DEAREST【完結】

Lucas

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第16話 語り部

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「おい、ナギ! 一体何が起こってるんだ?」
「タキ、大丈夫だから! ほら、座って! ここに隠れてて!」
「なあ! 何なんだよ?」
「大丈夫! すぐに、フロルもリサもディーも連れて来るよ! 僕が守るから!」
 震えるタキをベッドの上に座らせて隠すようにシーツを被せるナギ。そんなナギはタキ以上に震えていて必死に平静を保とうとしているのが分かります。
「ナギ!」
「大丈夫だから! 待ってて! 動いちゃダメだからね!」
 そう言ってナギは剣を持つと家を飛び出して行きました。
「そんな……」
 目の前の出来事にナギは自分の目を疑いました。村人達の悲鳴に魔物の咆哮。辺り一面に火の粉が舞い昨日までの穏やかな様子はどこにもありません。ナギは震える手に力を入れて剣を持ち直しました。
「みんなを助けなきゃ……」
 涙をこらえてぐっと顔を上げて前を見据えます。その時、逃げ惑っていた村人の一人が魔物に捕まってしまいました。魔物は片足を掴んでその村人を持ち上げました。
「や、やめろ!」
 地面を蹴り剣を構えナギは魔物へと一直線に走り出しました。そして下から斬り上げて魔物の腕を落としたのです。
「う、うわぁ!」
「逃げて!」
 地面に投げ出された村人にそう言ってナギはそのまま剣を降り下ろして魔物の足を狙いました。しかし、魔物はもう片方の腕でナギを殴り飛ばしたのです。ナギは咄嗟に剣を構え鋭い爪を防ぎましたが地面に叩きつけられてしまいました。
 ナギは咳き込みながらもすぐに剣を拾って体を起こします。魔物の標的はナギに絞られたようです。牙の間から涎を垂らし荒い呼吸をしながらゆっくりとこちらへ近づいて来ました。そんな様子を見たナギはすっかり闘志が削がれてしまい恐怖で足がガタガタと震えだしました。
「ど、どうしよう……」
 一歩、また一歩と魔物が近づき、ナギも一歩ずつ後退ります。
「どうしよう、どうしよう……」
 そして、ついに目前に迫った魔物が大きく腕を振りかぶりました。
「ナギ! 避けろ!」
 聞こえて来た声にナギは我に返り、右側へと飛んで魔物の攻撃を避けました。魔物の腕がナギの立っていた場所にめり込みます。魔物はその体勢のまま動きません。なぜなら、セナの剣が魔物の体を貫いていたからです。セナが剣を抜くと重い音と共に魔物は地に落ちました。
「大丈夫か?」
「セ、セナさん……あの、僕」
「話は後だ。お前はタキ達を連れて逃げろ」
 セナはナギの腕を取って強引に立たせると自分が来た方向を指さしました。
「リサとディーはすでに避難させてある。いいか? お前が皆を守るんだ。分かったな?」
「で、でも……セナさんは……」
「いいから今は言う事を聞け!」
「は、はい……」
 セナの剣幕にナギはもう頷くしかありませんでした。そして、涙をぬぐってフロルを探す為に走り出します。セナはそんなナギを見送った後また剣を構えて魔物に立ち向かって行きました。


「あいたたた。あれ? お家が壊れちゃってるー」
 瓦礫の中から笑顔で現れたフロル。ガサガサと音を立てながら這い出します。パンパンと服の埃を払うと近くに倒れていたクローゼットからエプロンを取り出しました。クローゼットの下には誰かが倒れています。
「ん? お父さん、こんな所で寝たら風邪引くよ?」
 フロルはその人物に声をかけ、エプロンを着ると何とか原形をとどめている玄関の方へ歩いて行きます。そして外へ出ようとした時、何かがフロルの足を掴みました。
「フロル……」
「お母さん? なーに?」
 そこには倒れてきた食器棚や瓦礫の下敷きになっている母親の姿が。
「助けて……フロル」
「うーん。はーい」
 フロルはそう言って食器棚を持ち上げようとします。しかし、女の子一人の力ではどうにもなりません。
「重いー。無理ー」
 フロルはあっさり諦めると再び家を出ようとしました。
「フ、フロル! あなた、お母さんを置いて行くつもりなの?」
 これにはお母さんも驚きを隠せず思わず声を張り上げます。すると、フロルは少しだけ戻って来てお母さんのそばにしゃがみました。
「お母さん、フロルはタキのご飯作りに行かなきゃ。見て! この間から作ってた新しいエプロン可愛いでしょ?」
 エプロンをつまんでヒラヒラと揺らすフロル。お母さんの顔から血の気が引いて行きます。
「お、お母さんよりあんな子を優先するっていうの? そんな事よりお母さんを助けなさい!」
 悲鳴が飛び交う村の様子にお母さんの焦りは一層増しました。それでもフロルはいつも通りニコニコと笑っています。
「うーん……お母さんごめんね。フロルの力じゃ動かせそうにないの」
「だったら誰か呼んで来なさい! 早くっ! お母さんの言うことが聞けないの?」
 金切り声でそう怒鳴るお母さん。しかしフロルはまったく動じずにおもむろに立ち上がるとお母さんに向かって頭を下げました。
「ごめんなさい、お母さん。フロル、お母さんと一緒にいられて幸せだったよ? 助けられなくてとても悲しい」
「フロル……」
「お母さんの子どもで良かった。お母さん……愛してるわ」
 そして、フロルはパッと顔を上げました。
「と、いうわけでさようならごきげんよう!」
「フロル! 待ちなさい! あなた本当にお母さんを見捨てるつもりなの? 何て……何て子なの。お母さんの事を愛してるってたった今言ったじゃない!」
「あれ? 怒った? 腹立った? ムカついた? ねぇ? でも仕方ないよー」 
 フロルは少し前屈みになり、お母さんの目を見つめて言いました。
「フロルは嘘つきだからさぁ」
 そう言って燃え盛る村の中を走り去るフロル。もう決して後ろは振り返りませんでした。ただただタキの家を目指して後ろから聞こえる声にも応えず、魔物の目を掻い潜り、真っ直ぐと全力で走り続けます。
「タキ……フロルが絶対守るからね」
 

「うっ……何なんだよ。一体何が……」
 崩れ落ちた家。隣に立つ教会に家から出た火が燃え移ります。
「ナギ! ナギ!」
 瓦礫の中から何とか這い出たタキは、懸命にナギを呼び続けます。しかし、周りの音にその声はかき消されてしまいました。目の見えないタキには自分の置かれている状況が分かりません。ただ熱い空気を肌に感じ、不安に押し潰されそうになりながら身を小さくしていました。
 その時、誰かがこちらに近づいて来ました。
「タキー!」
 やって来たのはフロルでした。フロルはタキに飛びつきます。
「フロル?」
「タキ、おはよう! 今日もいい朝だね! ちょっと暑いかな?」
「ちょっとどころじゃねーよ! なあ、魔物か? 今、村の様子はどうなってるんだ? ナギは?」
「お腹すいてる? 今日のフロルのエプロンは可愛いよー。朝ごはん何食べたい?」
「フロル聞けよ! 何が起こってるんだよ?」
「大丈夫大丈夫! 今日はお祭りなんだよ。みんなはしゃいじゃってるなぁ。ほら、今の音は花火だよ!」
 次々と出てくるフロルの嘘にタキは唖然とします。
「花火って……。フロル……お前、やっぱりおかしいよ」
「……大丈夫だよ。タキはなーんにも心配しなくていいんだから」
 フロルはそう言って優しくタキを抱きしめました。
「何にも怖くないからね。そうだ、今日の朝はパンケーキにしよっか? ハチミツたっぷりの! タキ、甘いもの大好きだもんね!」
 舞い落ちる火の粉からフロルはタキを守るようにさらに包み込むように抱きしめます。
「……フロル」
「タキ! フロル!」
 そこへやって来たのはすっかりすすだらけになったナギでした。ぼろぼろと涙を流しながら二人を抱きしめます。
「良かった! 良かったぁ、フロル探したんだよ? 二人とも無事で本当に良かったよ。あ、あのね、セナさんが戻って来たんだけど、すぐ行っちゃって、それでリサ達避難させたって……それで、それで、どうしよう?」
「ナギ、落ち着け! セナは他に何て言ってたんだ?」
「え? うーんと、タキ達連れて逃げろって……でも、みんなが……。ねえ、タキ。僕どうしたらいい?」
「……ナギ、俺とフロルを抱えろ」
「え?」
 オロオロとして落ち着かないナギの腕をタキは強く引っ張りました。
「お前なら出来るよな?」
「で、でも……」
「いいからさっさとしろよ!」
「う、うん。分かった!」
 ナギは言われた通りタキとフロルを両脇に抱えます。
「わー! ナギ力持ちー!」
 そして、リサ達が避難したという方向へ走り出しました。
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