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第125話 BELL
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ぼくの世界なんてあの路上で十分だった。
それ以外の世界は、本を読めば十分に知る事ができたから。
だから、外に行く必要なんてない。そう思っていた。
なのに今、ぼくは海のど真ん中にいます。
レストランで聞かされた話は、絶対に今のぼくじゃ有り得ない行動ばっかやらかす『ぼく』の話で、お互いに今までの経緯を説明してる途中で、何度も耳を疑った。
『ハロースカイ』って変な名前はぼくが決めたんだって。
ぼくはいつもニコニコ笑ってたんだって。
大きな声で喋って隊長さんの膝の上から離れないこの『ディー』って子をめちゃめちゃ可愛がってたんだって。
『アンジュ』って名前をつけたのもぼくなんだって。
それ、魔女の名前だよ? ぼくその子のこと実は嫌ってたんじゃないかな。
だってぼく、あんまり子どもは好きじゃない。まあ、自分だって子どもだけど。自分より年下の子どもが苦手というか。
キョウダイ達の面倒は見てきたけど、それって生きてく上で必要な事だけで。遊んであげるのはもっぱらジュジュの役目だった。
ぼくはただ本ばっかり読んでいた。ジュジュを気にしながら。
「カモメさん、聞いてます?」
向かい側に座る『ドロ』……改め『タキ』。またカモメって呼んだ。記憶がない事、今リサちゃんが説明してくれたのに。
ぼくはフロルって子が運んで来たスープを口に運びながら、タキの問いかけを無視した。
「無視っすか? あー、何かカモメさんが静かだと調子狂う!」
「まーまー! こんなクールなカモメを見れるのは貴重です!」
フロルが次の料理を運んで来た。何がクールなんだか。ジュジュが言うには、ぼくは笑いもしない泣きも怒りもしないおかしいやつなんだ。
ぼくはおかしいだけ。
そんなわけで、ぼくはまた料理を口に運びながら思い出に浸ろうと思う。
ここの誰とも共有していない思い出に。
あ、お兄さんは途中から共有してるな。
お兄さん、全然変わってなくて安心した。ぼくの事を、ベルって呼んでくれるし。お兄さんは、ぼくが本で覚えた武術を初めて披露した相手だったなぁ。
だんだんと女になっていくジュジュを見て、それをおかしな目で見る大人がいる事に気づいて。いざという時は、ぼくがジュジュを守らなきゃ。そう思って、片っ端から武術の本を読み漁った。
だけど、実際に使う機会がなくて。まさかキョウダイ相手に試すわけにもいかないしね。そんな時に、あの風邪引き事件。
ぼくは薬を調達する為に、診療所へ忍びこんだ。そこで見つけたたくさんの薬や医学書、それに診療器具。実際に目にするのは初めてで、ぼくは心を奪われた。夢中になって書類や本を漁った。
東の空がうっすら明るくなり始めた頃、ハッと我に返る。
でも遅かった。物音に気づいて住人が起きて来てしまった。
ただ、部屋に入って来たのはぼくとそんなに変わらない子ども。我に返ったはずのぼくは「チャンスだ」と、またおかしな方向へ考えを巡らせる。
チャンスだ、覚えた武術の技を試せる。
ぼくが子どもだと分かり、剣を下ろしたその子へ技を打ち込む。すべての技が防御される。だけど構わない。技を体に覚えさせる。形を、流れを。
すると、大人の声が聞こえた。まずい。さすがに捕まる。捕まれば自警団に突き出され、処刑だ。子どもなら処刑まではされない。
でも、ぼく達はストリートチルドレン。あの人達にとって、ぼく達は『子ども』じゃない。
急に怖くなったぼくは、棚から適当に薬の瓶を取って窓から飛び出した。効くか効かないか分からないその薬を抱えて、無我夢中で走った。ぼくの体はアザだらけ。防御されても構わず技を打ち込み続けたせい。今さらズキズキ痛んだ。
そして、辿り着いた先で冷たくなったキョウダイを見て、今までに感じた事のない痛みがぼくの胸を襲う。ぼくはジュジュに問いかける。
『ジュジュ、泣いてる? 悲しい?』
それとも、ぼくのこと怒ってるから?
『悲しいよ。そりゃ泣くよ。だってまだ』
『まだ子どもなのに? ジュジュ、人間って年齢に関係なく死んじゃう生き物なんだよ?』
ジュジュの言葉をわざと遮る。
続きを聞くのが怖くて。ぼくのせいだって言われる気がして、先に言い訳した。
『残酷すぎる』
『そうだね、残酷だね。捨てた親のせいかな? 弱い子どもが犠牲になる状況を作り出した国のせい? それとも、助けられなかったぼく達のせい?』
ぼく『達』だって。
何てぼくは汚いんだろう。ジュジュも巻き込むつもりだ。
ジュジュが顔を上げた。怒り出すものだと思っていたら、きょとんとした顔で『お前泣けるんだ』って言った。
泣いたのは、悲しいからじゃない。怖かったから。
『悲しむ時間はたくさんあるから、とにかく悲しんであげよう。出来るだけたくさんたくさん』
罪の意識から逃げるように、ぼくは喋った。
『人の命が消えてしまうという事は、それだけ悲しくて重要で大変な事なんだよ』
ぼくはたった今まで、それを分かっていなかった。
『いっぱい泣いて惜しんで、君の命は本当に大切だったんだよって、心に刻んで生きていこう』
ぼくが刻んだのは、自分が放ったこの言葉だった。
『命』は大切だって。そんな簡単な事を、本を暗記する時よりも必死に心に刻んだ。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
何度も何度も謝り続けながら。
次の日からぼくはさっそく薬学の本を読み始めた。
そんな時、また会ったよね。お兄さんに。皮肉にもぼくが取ってきたのはちゃんと風邪薬だったって事が分かって、悔しくて、ちょっとお兄さんに八つ当たりしちゃったな。
それ以外の世界は、本を読めば十分に知る事ができたから。
だから、外に行く必要なんてない。そう思っていた。
なのに今、ぼくは海のど真ん中にいます。
レストランで聞かされた話は、絶対に今のぼくじゃ有り得ない行動ばっかやらかす『ぼく』の話で、お互いに今までの経緯を説明してる途中で、何度も耳を疑った。
『ハロースカイ』って変な名前はぼくが決めたんだって。
ぼくはいつもニコニコ笑ってたんだって。
大きな声で喋って隊長さんの膝の上から離れないこの『ディー』って子をめちゃめちゃ可愛がってたんだって。
『アンジュ』って名前をつけたのもぼくなんだって。
それ、魔女の名前だよ? ぼくその子のこと実は嫌ってたんじゃないかな。
だってぼく、あんまり子どもは好きじゃない。まあ、自分だって子どもだけど。自分より年下の子どもが苦手というか。
キョウダイ達の面倒は見てきたけど、それって生きてく上で必要な事だけで。遊んであげるのはもっぱらジュジュの役目だった。
ぼくはただ本ばっかり読んでいた。ジュジュを気にしながら。
「カモメさん、聞いてます?」
向かい側に座る『ドロ』……改め『タキ』。またカモメって呼んだ。記憶がない事、今リサちゃんが説明してくれたのに。
ぼくはフロルって子が運んで来たスープを口に運びながら、タキの問いかけを無視した。
「無視っすか? あー、何かカモメさんが静かだと調子狂う!」
「まーまー! こんなクールなカモメを見れるのは貴重です!」
フロルが次の料理を運んで来た。何がクールなんだか。ジュジュが言うには、ぼくは笑いもしない泣きも怒りもしないおかしいやつなんだ。
ぼくはおかしいだけ。
そんなわけで、ぼくはまた料理を口に運びながら思い出に浸ろうと思う。
ここの誰とも共有していない思い出に。
あ、お兄さんは途中から共有してるな。
お兄さん、全然変わってなくて安心した。ぼくの事を、ベルって呼んでくれるし。お兄さんは、ぼくが本で覚えた武術を初めて披露した相手だったなぁ。
だんだんと女になっていくジュジュを見て、それをおかしな目で見る大人がいる事に気づいて。いざという時は、ぼくがジュジュを守らなきゃ。そう思って、片っ端から武術の本を読み漁った。
だけど、実際に使う機会がなくて。まさかキョウダイ相手に試すわけにもいかないしね。そんな時に、あの風邪引き事件。
ぼくは薬を調達する為に、診療所へ忍びこんだ。そこで見つけたたくさんの薬や医学書、それに診療器具。実際に目にするのは初めてで、ぼくは心を奪われた。夢中になって書類や本を漁った。
東の空がうっすら明るくなり始めた頃、ハッと我に返る。
でも遅かった。物音に気づいて住人が起きて来てしまった。
ただ、部屋に入って来たのはぼくとそんなに変わらない子ども。我に返ったはずのぼくは「チャンスだ」と、またおかしな方向へ考えを巡らせる。
チャンスだ、覚えた武術の技を試せる。
ぼくが子どもだと分かり、剣を下ろしたその子へ技を打ち込む。すべての技が防御される。だけど構わない。技を体に覚えさせる。形を、流れを。
すると、大人の声が聞こえた。まずい。さすがに捕まる。捕まれば自警団に突き出され、処刑だ。子どもなら処刑まではされない。
でも、ぼく達はストリートチルドレン。あの人達にとって、ぼく達は『子ども』じゃない。
急に怖くなったぼくは、棚から適当に薬の瓶を取って窓から飛び出した。効くか効かないか分からないその薬を抱えて、無我夢中で走った。ぼくの体はアザだらけ。防御されても構わず技を打ち込み続けたせい。今さらズキズキ痛んだ。
そして、辿り着いた先で冷たくなったキョウダイを見て、今までに感じた事のない痛みがぼくの胸を襲う。ぼくはジュジュに問いかける。
『ジュジュ、泣いてる? 悲しい?』
それとも、ぼくのこと怒ってるから?
『悲しいよ。そりゃ泣くよ。だってまだ』
『まだ子どもなのに? ジュジュ、人間って年齢に関係なく死んじゃう生き物なんだよ?』
ジュジュの言葉をわざと遮る。
続きを聞くのが怖くて。ぼくのせいだって言われる気がして、先に言い訳した。
『残酷すぎる』
『そうだね、残酷だね。捨てた親のせいかな? 弱い子どもが犠牲になる状況を作り出した国のせい? それとも、助けられなかったぼく達のせい?』
ぼく『達』だって。
何てぼくは汚いんだろう。ジュジュも巻き込むつもりだ。
ジュジュが顔を上げた。怒り出すものだと思っていたら、きょとんとした顔で『お前泣けるんだ』って言った。
泣いたのは、悲しいからじゃない。怖かったから。
『悲しむ時間はたくさんあるから、とにかく悲しんであげよう。出来るだけたくさんたくさん』
罪の意識から逃げるように、ぼくは喋った。
『人の命が消えてしまうという事は、それだけ悲しくて重要で大変な事なんだよ』
ぼくはたった今まで、それを分かっていなかった。
『いっぱい泣いて惜しんで、君の命は本当に大切だったんだよって、心に刻んで生きていこう』
ぼくが刻んだのは、自分が放ったこの言葉だった。
『命』は大切だって。そんな簡単な事を、本を暗記する時よりも必死に心に刻んだ。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
何度も何度も謝り続けながら。
次の日からぼくはさっそく薬学の本を読み始めた。
そんな時、また会ったよね。お兄さんに。皮肉にもぼくが取ってきたのはちゃんと風邪薬だったって事が分かって、悔しくて、ちょっとお兄さんに八つ当たりしちゃったな。
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