DEAREST【完結】

Lucas

文字の大きさ
上 下
28 / 221

第28話 RISA

しおりを挟む
 やっぱりディーは可愛くない。約束したばかりなのにもう一人で勝手に行動しやがった。
 滝壺目掛けてドボンだ。
 助けようとしたナギ、さらにそのナギを助けようとしたわたし。続けざまに真っ逆さまに落ちていった。
 さらには、何故そんな事をしたのかと怒るわたしに。
『落ちちゃった』
 なんて嘘までつきやがる。疑う事を知らないナギにみんなが無事ならと宥められ北に向かって再出発。
 しかし、まあ納得いかない。
 海岸沿いを進むわたし達。エプロンの切れ端をなくしたと泣きわめくディーをナギがあやしていた。今もまだ不貞腐れているクソガキを抱きかかえながら歩くナギの少し後ろをわたしは歩いている。
「ったく。あんな布切れぐらいで騒ぐなよ」
「ディーは鳥さんの刺繍が気に入ってたんだよね?」
「…………」
 返事ぐらいしろよ。あー、イライラするな。
「ディーによく似合ってたもんね。ほら、ディーってさ羽根とか似合いそうじゃない?」
 ナギが振り返ってそう言った。
「似合わない」
「そう? ディーって天使みたいだからよく似合うと思うけど」
 いつもの笑顔でそんな寒い言葉を吐く。天使みたい? 笑わせるなよ。天使はうさぎを生け捕りにしねえよ。そう思ってディーを睨みつけると懐の金貨がチャリンと高い音をたてた。
 はいはい、分かってるよセナ。面倒はちゃんと見る。可愛がるかは別だけどな。
「……悪いけど」
「ん? なーに? リサ」
「何でもない」
 そう答えて水平線に目を凝らす。懐かしい潮風の匂いに少しだけ心が和らいだ。そんな自分にゾッとしたけど。あーあ、そして嫌な事まで思い出しちまった。
 お母さんのこと。昔、迷子になったわたしを見つけた時、母はわたしの顔を見てまず怒鳴り散らした。
『何やってるの? 何で勝手な事するの!』
 ヒステリックに叫ぶ母。そんな母よりも迷子になっていた時間の方が怖くて、怒っていてもいいからただ抱きしめて欲しくて手を伸ばした。母はそんなわたしの手を振り払った。
 まったく、嫌な女だ。そんなだから、父に捨てられたんだ。惨めで憐れな女。
 でも、わたしはしっかりとその女の血を引いている。
 だってわたしは、まだ小さなディーや、自分を助けてくれた好きな男の身を案じるよりも、まずディーを怒ったんだ。わたしも母と同じだ。
 夕陽が傾きナギの背中に暖かい色を落とす。名前を呼びかけようとして戸惑った。ナギは、どう思ったかな。嫌気がさしたかな。
 ナギはディーが一人でいなくなった時見つけた瞬間に『良かった』と言った。さっきも水から引き上げてまず抱きしめた。それができなかったわたしは母のように捨てられるのだろうか。
『いつか……母親には謝ってやれ』
 なあ、セナ。謝れって、何を謝ればいいんだ?
「リサ? ちょっと休憩する?」
 遅れはじめたわたしにナギはそう聞いてきた。わたしは首を横に振る。
「大丈夫。急ごう」
 ナギを追い越して足早に歩いて行く。
 不安は消えないまま。だけど、悩んだり立ち止まってる時間なんてない。
 押し寄せる過去を振り払うようにわたしはただ歩き続けた。そんなわたし達が『ルーア』という村についたのは、真夜中を過ぎた頃だった。
「うっわぁ……小さな漁村って聞いてたのになぁ。すごーい! ディー、見てみて! あれ、灯台だよ!」
 ナギが驚くのも無理はない。大きな灯台の麓に広がる村。海に突き出した桟橋。停泊するいくつもの漁船。砂浜にもいくつか小屋があるみたいだけど灯りは点っていない。丘のようになっている場所にたくさんの家の灯りが見える。階段のように並ぶ家。ミストやアクアマリンほどではないけど、クロッカスとは比べ物にならない。
「みんなまだ起きてるのかな? 明るいね」
「そりゃそうさ」
 ナギがそう言った瞬間被せるように女の人の声が聞こえた。
「え?」
 そこに立っていたのは随分と体格のいい女の人だった。
「何者かが海岸を歩いて村に近づいて来てるって。自警団が知らせてまわってるからね」
 女の人に敵意はない。それどころか屈託のない笑みを浮かべてわたし達に近づいてくる。
「まだ子どもじゃないか」
 女の人はわたし達の後ろに視線を送った。バッと振り向いて思わず声をあげそうになった。
 いつの間にかわたし達はたくさんの人に囲まれていた。月明かりがはっきりとわたし達の姿を映し出した。おそらくこの村の自警団。
「あ、あの、僕達は……」
 ナギの声が上擦る。
「君達、どこから来たんだ? こんな時間に、何で子ども達だけで出歩いていたんだい?」
 男の人が優しい口調でナギに尋ねた。
「あの!」
 わたしはすかさず間に割って入る。ナギに喋らせたらありのまま話すに違いない。わたしが『救世主』だって事も。
「わ、わたしの名前は『ミサ』といいます。こちらはナギとディーです」 
 わたしはまず名前を名乗った。『リサ』ではなく、『ミサ』と。これで『救世主だとバラすな』って事はナギに伝わったと思う。
「わたし達の村が魔物に襲われてしまって……それで逃げて来たんです!」
 村人達がざわつく。だけど疑っている気配はない。それどころか所々から同情の声が漏れた。
「そうだったのかい。とにかくうちにおいで。疲れたろ? 話は後だ」
 女の人が「みんなもそれでいいよな?」と声をかけると全員納得したように頷いた。わたし達に励ましの言葉をかけながらそれぞれ帰って行く。やけにあっさりしていてわたしは唖然とした。警戒心があるのかないのか。
 わたしたちは女の人の家へ向かった。村の中央辺りの一番大きな二階建ての家へ。
「さ、入って入って。お腹すいてる? 今スープを温めるから」
 女の人はバタバタと部屋の奥へ消えていく。家の中の暖かい空気に触れた途端。安心としたせいか、疲れていたせいか。わたしの体から力が抜けて、その場に倒れてしまった。
「『リサ』!」
 遠退いていく意識の中で、ナギの声がした。
しおりを挟む

処理中です...