、そーゆー事にしといてあげる」
「ありがとうございます! では、さっそく明日のステージからお願いしてもよろしいですか?」
「うん、いいよ。おれは今日からでもいいくらい」
「今日は、ベルくんとゆっくりお話して下さい。きっと、何か事情や誤解があっての事ですから」
「でも」
 その時、扉が開きました。その音に二人が同時に振り返ります。
 そして、入って来た人物を見てディーが立ち上がりました。
 あっという間に瞳が潤んでいき、ディーはコケシの前を通り過ぎてその人物の元へ走って行きました。
「ディー!」
「ナギ!」
 何故生きているのか、どうしてここにいるのか。そんな疑問を感じる前にディーの足は動いていました。そして、膝をついて両手を広げるナギの胸に飛び込んだのです。
 それはまるで迷子の子どもが親を見つけた時のようでした。
「ディー! 良かった! 会いたかったよ、すごく会いたかったよ!」
「ナギ……ナギ!」
 大きな声で赤ちゃんのように泣くディーを、ナギは優しく抱きしめます。ナギはあの頃と何ら変わりなく、ディーもあの頃に戻ったようでした。そんなディー達を見て、後ろで涙ぐむタキ。そして、その光景を見てコケシはニッコリ微笑むと、そっとステージの袖に姿を消しました。
 けれど、ディーは気づかずにただただ泣き続けたのです。ずっと、一番感じたかった温もりに包まれながら。
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