DEAREST【完結】

Lucas’ storage

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第123話 語り部

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「くっそ。マジでディーのやついねーし」
 一人ぶつくさと文句を言いながら、廊下の掃除をするのはタキ。モップを持って床掃除をしていると、廊下で座り込む二人の人物を見つけました。
「すみません。ちょっと避けて貰っていいですか?」
「あ、ごめんなさい」
 タキがそう言うと、手前にいた人物だけが立ち上がりました。タキの手からモップが落ちます。
「あのー、落としましたよ」
 カランと音を立てて転がったモップを拾おうとすると、タキがその手を掴みました。
「……カモメさん?」
 それを聞いて、またカモメかとあからさまに嫌な顔をするのはベルで。その聞き覚えのある声に、座ったまま顔を上げたのはリサで。
 それに気づかず、タキは両手でベルの腕を掴みます。
「カモメさんですよね? 生きてたんですか? どうして……」
 ベルは大袈裟にため息をつきました。
「きみ誰?」
「は? 何言ってるんですか? 俺ですよ! 『ドロ』です!」
「『ドロ』……はいはい、きみもハロースカイね。リサちゃーん、二人目見つけたよ」
「……『リサ』?」
 タキがリサの方を見ました。お互い顔を見つめ合います。
 名乗った名前は違うものの、少し低くはなっているものの、それはやはりリサの中では『タキ』の声でした。包帯を外した顔を見るのは初めてでも、以前よりかなり背は伸びていても。固そうな黒髪や、どこかひねくれていそうな口元はあの時のままで。
 あの時のまま、またその口から憎しみの言葉が出てきそうで、リサは何も言えません。
 すると、タキがリサの目の前までやって来ました。
「お前……リサ?」
 リサは立ち上がります。タキはリサよりも大きくなっていて、リサはさらに畏縮します。
「……タキか?」
「そうだよ」
「み、見えてるのか?」
 はっきりと合った視線に、リサは問いかけます。
「うん、見えてる。リサの顔初めて見た」
「…………」
「なーんか、普通だな。もっと鬼みてーな顔してるのかと思ってた。感じ悪いし口悪いし」
「は?」
 笑って話すタキを見て、リサから少し力が抜けます。
「リサ……うん。まあ、何で王妃のお前がここにいるのかとか、何でカモメさんと一緒にいるのかとか、聞きたい事は山ほどあんだけどさ」
 タキは照れくさそうにしながら言いました。
「あの時は、ごめん。お前を責めたりして、ごめん。お前のせいじゃない。なのに、ほんっっとーにごめん!」
 そう言って勢いよく頭を下げたタキ。そして、再び勢いよく顔を上げます。
「よっっしゃ! 言えた! ずっと言いたかったんだよなー。あ、後さ俺もう甘ちゃんじゃねーぞ!」
 自慢気な顔をして、タキはリサにビシッと指を突きつけました。
「魔物だって一人で倒した事あるんだぜ? すげーだろ? 背だってもうリサより高いし。リサはなんつーか、思ってたよりガキだなー」
 その反応は、リサにとって予想外すぎました。お前のせいじゃないなんて、言って貰えるとは思わなくて、リサは思わず泣き出してしまいました。
「え? ちょ、あれ? な、何で泣くんだよ! 俺てっきりまた魔王の如くブチ切れて言い返してくるもんだと……」
「うっせ、誰が魔王だ! タキの癖に生意気なんだよ!」
「な、タキの癖にって何だよタキの癖にって! つーか、やっぱ口悪いな」
 そう言って、タキは両手でリサの頬をつねります。リサは力の入っていない手でタキの手を振り払います。
「あの時のおかえし」
 タキはニッと笑って言いました。
「もうリサの顔がどこにあるか分かるからな」
 リサは頬を両手で押さえながら、上目遣いでタキを睨みます。今までは、見下ろしていたタキの顔が高い位置にあって、優しい目で自分を見ている事が夢のようで、さらにリサの目から涙が零れるのでした。
「だーかーらー、泣くなよ。俺が泣かしてるみたいじゃん」
「いやいやいや、きみが泣かせてるんだって。リサちゃん大丈夫ー?」
 そこへベルがやって来て、モップをタキに押しつけるとリサの頭を撫でました。タキは改めてまじまじと二人の姿を見ます。
「本当に……生きてるんですね。それに、二人とも何でその服を……」
「あー、大丈夫大丈夫。別にきみ達を捕まえに来たわけじゃないから」
「いや、それは分かってますよ。ていうか、カモメさんさっきから何の冗談です?」
 タキは首を傾げます。だんだんと不機嫌な空気を醸し出すベルを見て、リサが慌てて言いました。
「タキ、ちょっと事情があってベルは記憶が抜けてるんだよ」
「またまたー。俺は騙されないぜ」
「いや、マジだって。お前馬鹿さが増してね?」
「増してねーよ! お前は失礼さが増しまくりだな!」
 そんなタキを見て、リサは思わず吹き出します。
「あ、笑った。へー」
「な、何だよ」
「笑うとさらに普通だ」
「普通普通うっせーな。お前本当はわたしが綺麗だから照れてんじゃね?」
 はは、と短く笑うタキ。
「何だその渇いた笑いは。腹立つなお前」
「いや、もう本当『普通』で良かったなーって」 
「わたしも、お前が『普通』で良かったよ……タキ」
「格好よくなったろ?」
「普通だっつってんだろ。てか、どした? そのでけー傷」
 リサは自分のおでこに触れながら聞きました。
「こ、これはあれだ。名誉の負傷ってやつだ」
「転んだのか?」
「転んでねーよ! 名誉の負傷っつってんだろ!」
 そう言って赤くなりながらおでこの傷を隠すタキ。リサは可笑しそうにクスクス笑います。ベルはそんなリサをじっと見ていました。
「あ、そうだ。ここにはフロルやディーもいるぜ!」
「あ……うん」
 ディーには先程会いましたが、リサは何故か言い出せませんでした。
「会いに行くか? あ、でもディーのやつは探さねーと。あいつ仕事サボりやがってさー」
「……タキ、それよりさ、ナギが」
「ああ、リサも聞いたんだな……でも、俺は信じてるんだ。あいつは生きてるって」
「いや、あの」
「リサは知らないと思うけど、俺さ城に行った事あってさ……その時に……」
 タキは話し続けます。しかし、リサもベルもタキではなく別の方向を見ています。
「その時に、会ったんだ! あいつに! 確かに聞いたんだよ、あいつの声を!」
「タキ!」
「そう! この声! この気の抜けた声を……って、ええぇぇぇぇっ!」
 こっちに走って来た人物『ナギ』は驚いているタキにそのまま抱きつきました。
「良かった! タキも無事で良かった!」
「え? ナギ? な、何で? マジで? 本物かよオイ!」
「うん、うん! 本物だよ! タキ、大きくなったね!」
 やはり涙を溢すナギ。タキはもう驚きよりも嬉しさが勝っているようで、抱きしめられたまま満面の笑みを浮かべます。
「お前は相変わらずでかすぎ。やっぱ、お前にはかなわねーな! つーか、何だよ今日は! すげーな!」
「うん! あれ? タキ怪我が……! あ、もしかして、宿屋のおかみさんが言ってた怪我?」
 ナギはタキの額の傷に触れます。
「何だよ、聞いちまったのかよー。ていうか、それより先に言うことあんだろ!」
「え? うーん」
 悩み出すナギに、タキは呆れて自分の目を指差します。
「目! 見えるんだよ! 俺、目が見えるようになったんだ!」
「ほ、本当に? 良かった! 良かったねタキ!」
 ナギはまたタキをきつく抱きしめます。
「ナギ早いー! あ……!」
 そこへようやく追いついて来たフロルとリーダーとリサ隊長。ナギ達の隣にいる二人を見て、足を止めて目を見張ります。
「リサ……! そ、それに、カモメ……?」
「あ、お兄さーん。うっわ、すごい大人になってるー」
 ベルはそう言ってフロルの隣をすり抜けました。
「カモメ!」
 フロルが呼び止めると、ベルは少しだけ振り向きます。
「あー、スケッチの子だね。『サイ』だっけ?」
「……うん。カモメだよね? 何か様子が……」
 さすがのフロルも、これには困惑気味です。
「ベル、生きてたんだな。俺はお前が死んだと思っていた」
 フロルに代わってリーダーがそう言いました。ベルは肩をすくめます。
「色々あったんだよ」
「そうか」
 いつもなら、ここで終わってしまうリーダーの言葉。だけど、リーダーは目を細めて、ほんの少しだけ笑って言いました。
「よく生きていてくれた。本当に、良かった」
 そんなリーダーに、ベルは「まあね」と照れくさそうに言って、こちらもまたほんの少し笑って見せました。
「フロル! 来てきて! ほら、リサもいるんだよ!」
 ナギに呼ばれ、ハッと我に返るフロル。すぐにいつもの笑顔に戻ってリサに飛びつきました。
「リサ! 久しぶりー! あんまり変わってないー!」
「フロル……何だよ、お前まで無駄にでかくなりやがって」
 リサは涙を浮かべてフロルを抱きしめ返します。
「ふふーん。でしょ? リサは相変わらずぺったんこだね!」
「そっちじゃねーよ! 背の話だよ背の話!」
 リサはバッとフロルから離れてジャケットの前を押さえます。
「ふふーん」
 怒っているリサを見て、フロルはさらに嬉しそうに笑います。そして、くるんっとスカートを揺らして回りました。
「みなさん! フロルは今お仕事を抜けて来てるの。何やらお互い事情やお話したい事がたくさんありそうです!」
 ビシッと来た方向を指差すフロル。
「なので! フロルの働く可愛い姿を見ながらお食事でもしませんか? お話はそこでゆっくり!」
「にゃーーん」
 リサ隊長は大賛成のようです。
「あ、でもディーにまだ会ってないよ」
 ナギがしゅんとしてそう言いました。
「あ、俺が探して来て連れてくよ。みんなは先にレストランに行ってて」
「了解です!」
 フロルはビシッと敬礼をすると、リサの手を引っ張って歩き出しました。
「あ、僕もタキとディーを探しに行くよ。リサ、ベル。先に行ってて」
「あ、ナギ……」
 リサが止める間もなく、ナギはタキを追いかけて走って行ってしまいました。リサは少し寂しそうにその背中を見送ります。 
「リサ、しょんぼりしすぎ! ラブラブだなぁ、もう!」
 リサの腕を小突くフロル。リサは真っ赤になって言い返します。
「そ、そんなんじゃねーよ。ほら、とっととレストラン行くぞ」
「なーお」
 リサの声に賛同するように、リサ隊長が鳴きました。その時、リサとリーダーの目が合いました。
「……はじめまして」
「え? あ、はじめまして」
 かしこまってお辞儀をするリーダーに、リサもつられてお辞儀をします。
「リサとリーダーおもしろーい! あ、そっかそっか。二人ともはじめましてだったんだね!」
 フロルは二人の間に立って言いました。
「こちらは、リーダーです。こう見えて十八歳です! リーダー、こちらはリサです! あれ? リサって何歳?」
「……十八歳だよ」
「おや! リーダーと同い年! ほうほう……うーん」
「何で不満げなんだよ」
「まあ、そんなわけでレストランに向かいましょう! 今頃てんちょーが涙目です!」
 フロルはみんなの少し先を歩き始めました。
「ベル?」
「おい、ベル行くぞ」
 しかし、歩き出さないベルにリサとリーダーが同時に声をかけます。
「…………」
 ベルはぼーっと床を見つめたまま。
「ベル? お前、顔色悪くね? 大丈夫か?」
「……え? 何?」
 リサが肩に手を置き、ようやくこちらを見たベル。いつも以上にぼんやりした様子です。
「何じゃねーよ。……何か思い出せそうだったか?」
 リサが声をひそめてそう聞くと、ベルはフルフルと首を振りました。
「何も」
「そっか……」
「もう大丈夫だから、行こう」
 ベルはそう言って、子どものようにリサと手を繋ぎました。いつもなら振り払う手を、リサは黙って受け入れてそのままフロルの後を追います。リーダーは、そんなベル達の後ろ姿を不思議そうに見つめながら歩いて行きました。
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