DEAREST【完結】

Lucas

文字の大きさ
上 下
17 / 221

第17話 語り部

しおりを挟む
 森の中では火のついたように泣きわめくディーと立ち往生するリサの姿が。
 馬もなく、ただどうする事も出来ずにいました。
 馬から落ちてしまったのでしょうか。リサの服は泥だらけで、ディーは左腕を押さえて泣いています。
「あー、もう! どうすりゃいいんだよ!」
 リサは両手でガシガシと頭を掻きながら言いました。
「もうどっちから来たかも分かんねーよ……」
 その場にへたり込みディーに目をやりますが一向に泣き止む気配がない様子にため息をつきます。
「……何だってんだよ、もう」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん」
「うっせーなお前は! いい加減黙れよ! 魔物が来ちまうだろうが!」
 リサが叫ぼうが怒鳴ろうがお構い無しに泣き声は森に響き渡ります。すると、その声に誘われるように何者かがこちらへやって来ました。
「だ、誰?」
「リサ!」
 茂みから飛び出して来たのはナギでした。
「良かったぁ。やっぱりディーの泣き声だったんだね」
 ナギは安心したように抱えていた二人を下に降ろします。
「お前ら……何で……」
「え? えっとね……セナさんがね……」
 ナギはつたない説明をしながら泣いているディーをなだめようと抱き上げました。しかし、ディーは痛がってさらに激しく泣き出します。
「ディー? だ、大丈夫? 腕痛いの? ど、どうしよう……」
「んー? フロルに見せてー!」
 フロルにそう言われてナギはディーを下に降ろしました。
「うーん……多分折れてないと思うけどー、一応固定しておこっか!」
 フロルはそう言ってエプロンを外すとビリビリと破き始めます。そして、その布をディーの首から下げるようにして腕を固定しました。その間もディーはわんわん泣きわめきます。フロルはディーの頭を撫でながらその腕を指さしました。
「ほら、ディー見てみて! ここ! 鳥さんがいるよー! フロルが刺繍したんだよ? 上手?」
 ディーはわずかに泣き止み腕にある刺繍を見つめます。
「可愛いでしょ? この鳥さんがね、痛いのをどこかに運んでってくれるからね?」
「……鳥さん?」
「そ! ほら、痛いの痛いの飛んでけー! ね? 治った? 治った?」
 ディーは右手で涙を拭いながらコクンと頷きました。それを見てナギは嬉しそうに微笑みます。
「フロル、すごいね!」
「えっへん! 昔、タキが屋根から落ちちゃった時も、こうしてあげたんだよね!」
 タキはというといまだ茫然と膝をついたままです。さすがに気になったのかリサがそっと肩に手を伸ばしました。
「おい、お前大丈夫かよ?」
「……リサ?」
「お、おう」
 リサが返事をするとタキはその手を振り払いました。
「触るな! お前の……お前のせいで村が襲われたんだ!」
 タキは声の限り叫びました。それに驚いたディーがベソをかきましたがフロルがよしよしと抱きしめます。
「タ、タキ……」
 止めに入ろうとしたナギが後ろからタキの肩に手をおきます。しかしタキの怒りがおさまる事はありません。
「お前を狙って来たんだよ! あの魔物は! 救世主じゃないなんて嘘つきやがって!」
「タキ……やめなよ」
「俺達の事騙してたのかよ!」
 リサは何も答えず唇を噛みしめてタキを睨んでいます。
「お前がとっとと世界救出の旅に出てればこんな事にはならなかったんだ! お前のせいで、俺の家族も、村のみんなも、みんな死んだんだ!」
「やめなってば……」
 さらに止めようとしたナギにタキは立ち上がってシャツを両手で掴みます。
「うっせーな! ナギは ただこいつが『リサ』って名前だからかばいたいだけなんだろ?」
 怒りの矛先は今度はナギへと向けられました。
「のこのこと帰ってきたお前を、まったく変わらない態度で受け入れてくれたのはあの人だけだもんな?」
 ナギは悲しそうな顔で黙って聞いています。
「でも、あの人だって、ふらふらやって来たよそ者と一緒にとっとと村を出ちまったじゃねえか! お前に一言も無しに! なのに、何でこんな奴をあの人と重ねて優しくしたりすんだよ!」
 ナギの目に溜まった涙が流れて何かを言おうとした時、パァンという音が響きました。リサがタキの頬を叩いた音です。リサはそのままタキの襟元を掴んで引き寄せました。これにはナギもフロルも驚いて目を丸くしています。
「さっきからうっせえんだよ! びーびー喚くんじゃねえよクソガキ。ああ、そうだよ、お前らの事騙してたよ。だから何だってんだ? 家族や、村の連中が死んだのはわたしのせいだ? 知るかよ、そんなもん。人のせいにしてんじゃねえ!」
 タキはリサの手を掴んで離そうとしますがリサの力はまったく緩みません。
「大体お前だって村の連中嫌ってたじゃねえか! 家族の事だって、そんなに悔しけりゃ自分で仇討ちにいけばいいだろ!」
「誰のせいでこんな目になったんだと思ってんだよ!」
 さすがに反論するタキ。だけどもリサは怯まずに続けます。
「そうやって何でもかんでも目のせいにして周りに甘えきってんじゃねえか」
 リサははっと鼻で笑いました。
「まあ、仕方ないか。飯も風呂も世話して貰ってるような甘ちゃんだもんな? 自分で魔物を倒す度胸なんてねえか」
「てめえ……」
「文句ばっか言う前に自分で何とかしようとしてみろよ」
「俺だって……」
「何だよ?」
「俺が救世主だったらお前みたいにはならなかったよ! ちゃんと使命を果たして、お前みたいに逃げたり隠れたり卑怯な真似は絶対しない!」
 タキはリサの手を振り払いました。よろめいた拍子に後ろにいたナギにぶつかり体を支えられますがその手さえもタキは振り払います。
「自分で何とかしてみろなんて……お前に言えた事かよ! お前は何かしたってのかよ!」
 そう言って息を荒げるタキをリサは冷ややかな目で見下ろしました。 
「してるよ、わたしは。今だって自分が生きる為に必死だ。わたしは、顔も知らない相手の為に死ぬなんてまっぴらだ。お前にはそれが出来るらしいけど」
 辺りが一瞬静まり返りました。風が木々を揺らす音だけが聞こえます。その音がいっそう大きくなったかと思うと一頭の馬が飛び出して来ました。
「まだこんな所にいたのか。みんな、無事か?」
 馬に乗っていたのはセナで颯爽と飛び降りてディーの方へ駆け寄ります。
「セナさん……」
 セナの声を聞いてナギは安堵した表情を見せ、ディーはフロルの腕の中から手を伸ばして泣き出しました。
「ディー、その腕はどうした? 一体何があったんだ?」
「だーいじょぶ! もう痛いのは飛んで行ったもんねー!」
 立ち上がって背伸びをするとディーの背中をよしよしと撫でるフロル。
「フロルが手当てしてくれたのか? ありがとう」
 セナはフロルの頭を優しく撫でました。そして、リサを見て言います。
「リサ、馬はどうした? 急いでここから離れるぞ」
「逃げた」
 リサは短く答えてそっぽを向きます。
「あ、あの、セナさん。村の人達は……?」
「すまない。魔物の数が増えすぎて私にはもうどうする事も出来ない」
 セナは目を伏せて悔しそうに言いました。
「そ、そんな……」
「ナギ、お前が悲しむ気持ちは分かる。でも今は私達が生き残る為にやれる事をやらなくてはならない」
 気遣うように出来るだけ優しい声で語りかけるセナ。
「逃げた馬がまだ近くにいるかも知れない。呼び戻せるか?」
「や、やってみます」
 ナギは震える手を口元に寄せ指笛を吹きました。しかし音は上手く鳴らず馬は戻って来ません。
「ご、ごめんなさい。もう一度やってみます……」
 そう言って再び試みるもやはり上手く行かず。すると、別の場所から高い指笛の音が聞こえて来ました。
「ディー?」
 その音の発信源はディーでした。ナギのように口元に手を当てて遠くまで響く高い音を奏でます。
「お前……いつの間にそんな事が……」
 セナが驚いてディーを見ていると向こうから馬の蹄の音が聞こえて来ました。同時に何かを引きずる音も聞こえて来ます。
「村長が乗って行った荷馬車だ。ちゃんと馬も二頭いるぞ」
「待て、リサ。車輪が何かを引きずっているぞ」
「え?」
 馬に手を伸ばしかけていたリサは後ろを覗き込むと短く悲鳴を上げて尻餅をつきました。
 荷馬車が引きずって来たものは……『クロッカスの村長』の半身でした。ナギは後ろからフロルとタキを抱きしめフロルの目を自分の手で塞ぎます。
「み、見ちゃだめだよ。セナさん、どうしよう……」
「リサ、ディーを頼む」
 リサは尻をついたままガタガタと震えています。
「ディー、目を瞑ってここで待て」
 セナは仕方なくディーを下ろすと村長に近づいて行きました。
「どうか安らかに」
 セナは胸の前に手を当ててから絡まっていた村長の服を車輪から外しその体を横たえました。そして、手を当ててそっと村長の目を閉じます。
「この荷馬車は街道から来たな。わざわざ危険な道を選んだのか」
 セナは呆れたようにそう言うと腰を抜かしているリサを抱き上げて荷馬車に積みました。
「何するんだよ!」
「黙って乗っていろ。フロルとタキもこっちへ」
 セナは同じようにして二人も場所へ。
「ナギは手綱を頼んだぞ」
「は、はい!」
 セナは自分の馬に戻りそこへディーを乗せました。
「いいか? 『ミスト』へ向かうぞ」
「は、はい。でも、そっちの道を通るんですか? この荷馬車じゃ進みにくいと思いますが……」
「魔物は街道で待ち伏せをして人を襲う事が多い。道は不安定だが、こちらの方が安全だ」
 セナが馬を進めるのでナギはその後をついて行きました。ガタガタと音を立てる荷馬車に揺られリサは膝を抱えて小さくなっています。タキはすっかり力を無くしていてフロルは彼に寄り添うように座ります。
 沈んだ気持ちのままでミストに向かっていると空は徐々に晴れて太陽が真上に昇っているのが見えました。
 陽が射して来ても誰も話をしようとしません。フロルだけが小さな声で鼻唄を歌っています。
「ナギ」
 ふと、セナが口を開きました。
「あ、はい」
「お前がディーに指笛を教えたのか?」
「え? いえ、ディーの前で指笛を吹いたのは初めて会ったあの時くらいです……」
「そうか」
 そこでまた会話は止まってしまいました。当の本人のディーはフードを深く被ったままぼんやりとしています。
 そして、しばらく進んで行くとようやく橋が見えて来ました。思っていたよりも大きな橋でこれなら荷馬車も十分通れそうです。真下には川が緩やかな流れを見せています。
「さあ、ミストまでは後少しだ。行くぞ」
しおりを挟む

処理中です...