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Ⅵ 女王

夜明けの女王 Ⅵ

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『それで……いいんですか? 女王陛下……』

 猫弐矢ねこにゃが申し訳無さそうに言った。彼にしてみれば雪乃フルエレ女王の辛い別れを見た後で、自分達二人が本当に再会して良いのかという罪悪感の様な物が湧いていた。

『何を言っているの? 私も加耶さんに蘇ってもらって猫弐矢さんと一緒になって欲しいの。その為にみんな努力しているのよ』
『有難う御座います女王陛下……』

 猫弐矢はル・スリー白鳥號はくちょうごうの操縦席の中で深々と最敬礼をして跪いた。しかしそれを美柑みかノーレンジは複雑な表情で見ていた。

(ほ、本当かしら……夜宵やよいお姉さまはこの全ての状況を、自分がもう一度会いたいアルベルト氏との再会に利用しただけじゃないのかしら……そうだとすればやはり恐ろしいお人だわ)

 そんな事ありません。まだまだ姉への警戒心が解けない美柑こと妹依世いよであった。


 ―そして再び加耶クリソベリルを復活させる為の魔ローダーによる儀式が始まった。

『回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!』

『回復(超)!!』

 やがて再び蛇輪へびりんと白鳥號の羽がバシャッと開き、黄金の粒子が噴出を始めた。
 ヴィーーーーーーーーーーーーーーーーーンン
 ビュウウウーーーーーーーーーーーーーーーー
 モーターを高速で回転させる様な高周波な甲高い音が鳴り始め、キラキラ粒子の噴出が勢いを増して行く。そしてまた回復という言葉を唱えなくとも、両機体がブースト状態になりストロボ状に激しく点滅しながら回復スキルが実行されて行く。

『す、凄い……まるで昼と夜を繰り返しているみたいだな』
『セレネさん詩人ですね』
『うるさいわ』

 しかしセレネの言葉通り、蛇輪と白鳥號が手を差しだす空間だけが別の時間に支配されているかの様な、不思議な感覚に囚われた。
 シュゥ~~~~~~
 ふと見ると突然灰だけが降り積もっていた地面から白い煙が上がり始めた。

『何が!?』
『シッ』

 言い掛けた紅蓮を美柑がたしなめた。猫弐矢は汗を流し緊迫した顔でそれを見ている。
 ボコボコ……ボコッ
 積もる灰が膨らむ様に地面を押し上げて行く。やがてそれは明らかに人間一人分くらいの大きさに成長して盛り上がって行く。そしてさらにアルベルトの時と同じ様に降り注ぐ黄金の粒子が、その膨らみに吸われるように集積して行った。
 キラキラキラ……
 一瞬前が見えなくなる程の粒子量となった直後、かさっと灰の中から持ち上げた白い片脚の膝が見えた。無機的な灰と比べて妙になまめかしい異様な光景である。

『若君、降ろして下さい! でなけりゃ飛び降ります!!』

 バシャッ
 猫弐矢の叫びで紅蓮は慌てて操縦席の前に掌を差し出し、フルエレはぴたっと回復の連続を停止した。
 グイイイーーン
 白鳥號の掌が飛び出した彼を乗せて地面に導くが、もどかしい彼は途中かなりの高さで飛び降り、同時に上着を脱いでいた。

「んん……ん……」

 灰の中から出て来た白い脚はやはり完全に人間の娘の脚であった。猫弐矢は夢中で上半身の辺りの灰をばさばさと落として行く。雪乃フルエレ始め事を起こした当事者達でありながら、奇跡的な瞬間に息を飲んで見守った。

「信じられない……加耶ちゃん……」

 灰の中からまだ目をつぶって眠った様な状態の加耶クリソベリルの顔と髪が出て来た。それを見て猫弐矢は上着を上半身辺りに被せると、一気に体を引き起こした。あたかも蝶がふ化して繭から飛び出す様に、ザバァーーと灰が綺麗に体から滑り落ちて行き、猫弐矢の前に上着一枚では隠しきれない若い女性の肢体が現れた。

「え……猫弐矢……さん? 私……どうして?? 確か南東の川に行って、そこで……何が?」
「加耶ッッ!!」

 加耶は一部記憶を失っている様で混乱気味だが、そんな彼女を猫弐矢は涙を流しながら抱き締め、加耶も訳も分からず彼の頭を抱き締め返した。雪乃フルエレはそんな二人を正直に言えば凄く羨ましかったが、それ以上に二人の再会を喜んだ。


 ―しばらく後。人々は魔ローダーから降り、改めて復活の奇跡に驚き二人の再会を心から祝福していた。

「そ、そんな私マタマタに襲われて?」
「詳しくは知らない方が良い。色々あって死んで女王陛下のお力で生き返った。それ以上は聞かないで」
「エッ!?」

 加耶はマタマタに襲われた以上に何があったのかと、一瞬瞳をグリグリさせ考えたが直ぐに信用する猫弐矢の言葉に素直に従った。フゥーはその様子を見て、二人の信頼度の高さを認識した……本来マタマタに襲われる事は女性として恥ずかしい事でもあったが、猫弐矢はセレネの時の砂緒同様一切気にしていなかった。

「ザックリしてんな! ま、それで良いか……」

 セレネは多少呆れたが、千岐大蛇ちまたのかがちの事は加耶には責任は無い、今は知らない方が良いだろう。

「どらどら、この私も加耶殿を励ましましょうかなあ?」

 そこへ砂緒がとても朗らかな顔で近付こうとした……

「くんなオラァアアアアアアアア!!」
「ナヌ!?」

 だが突然猫弐矢が今までに見た事無い様な激しい顔で怒鳴り、砂緒は背中が飛び上がる程ビクッとした。

「やっ済まない砂緒くん。でも加耶ちゃんの清らかな身体を砂緒くんの邪眼で穢されたく無いんだ」
「なんですと、今邪眼言ったか?」

 もちろん砂緒に邪眼など無い。

「確かに、それは問題だな」
「その通りねえ」

 セレネもフルエレも激しく納得して頷いた。

「じゃあメランの魔導士服を着れば良いじゃない!」

 そこに兎幸が後ろに個人用UFOを漂わせながら言った。メランが脱ぎ捨てた魔導士服は、体のラインが出ない様なポンチョの様な大柄の服であった。

「え? 兎幸ちゃん私の服持ってるの?」
「うんー、キミをGSXから助ける時に椅子の後ろにあったから一緒に回収してたよー」
「それ凄く早く行って欲しかったヤツ」

 メランがピチピチのタンクトップの胸元を隠しながら叫んだ。

「ああ、メランさん良いかな? 僕はどうしても砂緒くんの邪眼から加耶ちゃんを守りたいんだ」
「また邪眼言いよったぞ!」
「そこまで言われちゃ断れないでしょ意地悪……どうぞ。でもトンガリ帽子は返して!」
「済まない」

 砂緒を無視して会話は続いた。そして砂緒がセレネとメランにより遠ざけられた後、加耶はメランの魔導士服を着た。だが皆は気付いていなかった。爽やかなイケメンで警戒されていなかった紅蓮がチラッと横目で着替えを見た事を……美柑を除いて。

「おお裸ソックスならぬ、タンクトップトンガリ帽子ですなあ」

 砂緒が帽子を被ったメランをからかった。

「もう好きに言ってよ」
「裸ソックスって何だよ?」


 ―服を着終わった加耶クリソベリルは、改めて頭を下げて皆にお礼をした。

「皆さま本当にご迷惑をお掛けしました。きっとこれだけの御方が集まっているのです、本当に大変な事があったハズです……特に砂緒さんもきっと私の為に何か手助けしてくれたと思います。皆さま有難う御座いました」

 加耶は何度も頭を下げた。

「ええ子やないか」

 少し怒りかけていた砂緒は一転、腕を組んでウンウンと頷いた。

「えらそうやな」
「いいじゃない、本当に砂緒も頑張ったわ」
「いいや! あたしはフルエレさんを抱き締めたいです!」
「余計な事言わないで、また泣くから」
「はい……」

 だが和やかな雰囲気の中、紅蓮も美柑と同じ様に少し喜ぶだけでは済まない感覚を覚えていた。

(凄い……さっき過去に亡くなった人間の魂を呼び戻して、今度は灰から人間を一人完全に蘇らせた。こんな事をして良いのかな? 姉上僕はこのフルエレ女王という人が少し怖いよ)

「ん、紅蓮くんどうしたの?」

 その紅蓮にフルエレが笑顔で語りかけた。

(でも……フルエレちゃん、やっぱり凄く可愛い。それに婚約者が亡くなるとか、まだ少女なのにあんな悲しい過去を背負っていたんだ……)

 紅蓮は美柑を掛け替えの無いパートナーとして大切な存在と思っていたが、フルエレと触れ合う短い間に彼女の事も同じくらいに好きになり始めていた。もちろん今はそんな事は声に出して言えないが。

「ん?」
「あ、あの……フルエレちゃ雪乃フルエレ女王、そして皆に提案なんだけどさ、今起こった事は普通の人々、魔法や魔ローダーに触れる事も出来ない人々がいくら望んでも、手に入れる事が出来ない事だと思うんだ」

「何が言いたい貴様?」
「砂緒邪魔しないで、紅蓮くん何?」

 紅蓮が頷いた。

「……つまりあってはならない事が起きた。それは人々の希望にもなるけど悲しみや妬みにもなる。フルエレ女王陛下は大いなる力を発揮したけど、この事は今この島で見聞きした事は、決して口外しない方が良いと思うんだ」

(紅蓮……確かに)

 美柑も頷いた。

「何でじゃ」
「砂緒黙って! そうね……その通りかもしれないわね。皆もそれで良いかしら?」

 猫弐矢も頷き皆が賛同した。自慢したかった砂緒は面白く無いがフルエレに従った。

「それなら僕もフゥーくんに言いたい事があるんだ」

 それまで存在を忘れられ掛けていたフゥーが呼び止められ、一瞬ドキッとする。

「何で御座いましょう」
「フゥーくん、ヌッ様の存在が証明出来て僕は嬉しい。そして人々の役にも立ってくれた。けれどこれは扱いを間違えば凄く危険な存在だと思うんだ。だから今回偶然禁足地の沖ノ神殿乃小島に辿り着いた事を良しとして、此処にヌッ様の操縦席球体を置いて行こうと思うんだ……」
「え?」

 フゥーは戸惑った。ヌッ様は自分の大切なアイデンティティでもあったからだ。

「助けて下さった雪乃フルエレ女王陛下との友好を示す為にも……」
「私はいいのよ!」
 
 フルエレは慌てて頭と両手を超高速に振った。

「いやフルエレさんあたしもそれが良いと思う。受け入れようよ」
「セレネが言うのなら」
「はい、分かりました……」

 フゥーは自分の頭を飛び越えて、フルエレと猫弐矢が勝手に決めた事に多少不服があったが、結局は従った。

(シューネさまに聞かなくて良いの?)

 それは砂緒も同様だった。千岐大蛇にとどめを刺したのに誰も褒めてくれない。

「あー詰まらんですね。あーヤレヤレ、終わった終わった。それじゃあ皆の衆けえるぞ! 解散ッ!!」
 
 砂緒はくるりと背中を向けると投げやりに言った。

「何でお前が号令を掛けるんだよ」
「あら、いいじゃないセレネ。私もそろそろ帰りたかったわ私達のセブンリーフに!」

 そのフルエレの言葉で皆はようやく帰る事に決めた。

「そうですね~~」


 フルエレと砂緒セレネは早速蛇輪に乗り込んで行く。

「あ、あの猫弐矢さま私達の帰る手段が……」
「うっ忘れていたよ」
「あわわ」

 早速二人はヌッ様を放棄する事を後悔し始めた。加耶は未だにどういう状況かちょっと分かりかねている。

(ヤバイ、やっぱりまたヌッ様に乗るとか言われたら嫌だな)

 セレネが危惧して何か言おうとした時であった。

「猫弐矢とフゥーと加耶は当然白鳥號に乗ればいいよ!」
「お、多いわ! ぱんっぱんだわっ!」

 紅蓮が美柑と共に乗り込みながら言った。

「すいませんお願いします!」
「そうだね」
「……」

 フゥーはヌッ様で主導権を握れたと思いきや、再びお荷物扱いでムッとしている。

「じゃあ、蛇輪には兎幸とメランも乗ってね」
「はいー」
「当たり前でしょ……」

 メランも服を奪われた事で多少機嫌を損ねながら蛇輪に乗った。白鳥號には紅蓮と美柑の他に猫弐矢と加耶とフゥーが乗り込む超満員状態となった。


 ビューーー
 途端に壊れたハッチから風が入って来る。

(私のル・ツー黒い稲妻Ⅱ……)

 メランはすぐさま飛び立った蛇輪の操縦席から、小さくなって行く沖ノ神殿乃小島の輪郭を眺めつつ、失ってしまった愛機の事を想い出していた。

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