DEAREST【完結】

Lucas’ storage

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第27話 TAKI

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「んーと……えっとね」 
「何?」
「んー、言いにくいんだけどね」
「うん」
「えーっとー」
「何? あ、薪拾いとか見張りなら俺が全部やるよ! 見えないけど……どうせ夜は暗いし、俺耳はすごく良くなったんだ。だから魔物の気配も分かると思う!」
「う、ううん。そうじゃなくて」
「火の起こし方も教えてくれれば練習する。……何なんだろうな俺。結構出来る事あるのに、何もやろうとしないで、ごめん……」
「もー! 違うよタキ! フロルがお願いしたいのはそういう事じゃなくてー……」
 珍しく中々言い出さないフロルに俺は首を傾げた。
「何でもするから言えよ、フロル」
「うーん……じゃあ言うね?」
 ジャリ、と小石を踏む音がしてフロルの息が耳にかかった。
「ハグ、して欲しい」
「え?」
 耳元で囁かれた声。一瞬何の事か分からずに固まってその後すぐに顔が熱くなった。
「ハグ?」
「そ。さっきみたいにぎゅーって!」
「そ、そんなの……いつもお前からして来てんじゃん」
「ちーがーうーのー! タキからして欲しいの! さっきみたいに!」
 改めてそう言われて、思い出してみて顔から火が出そうになった。
「一日一回タキからハグ! これがフロルからのお願いです!」
 思いもよらないお願いにすぐに言葉が返せない。きっと今の俺は間抜け面で口をぱくぱくさせてるんだろうな。
「ダメ?」
「ダ……」
「…………」
「……ダメ……ではない」
「やったあ! ありがとうタキ!」
 言い終わらないうちにフロルは俺に飛びついて来た。
「嬉しい! すごく嬉しいよ」
「こ、こんな事ぐらいでそんなに喜ぶなよ」
「えー! こんな事ぐらいって何? タキのエッチー」
 フロルはそう言って俺の頬をつねる。エ、エッチって……何でそうなるんだよ。
「何か喜んだらお腹すいちゃったー。朝御飯にしよう!」
 すかさず俺の口に放り込まれる木苺。フロルが採ってきてくれたそれを、今度はゆっくりと味わうように噛み締める。
「おいしいよ。ありがとう、フロル」
「ふふーん」
 お願いはハグだけだったけど今日からは出来る限りの事は全部手伝おう。自分の事ばかり考えて嘆いてる場合じゃない。魔物だって運良く見つかってないだけでいつ襲われるか分からない。二人で協力して一刻も早くナギ達に会うんだ。
「……チューはダメ?」
「ダ、ダメ!」
「動揺しすぎー! タキのエッチー!」
 馬鹿みたいなやり取りを繰り返した後、俺達はようやく出発する事にした。結局昼になるまでその場に留まってしまったのは。
「タキ大丈夫?」
「フロルこそ」
 俺の足とフロルの怪我の事を考えて大事をとって休む事にしたからだ。そして、今は二人でゆっくりと川縁を歩いている。
「フロルは平気。タキが包帯巻いてくれたから」
「俺も……フロルとこうやって手繋いでるから平気」
 こんな会話、リサに聞かれたらめちゃくちゃからかわれそうだ。あいつにも一応謝らないとな。また喧嘩になりそうだけど。
「ん?」
 何だろう? この音。
「どうしたの?」
「フロル、今目の前の景色どうなってる?」
「えーっと……あ! タキ、海だよ! 遠くに海が見える!」
「道は? 道はどうなってる?」
「ちょっと待っててねー!」
 フロルは俺の手を離して走って行った。だけど、すぐに走って戻って来て再び俺の手を握る。
「あったよー! 道!」 
「そっか……。で、その道は俺達の通れる道?」 
 初めて聞く音だけど何の音かすぐに分かった。
 この先には……滝がある。
「フロル、どうなんだ?」
「んー……」
「ないんだろ? 道。滝になってるんだよな? 他に通れそうな場所は? もし俺に無理そうならお前一人でも……」
 そこまで言いかけた時、フロルが俺の手を引いて歩き出した。
「おい……そっちは……」
「二人で通れる道があるよ! 来て!」
 フロルはズンズン進んでいく。そして、見えない俺にも確実にそこに滝があると分かるくらいごうごうと音が鳴る場所にまで来てピタリと止まった。
「フロル?」
「タキ、フロルが必ず首都に連れてく」
「え?」
「だから、フロルに任せて欲しいの」
 フロルがやろうとしてる事が分かってしまい俺は足がすくんだ。
「だ、大丈夫なのか?」
「フロルを信じて」
「…………」
 ドクドクと心臓が脈打つ。本当は怖くて仕方ない。でも……。
「分かった。フロルを信じるよ」
 俺は奮い立たせるように深く息を吸い込む。
「タキ、じゃあしっかり掴まっててね」
 俺達はお互いを強く抱き締めた。
「うん。フ……」
「行っくよー!」
 そして、俺達はその場から飛び降りた。
 躊躇なさすぎなんですけど! 心の準備がまだだったんですが!


「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
 フロルの心配そうな声に余計に落ち込む。飛び降りた瞬間に俺の意識がどっか行っちゃいました。ええ、気絶しました。フロルが泳いで岸まで連れて行ってくれました。
 マジで情けなすぎるだろ俺。迷惑かけないようにしようって誓った矢先にこれだよ。
「タキ? どこか痛む? 苦しい?」
「いや、本当に大丈夫だから。ていうか、ごめん。またフロルに助けてもらって……」
「タキが無事ならそれでいいの! あ、そうだ。フロルね、こんなの拾っちゃった!」
 フロルは声を弾ませながらそう言うと俺の手に何かを握らせてきた。
「……布?」
「エプロンだよ! フロルのエプロン!」
「エプロン? 何でそんなものがここに……」
「忘れちゃったの? 怪我したディーに巻いてあげたんだよ! それがね、ここに落ちてたの!」
 布をよく触ってみると何かが刺繍してあるのが分かった。これはきっと『鳥の刺繍』だ。
「ディーもぴょーんって飛び降りたんだよ! ナギとディーもこの道を選んだの!」
 エプロンだけ流されて来たって可能性もあるけど……。いや、焚き火の跡や、途中で会わなかった事を考えるとやっぱり二人もここまで辿り着いたって可能性が高い。
「じゃあ、もうすぐナギに会える?」
「うん! もうすぐ追いつけるよ!」
 ようやく見えてきた再会の兆しに胸が高鳴った。早く会いたい。
 あいつの事だからきっとわんわん大泣きしながら俺達に抱きついてくるんだろうな。そういえば俺今包帯してないし、ディーに素顔見せるの初めてだな。包帯の交換は絶対にナギと二人きりの時にしかしなかったし。首都についたらリサにも見られるのか。何か照れるな。
「タキ、ニコニコしてる! 嬉しい? 嬉しい?」
「は? べ、別にニコニコなんてしてないし。それより、早く行こう。もう海なんだろ?」
「うん! もう目の前だよ!」
 再び手を取り合って俺達は歩いて行く。足場は随分と良くなり久しぶりに土を踏んだ気がした。
「魔物にも会わなかったしフロル達には幸運の女神様がついているのかも!」
「確かに魔物に会わなかったな。本当に奇跡だよ」
 神様なんかクソくらえだ。だけど、今だけは特別に感謝してやる。
 風の匂いが徐々に変わっていく。この先は海岸。『海』には魔物がいない。この世界のそんな常識が『海岸』にも通用してくれたらいいけど。
「海へ出たら南へ。港に行って首都へ向かう。だよな?」
「うん! ナギ達、きっと待ってるよ!」
 声を弾ませ心を踊らせ、俺達は疲れも忘れて歩き続けた。
 必ず会えると信じて。
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