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第78話 語り部
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夜が過ぎていき空が明るくなり始め、それでもまだ鳥の声も聞こえない時間。
そんな時間に大きな音を立て乱暴に開けられた隠れ家の扉。
「何だ?」
廊下で眠っていたタキとフロルが目を覚まします。
「今のは?」
奥の部屋からはユカワも飛び出して来ました。
「分かりません! 俺、様子を見てきます!」
「フロルも行く!」
そう言って走り出した二人の後をユカワも追います。一階へ降りてみると、玄関の扉が壊されて倒れているのが目に入りました。
そこには黒い軍服を着た男が二人。タキの足が止まります。
「自警団……?」
「ん? ああ、いたいた」
「本当にガキじゃねえか」
三人に気づいた男達はニヤニヤと笑って言いました。
「あんたら、うちに何か用か?」
ユカワがタキとフロルの前に出て男達を睨みつけます。
「お前らだろ? 城下町を荒らしてた盗賊団って」
「は? 何の事やねん?」
とぼけるユカワを見て男達はさらに嫌な笑いを浮かべます。
「まあ事実なんてどうでもいいんだよ。俺達はここにいるガキを捕まえて来いとしか言われてねーからな」
男はそう言うとユカワに手を伸ばしました。
「ちょお何なんよ! 触らんといて!」
「ユカワさん!」
間に入ろうとしたタキ。しかし、男は持っていた剣でタキを殴りつけました。
「タキ!」
倒れるタキを見てフロルが男に飛びかかりました。しかし男は難なくフロルを押さえつけます。
「離して!」
いくらフロルとユカワが強いと言えど、大人の男の力には敵いません。全力で抵抗する二人の自由を、男達は簡単に奪ってしまったのです。
「おとなしくしろ!」
男の平手打ちがユカワの顔に飛びます。
「やめろ……」
タキは痛みをこらえて体を起こしました。その時。
「おいおい、女に手上げてんじゃねーよ。あーあ、せーっかくの可愛い顔に傷がついちゃったじゃん」
そう言ってズカズカと隠れ家に入り込んでくる人物。
その人物を見て、ユカワはわずかに口角を上げました。
「おっそ。もうちょいはよ帰って来てや」
「悪い悪い。お姫様なだめるのに時間がかかっちまってさー」
男達も、タキもフロルも、その人物を見てぽかんと口を開けています。
「何で、メイドがここに?」
男がそう言って首を傾げます。
白いエプロンのメイド服に、すらりと伸びた手足。長い茶髪のポニーテール。そして、その手に握られたモップ。そのモップがユカワを押さえつけていた男をなぎ倒しました。
「お、お前……」
「さてと、掃除の時間ですわねー。何かこのゴミクズすっごいクソ気持ち悪いんですけどー」
「ねえ、カモメ。何か下が騒がしいみたいだけど……」
さすがに目を覚ましたディー。目を擦りながら隣のカモメに話しかけます。その時、ディーはカモメの手が冷たいことに気づきました。
「カモメ、熱下がったんだね!」
ディーはとても嬉しくて飛び起きました。
「よかったぁ。あ、じゃあリーダーが帰って来たのかな?」
しかし、カモメは何も答えません。
「カモメ? 起きてってば」
ディーが体を揺さぶりますが、目は閉じられたまま。
「……ねえ」
カモメの頬にそっと触れたディーは、その冷たさに、ようやく事態を飲み込みました。
すぐにカモメの胸に耳を当てるディー。でも、そこからは、以前聞いたような暖かい音は聞こえてきませんでした。
「カモメ」
ディーはもう一度その手に触れます。
「カモメ、起きて」
ディーは話しかけます。カモメからはいつもの明るい返事は返ってきません。
「目、開けて」
いつものように器用に手を動かして花を出してはくれません。
「……カモメの嘘つき」
髪も、撫でてはくれません。
「置いていかないって……見捨てないって、言ったのに」
悲しい顔をしたディーがそばにいるのに、何も言いません。
「ずっと一緒って言ってたのに!」
ディーは大声を上げて泣き始めました。
「泣いてんの誰ー?」
直後、大きな音を立てて蹴り開けられた扉。その音に、ディーの泣き声が一瞬止みます。
涙を溜めた目で、入り口の方を見るディー。そこには背の高いメイド服の少女が立っていて、カモメの事をじっと見つめていました。
「まーだ寝てんのかよー。聞いたぜ? お前、魔物に呪いかけられたんだって? だっせー!」
少女は笑いながらディーには目もくれずベッドに近づいて行きます。
「カモメ! 『シュシュ』様のお帰りだぞー。起きろって……」
ベッドに座ってカモメの顔を見て、『シュシュ』は異変に気づきました。そして、そっとカモメの頬に触れます。
「……お前は、冷たくならないって言ったじゃんよ……ベル」
ほんの一瞬とても悲しい表情を見せたシュシュは、すぐに凛々しさを取り戻しました。
「って、こうしちゃいられねえ。行くぞ」
そして、自分を見つめているディーを軽々と持ち上げます。
「え、ちょっと、離して!」
じたばたと暴れるディーをものともせずに、シュシュは小脇に抱えて部屋を出ました。そして、そのまま階段をどんどん降りて行きます。
一階に降りてきて目に入った光景にディーは驚きました。玄関の扉は壊されているし、見知らぬ男が二人のびています。
そして、その場に座るユカワとタキとフロル。ユカワとタキは怪我までしているのです。
「おい、さっさとここから出てジオと合流するぞ! まだ自警団の連中がここに向かって来てるんだよ」
そう言ってシュシュは隠れ家を出ようとします。
「ちょっと待って! あの子置いてくつもりなん?」
「そうですよ! カモメさんがまだ上に……」
「あいつなら死んだ」
背中を向けたままのシュシュの言葉に、まるで時が止まったようになりました。
「置いてくぞ。ユカワ、早く来い。あと、そこの新人二人も」
シュシュの時間だけが止まりません。泣きじゃくるディーを連れたまま、さっさと家から出ていってしまったのです。
「シュシュ!」
ユカワがそう叫ぶとシュシュの足がピタリと止まりました。でもそれは、ユカワが名前を呼んだからではありません。シュシュの鋭い眼差しの先にはたくさんの自警団の兵士の姿が。
「やっべ。おい、お前ら走れ! 捕まったら終わりだぞ!」
シュシュは引き返しユカワの手を掴んで強引に走り出しました。
「シュシュ! ちょっと待って! あの子らが……」
ユカワが振り返るとフロルと目が合いました。フロルはハッと我に返り、タキを無理やり立たせます。
「フロル?」
「タキ! 逃げるの! 早く!」
「何言ってんだよ! カモメさんが二階に……」
「今は時間がない! ここにいたら……タキも死んじゃうんだよ! 早くして!」
「…………」
「タキ!」
タキは子どものように泣きながら、後ろ髪を引かれる思いで、それでも無我夢中で走り始めます。
「何なんだよ! 何なんだよチクショー!」
泣き叫ぶタキの手をしっかりと握って、フロルは走りました。
真っ直ぐ前だけを見て。何度も振り返るタキを引っ張るように、一度も振り返らずに走ったのです。
みんなが森へ消えた後、自警団が押し寄せるように隠れ家へ入って行きました。その中には、セイランでディーを探していた兵士もいました。
そして、そんな隠れ家の様子をじっと見ている目がもう一つ……それは、人である事を忘れたような『憎しみ』しか宿っていないような目でした。
みんなは、とにかく走り続けました。隠れ家に、カモメを置いたまま。隠れ家に、『指輪』は置かれたまま。
遠くへ、遠くへ、走っていきました。生きる為に。
何かとても大切な心を置いて来てしまったような、そんな気持ちを振り切るように走るみんな。そんな中フロルは背中の荷物がとても重く感じるのでした。そして、今日はいつもよりも寒い朝でした。
そんな時間に大きな音を立て乱暴に開けられた隠れ家の扉。
「何だ?」
廊下で眠っていたタキとフロルが目を覚まします。
「今のは?」
奥の部屋からはユカワも飛び出して来ました。
「分かりません! 俺、様子を見てきます!」
「フロルも行く!」
そう言って走り出した二人の後をユカワも追います。一階へ降りてみると、玄関の扉が壊されて倒れているのが目に入りました。
そこには黒い軍服を着た男が二人。タキの足が止まります。
「自警団……?」
「ん? ああ、いたいた」
「本当にガキじゃねえか」
三人に気づいた男達はニヤニヤと笑って言いました。
「あんたら、うちに何か用か?」
ユカワがタキとフロルの前に出て男達を睨みつけます。
「お前らだろ? 城下町を荒らしてた盗賊団って」
「は? 何の事やねん?」
とぼけるユカワを見て男達はさらに嫌な笑いを浮かべます。
「まあ事実なんてどうでもいいんだよ。俺達はここにいるガキを捕まえて来いとしか言われてねーからな」
男はそう言うとユカワに手を伸ばしました。
「ちょお何なんよ! 触らんといて!」
「ユカワさん!」
間に入ろうとしたタキ。しかし、男は持っていた剣でタキを殴りつけました。
「タキ!」
倒れるタキを見てフロルが男に飛びかかりました。しかし男は難なくフロルを押さえつけます。
「離して!」
いくらフロルとユカワが強いと言えど、大人の男の力には敵いません。全力で抵抗する二人の自由を、男達は簡単に奪ってしまったのです。
「おとなしくしろ!」
男の平手打ちがユカワの顔に飛びます。
「やめろ……」
タキは痛みをこらえて体を起こしました。その時。
「おいおい、女に手上げてんじゃねーよ。あーあ、せーっかくの可愛い顔に傷がついちゃったじゃん」
そう言ってズカズカと隠れ家に入り込んでくる人物。
その人物を見て、ユカワはわずかに口角を上げました。
「おっそ。もうちょいはよ帰って来てや」
「悪い悪い。お姫様なだめるのに時間がかかっちまってさー」
男達も、タキもフロルも、その人物を見てぽかんと口を開けています。
「何で、メイドがここに?」
男がそう言って首を傾げます。
白いエプロンのメイド服に、すらりと伸びた手足。長い茶髪のポニーテール。そして、その手に握られたモップ。そのモップがユカワを押さえつけていた男をなぎ倒しました。
「お、お前……」
「さてと、掃除の時間ですわねー。何かこのゴミクズすっごいクソ気持ち悪いんですけどー」
「ねえ、カモメ。何か下が騒がしいみたいだけど……」
さすがに目を覚ましたディー。目を擦りながら隣のカモメに話しかけます。その時、ディーはカモメの手が冷たいことに気づきました。
「カモメ、熱下がったんだね!」
ディーはとても嬉しくて飛び起きました。
「よかったぁ。あ、じゃあリーダーが帰って来たのかな?」
しかし、カモメは何も答えません。
「カモメ? 起きてってば」
ディーが体を揺さぶりますが、目は閉じられたまま。
「……ねえ」
カモメの頬にそっと触れたディーは、その冷たさに、ようやく事態を飲み込みました。
すぐにカモメの胸に耳を当てるディー。でも、そこからは、以前聞いたような暖かい音は聞こえてきませんでした。
「カモメ」
ディーはもう一度その手に触れます。
「カモメ、起きて」
ディーは話しかけます。カモメからはいつもの明るい返事は返ってきません。
「目、開けて」
いつものように器用に手を動かして花を出してはくれません。
「……カモメの嘘つき」
髪も、撫でてはくれません。
「置いていかないって……見捨てないって、言ったのに」
悲しい顔をしたディーがそばにいるのに、何も言いません。
「ずっと一緒って言ってたのに!」
ディーは大声を上げて泣き始めました。
「泣いてんの誰ー?」
直後、大きな音を立てて蹴り開けられた扉。その音に、ディーの泣き声が一瞬止みます。
涙を溜めた目で、入り口の方を見るディー。そこには背の高いメイド服の少女が立っていて、カモメの事をじっと見つめていました。
「まーだ寝てんのかよー。聞いたぜ? お前、魔物に呪いかけられたんだって? だっせー!」
少女は笑いながらディーには目もくれずベッドに近づいて行きます。
「カモメ! 『シュシュ』様のお帰りだぞー。起きろって……」
ベッドに座ってカモメの顔を見て、『シュシュ』は異変に気づきました。そして、そっとカモメの頬に触れます。
「……お前は、冷たくならないって言ったじゃんよ……ベル」
ほんの一瞬とても悲しい表情を見せたシュシュは、すぐに凛々しさを取り戻しました。
「って、こうしちゃいられねえ。行くぞ」
そして、自分を見つめているディーを軽々と持ち上げます。
「え、ちょっと、離して!」
じたばたと暴れるディーをものともせずに、シュシュは小脇に抱えて部屋を出ました。そして、そのまま階段をどんどん降りて行きます。
一階に降りてきて目に入った光景にディーは驚きました。玄関の扉は壊されているし、見知らぬ男が二人のびています。
そして、その場に座るユカワとタキとフロル。ユカワとタキは怪我までしているのです。
「おい、さっさとここから出てジオと合流するぞ! まだ自警団の連中がここに向かって来てるんだよ」
そう言ってシュシュは隠れ家を出ようとします。
「ちょっと待って! あの子置いてくつもりなん?」
「そうですよ! カモメさんがまだ上に……」
「あいつなら死んだ」
背中を向けたままのシュシュの言葉に、まるで時が止まったようになりました。
「置いてくぞ。ユカワ、早く来い。あと、そこの新人二人も」
シュシュの時間だけが止まりません。泣きじゃくるディーを連れたまま、さっさと家から出ていってしまったのです。
「シュシュ!」
ユカワがそう叫ぶとシュシュの足がピタリと止まりました。でもそれは、ユカワが名前を呼んだからではありません。シュシュの鋭い眼差しの先にはたくさんの自警団の兵士の姿が。
「やっべ。おい、お前ら走れ! 捕まったら終わりだぞ!」
シュシュは引き返しユカワの手を掴んで強引に走り出しました。
「シュシュ! ちょっと待って! あの子らが……」
ユカワが振り返るとフロルと目が合いました。フロルはハッと我に返り、タキを無理やり立たせます。
「フロル?」
「タキ! 逃げるの! 早く!」
「何言ってんだよ! カモメさんが二階に……」
「今は時間がない! ここにいたら……タキも死んじゃうんだよ! 早くして!」
「…………」
「タキ!」
タキは子どものように泣きながら、後ろ髪を引かれる思いで、それでも無我夢中で走り始めます。
「何なんだよ! 何なんだよチクショー!」
泣き叫ぶタキの手をしっかりと握って、フロルは走りました。
真っ直ぐ前だけを見て。何度も振り返るタキを引っ張るように、一度も振り返らずに走ったのです。
みんなが森へ消えた後、自警団が押し寄せるように隠れ家へ入って行きました。その中には、セイランでディーを探していた兵士もいました。
そして、そんな隠れ家の様子をじっと見ている目がもう一つ……それは、人である事を忘れたような『憎しみ』しか宿っていないような目でした。
みんなは、とにかく走り続けました。隠れ家に、カモメを置いたまま。隠れ家に、『指輪』は置かれたまま。
遠くへ、遠くへ、走っていきました。生きる為に。
何かとても大切な心を置いて来てしまったような、そんな気持ちを振り切るように走るみんな。そんな中フロルは背中の荷物がとても重く感じるのでした。そして、今日はいつもよりも寒い朝でした。
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