DEAREST【完結】

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第77話 語り部

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 二人は部屋には入らずに身を寄せあうようにしてそこに座っていました。部屋の中から聞こえる泣き声を背に。
 ディーの泣き声は止みません。カモメはぼんやりと天井を見つめたまま、かすれた声で話し始めました。
「……ディーくんは『手のかからない子』でいたら……見捨てられると思ったんだね」
 ぐずついたまま顔だけ上げるディー。
「わざと『手のかかる子』になろうとしたんだね……」
 カモメは、はあっとため息をつきました。話すのがとてもつらそうでそれでも声を振り絞ってディーに話をします。
「やっぱり……伝わりづらかったんだね……師匠の、愛は」
「ししょう……?」
「ディーくん……『親』もね、人間なんだよ」
「…………」
「完璧じゃ、ないんだよ。……親もいないし、親になった事もないぼくが言っても、説得力ない……かな?」
「そんなこと……ないよ」
 カモメはそんなディーの言葉に少しだけ笑って話を続けました。
「ぼくも、ディーくんも、人間だよ」
「……知ってるよ」
「ディーくんは、悲しいと……泣くでしょ?」
 ディーは頷きます。
「セナさんも、そうだよ」
 ディーは、今度は頷きませんでした。
「……ディーくん」
「…………そんなに、すぐには許せない」
 ディーの言葉にカモメはとても悲しそうな顔をしました。
 本当に、つらそうな、泣きそうな顔に、ディーの心が痛みます。
「カモメ……そんな顔しないで」
「……ディーくん、そんな事言ったら……『人』じゃなくなっちゃうよ」 
「どういう、こと?」
「『目』が伝えた……ぼくに」
「……目?」
「『許せない』って」
 ディーは何の事か分からず、ただ、どんどん力の弱まるカモメの手を強く握りしめます。
「怖かったんだろうね……つらかったんだろうね。『処刑』されて、悲しかったんだろうね……」
「カモメ……それって……」
 ディーの体に寒気が走りました。
「『人』が、『魔物』になるなんて……考えたくないけどね……」
 目を閉じたカモメに、ディーは慌てて立ち上がりました。しかし、聞こえてきた寝息にほっとして、また椅子に座りなおします。
「…………カモメ。難しいよ」

 
 さらに夜も更け、みんながうとうとと眠りに入り始めた頃。
「う……」
「カモメ……」
 カモメのうなされる声に目を覚ましたディー。繋いだままだった手がさらに熱い事に気づき、慌てて顔を覗き込みました。
「カモメ? カモメ、しっかりして」
 ディーの手が火照った頬に触れるとカモメが目を開けてこちらを見ました。
「よかった……大丈夫?」
「…………」
「カモメ?」
 ディーは目を見張りました。カモメの目から涙が流れていたからです。
「……ごめんなさい」
「え?」
「ごめんなさい、リサさん。ごめんなさい……!」
「何、言ってるの?」
「ごめんなさい……リサさん」
 熱の為錯乱しているのか、カモメは泣きながら謝り続けました。ディーの事を『リサ』と呼んで。
「カモメ……しっかりしてよぉ……」
 そんなカモメを見てディーの目からも涙が溢れ出します。
「ごめんなさい……」
「カモメ……」
 ディーは涙を拭いてベッドに上がりました。細く柔らかい髪がカモメの頬にかかります。
 ディーは、カモメの額にそっとキスをしました。カモメの目が、ようやくディーをディーとして捉えます。それを見てディーはニッコリと微笑みました。
「愛情注いでみた」
「……ディーくん?」
「うん。おれ、ディーだよ」
「…………」
「カモメは、嫌いな人を好きになるのは大変って言ってたけどそんな事なかったよ?」
「…………」
「カモメの事、大嫌いだったけど。今は大好きだよ」
「ディー……」
「今のはおれなりの愛情表現。早く元気になってよ、カモメ」
 ディーのその言葉にカモメは目を細めました。そして、耳飾りを片方外してそれをディーへ差し出します。
「何?」
「……お礼」
「……おれ、カモメみたいに耳に穴開いてないからつけられないよ」
 そんな事を言いながらもディーは嬉しそうに白い羽の耳飾りを受け取りました。カモメもその様子を見て嬉しそうに笑います。
 そして、再び目を閉じたカモメ。ディーはそのままカモメの隣に横になりました。
 両手で手を握って今度は本当に祈りました。
「絶対に元気になってね、カモメ」
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