DEAREST【完結】

Lucas’ storage

文字の大きさ
上 下
26 / 221

第26話 TAKI

しおりを挟む
「痛っ!」
「タキ! 大丈夫?」
 小石に足を取られた俺はフロルが咄嗟に腕を引っ張ったおかげで転ばずには済んだ。
「大丈夫……」
 やばい、足ひねったかも。川原は石が多くて歩きにくい。せめて平坦な道ならもう少し早く歩けるのに。
「今日はこの辺で休もっか! フロルお腹すいちゃった」
「だ、大丈夫。俺まだ歩けるよ」
「んー、でも暗くなる前にお魚捕りたいし」
「なあ、魚ってどうやって捕ってんの? まさか、川に潜ってないよな?」
「まっさかー」
 まっさかー、が棒読みなんだけど。そういえば魚焼いてる時はフロルは俺の隣には座らない。しばらくするといつも通りくっついてくるんだけど。もしかして服を乾かす為なんじゃ……。
「よし、この辺でいいかなー。タキ、すぐに火を起こすから座って待ってて!」
 そう言って添えられた手を俺は強く握り返した。
「川、深いよな? 危ないからやめろよ」
「浅いよー。お魚いーっぱいいて、足元に集まってくるからすぐ捕まえられるし!」
「ふーん。じゃあ俺にも手伝える?」
 俺はそう言って水の流れる音がする方に歩こうとした。だけど。
「タキ駄目!」
 すぐにフロルが前から抱きついて来て俺を止めた。
「何で? 浅いんだろ?」
「タキ、足痛めたでしょ? 転んじゃうから!」
 さらに強く抱きついてくるフロル。
「転ばないよ」
「でも、お魚見えないでしょ? フロルがすぐ捕ってくるから!」
 フロルは俺を離さない。水の音で流れが穏やかだって事は分かる。だけどどんな大きさの川かも分からない。
「タキ? 昨日もその前もフロルお魚捕りに行ってたでしょ? どうしたの? 急に」
「だって……お前に頼りっぱなしだし」
「フロルね、タキのお世話するの大好き!」
 その言葉に胸がズキンと痛んだ。
 そうだよ、今までだって世話されっぱなしで、今更危ないからなんて心配されてももっと迷惑な話だよな。だったら俺はどうすりゃいいんだよ。俺のせいでフロルに危ない事させて。
 目が見えたなら。
「タキ?」
 この目が見えてたなら。
「……」
 急に激しい目眩がした。
「タキ!」
 フロルが支えてくれようとしたけど全身から力が抜けて立つ事ができなくなった。だんだんと息が苦しくなって、頭がズキズキと痛む。
「タキ、落ち着いて。考えすぎちゃダメ。大丈夫、大丈夫だよ」
 フロルの声がどんどん遠退いていく。
「フロル、もうお魚捕りに行かないから。安心して。側にいるから大丈夫だよ」
 この声を聞いた直後、俺の意識は途絶えた。


 ひんやりとした石の感触が肌に伝わって来た。そうだ、俺倒れたんだっけ。
「……フロル?」
 俺はゆっくりと体を起こした。どれくらい倒れていたのか朝なのか夜なのかも分からない。耳を澄ませると小鳥の囀りが聞こえた。
「朝? フロル、おい、フロル起きろよ」
 フロルからの返事はない。いつもはすぐ隣から聞こえる寝息も聞こえない。
「フロル!」
 俺の声が辺りに響く。だけど、やっぱりフロルからの返事はなかった。フロルがいない。俺は何度も何度もフロルを呼び続けた。その時、頭上から声が聞こえて来た。
「はーい」
 明るい声。俺は声のした方向に顔を向けた。ほっとしてすぐに我に返る。何取り乱してんだよ俺。迷子の子どもみたいに喚いて、みっともない。
「タキ、ちょっと待っててねー。よいしょ……あ!」
 短い悲鳴と共に何かが滑り落ちるような音がした。
「フロル!」
 声のした方向。今の音、崖を登っていたのか?
「おい、大丈夫か? フロル!」
 俺は音のした方向へと手を伸ばして歩き出した。昨日挫いた足が痛む。返事がないからフロルがどこにいるかも分からない。
「フロル!」
 俺はその場に両手をついてフロルがいるか確かめながら這うようにして進んだ。
「返事しろよ!」
「……ん、あいたたた。はーい、フロルはここですよー」
 その時すぐ側から返事が聞こえた。近い。
「フロル?」
「こーこ」
 そして、俺の手にフロルの指が触れた。
「フロル! 大丈夫か? 落ちたのか? 怪我は?」
「ふふーん。はい、あーん」
「は?」
 突然口の中に何かが押し込まれた。甘い香りが広がる。
「木苺! 見つけたの。おいしい? フロルね、約束したからお魚はやめたんだよ? 偉いでしょ!」
 フロルはそう言ってさらにもう一つ口に押し込もうとした。俺はそれを止めようとフロルの手を掴んだ。その時、ぬるりとした何かに触れた。
「フロル? お前、怪我してる? これ、血じゃないのか?」
「あ、本当だー。こっちの手擦りむいちゃってるね! でもこのくらい平気平気!」
「崖に登ったのか? 登れるような崖なのか? 何でそんな危ない事……」
 何で、だなんて。聞かなくても分かってるのに。俺が昨日言った事を守って、だから代わりの食料を調達する為に、その為に崖に登ったに決まってるのに。
「危なくないよー。木の根っこが下まで伸びててね、それで登ったの!」
「根っこ?」
「うん! でも降りて来る途中に、ブチンって切れちゃって。フロル、太ったのかな?」
 フロルはそう言ってあははと笑った。
「フロル、ごめん」
 役立たずで……本当にごめん。
「何でタキが謝るの? あ、そっか! タキとラブラブすぎて幸せ太りだから?」
 フロルの冗談に何も答えず、俺はそっと頭の後ろに手を回した。そして、目を覆っていた包帯を外していく。
「え? タキ、どうしたの?」
 フロルが止めようとしたけど、俺はそのまま包帯をほどき続けた。
 瞼に、懐かしい感触を感じた。久しぶりに触れる外の空気、風。
 包帯を巻き直す時にさえ、決して開けない瞼を、俺はゆっくりと開けた。
 変わらない景色。すごく、暗い。
「タキ?」
「フロル、手、貸して」 
 暗闇に手を伸ばす。
「でも」
「いいから。早く」
 俺の手にフロルがそっと手を重ねた。その手にゆっくりと包帯を巻いていく。
「痛くない?」
「うん、痛くないよ」
「ちゃんと巻けてる?」
「うん、タキ上手だよ」
 そっと、少しずつ、そしてようやく包帯を巻き終わった。
「ありがとう! タキ!」
 それと同時にフロルが俺に抱きついて来た。ちょっと戸惑ったけど、俺もフロルの背中に腕を回した。
「ごめんな……こんな事しかしてやれなくて」
 それは、情けない顔をしているのを見られたくなかったからかもしれない。 
「ううん。フロル、すっっごく嬉しい!」
「じゃあさ、これからは俺に手伝える事があったら言って?」
 もっと早くこう言うべきだった。甘えるのが当たり前になりすぎていた。
「あんまり出来る事ないかもしれないし、頼りないかも知れないけど。でも、少しでもフロルの力になりたい。せめて、足を引っ張らないようにしたい」
「タキ……」
 今の俺は、弱くて、何も出来なくて、リサの言う通り甘ちゃんだ。
 俺が救世主なら使命を果たすだなんてよくそんな事言えたもんだ。本当に馬鹿だ俺は。俺にそんな力も強さもない。家族の仇さえとれない。
 だけど、世界は平和に出来なくても、人々を救えなくても。好きな女の子くらいは守りたい。
 力になりたい。少しでも、負担を減らしたい。
 何でこんな当たり前の事に気がつかなったんだろう。
「もう嫌なんだ俺。頼りっぱなしなのも、フロルだけが頑張るのも怪我するのも嫌なんだ」
「……タキ、じゃあ一つだけお願いしていい?」
「え? うん!」
 俺はバッとフロルから身を離して返事を待った。
しおりを挟む

処理中です...