上 下
583 / 588
Ⅵ 女王

夜明けの女王 Ⅲ

しおりを挟む

『卵と小麦粉を混ぜてしまえば、もう決して二度と元には戻らない様に、私はこの化け物と混じり合い一つになってしまった……だから猫弐矢ねこにゃさまの大切な故郷を壊したのも村人達をさらって食べてしまった事も、全て半分は私の罪の様な気がします……もう私の事は忘れて下さい。だから気を落とさないで猫弐矢さま……』

 膝を折りガックリと肩を落として泣く猫弐矢を、加耶クリソベリルのホログラムは手をかざして慰めた。美柑みかにはそれが加耶からの別れの言葉に聞こえた。

「卵と醤油の場合はどうですかな?」
「ショーユが何か分からんが、今以降下手な事言ったら顔の原型留めん程タコ殴りにするぞ。お前の為だからな?」

 セレネはわざわざ拳を見せて警告した。

「そんなのおかしいよっ! 加耶さんは怪物に襲われてただけなのにっ加耶さんの責任な訳が無い! なんとか救出出来ないの?」

 メランがやるせないという感じで叫んだ。

「僕は決めたよ! 此処に住む。此処にテントか小屋を建てて加耶ちゃんと一生一緒に暮らすよ。そうでなきゃ荒涼回廊のお母さまに顔向けが出来ない。クラウディアの事はちょっと心配だけど、猫呼ねここに戻ってもらうよ、あの子なら立派に治めてくれるだろうさ」

 突然起き上がった猫弐矢は幻影に手を置いて、しっかりした声で決意した様に語った。

「猫弐矢さま……」

 フゥーはそれ以上何も言えない。

「住めば都等といいますし、なんと立派な男の鏡ですなあ」
「お前が荒涼回廊から連れて来たんだぞ!?」

 指をさして突っ込んだセレネも連れて来た当事者である。

『結構です……お母さまはちゃんと分かってられます。一人で旅立った時から死ぬも生きるも私の自己責任だから……だからそんな責任感で此処に住むとか言わなくとも結構ですから』

 加耶のホログラムがぷいっと横を向いた。

「違う! 責任感で言ってるんじゃない。折角こうして生きてた加耶ちゃんと此処で暮らしたいんだ。此処は静かだし自然も多い、此処で虫の音を聞いたり本を読んだり、一生それで良いよ、君と一緒なら」

 言い終わると一瞬サーッと風が吹いて木の葉と草がなびいた。その言葉を聞いて加耶は静かに涙を流していた。

『もう帰って下さい……』

 パシッ!
 突然見えない力で猫弐矢は弾き飛ばされた。

「……何を加耶ちゃん!?」
『もう帰って下さい顔も見たくない』

「うううっ酷い……」
「セレネさん声を詰まらせてどうしたんですか?」
「何とかしろよ砂緒」
「何をどうするんですか? 一件落着ですよね!?」
「お前本気で嫌いになるぞ」
「嘘ですよ嘘。だから小声で話してるでしょ?」

 さすがに砂緒ですら緊迫した場面だと分かって、大声で冗談を言える状況では無かった……

「紅蓮何とかならないの?」

 美柑も小声で紅蓮に問うたが、彼もどうして良いか分からず黙ったままだった。最近全く取り上げていないが、ちゃんとフェレットも彼女の肩の上で深刻な事態に困り果てている。

「加耶さん、初めまして雪乃フルエレです。もう少し冷静になって、時間を掛ければ解決法が見つかるかもしれないわ、何とかなるかも」

 居たたまれなくなってフルエレが前に進み出て二人の間に入った。

『ありがとうございますセブンリーフの女王陛下……貴方が来てくださって本当に良かった。砂緒さんに直接頼むのはシャクだけど、美しくお優しそうな貴方のお顔を見れて決心が付きました。貴方になら心から最後の願いを頼む事が出来ます……』

 ホログラムの加耶は両手を揃えて頭を下げた。皆が一体何を頼む? と疑問に感じると同時に、不吉な事を予想せずには居られなかった。

「加耶ちゃん何を?」

 猫弐矢が再び加耶に向き直す。

「何……かしら?」

 フルエレも加耶の目を見た。

『女王陛下お願いします。私がこの地にいると今後どんな不吉な事をしでかすか分かりません。ですから貴方の家来の砂緒さんにお頼みして、あの荒涼回廊でも見た凄まじい威力の雷で私を千岐大蛇ちまたのかがち中心核ごと消して欲しいのです。硬い表皮の無くなった今なら思い残す事無く欠片も残さず消え去る事でしょう……』

 彼女はきっぱりと言い切った。

「そんなバカなっ!」
「そうよ、駄目よ……」

 猫弐矢とフルエレは同時に言ったが、声の調子は真逆であった。フルエレの声には力は無かった。本心では何処か残酷にもう仕方が無いと思う部分があったのかも知れない。もちろん優しい彼女は、そんな自分の気持ちを認めたく無いだろうが。

「え、えらい深刻な話になりましたなァ、私雷撃つんですか?」
「撃たないよ……撃たせないよ」

 さすがに砂緒も過去の一瞬の事とは言え、いきなり元仲間の女性の命を絶つ事に手を貸すのは気が引けた。セレネは砂緒がいきなり笑いながら撃ったりしないで少しホッとした。

「砂緒くん、雷を撃ったら僕は君を一生許さないよ」
「勝手に決めないで下さい、私にも決定権ありますから」

 砂緒を睨む猫弐矢の眼光が余りにも鋭くて砂緒は冗談を言う隙も無かった。

「女王陛下?」

夜宵やよいお姉さま)

 フゥーと美柑がほぼ同時に黙ったままのフルエレの顔を見た。

「加耶さん分かったわ、貴方の願い叶えて上げる」

 フルエレは静かにだがハッキリと言った。

(え何で、お姉さま!?)

「フルエレさん!!」
「女王陛下っ酷いよ」

 美柑が内心驚き、セレネと猫弐矢が叫んだ。

『有難うございます女王陛下』
「そうよ、貴方の生きて猫弐矢さんと一緒に帰りたいという願いを絶対に叶えるわ」
『え?』

 加耶のみならずその場にいる全員が驚いた。

「フルエレちゃんどうやって叶えるんだい?」
「フルエレ、あまり無責任な希望を持たせるのも残酷という物です」

 紅蓮アルフォードと砂緒がほぼ同時に話し、お互いがじろっと睨み合う。

「私が……混ざってしまった卵と小麦粉を別けてみせるわ! だから砂緒、加耶さんの言う通り雷を撃って上げて……」
「は? 本気ですかフルエレ」

 今度は突然撃てと言われて砂緒がギョッとした。

「でも、その後に私と砂緒とセレネの蛇輪の回復と、紅蓮くんの白鳥號の回復で二機で絶対に加耶さんだけを蘇らせるわっ!!」

 フルエレの宣言に皆が一瞬ポカーンとした。

(いや……まさかフルエレちゃんは、そういうテイで加耶さんの自死を手助けして上げる気か? そうだとすれば残念だな……)

 紅蓮は口には出さなかったが半信半疑であった。

「あたしはフルエレさんは本気なんだと思う。いつも無茶やらかすお人だからな。あたしは信じるよ」
「セレネが信じるなら私も当然信じますよ」

 砂緒はセレネの手を握った。

「加耶さん、本当にもう此処で一人生きるのも、猫弐矢さんと一緒に住むのもどちらも絶対に嫌なのね?」
『……はい。女王陛下のお心遣い有難く思います。心置きなく砂緒さんの雷に撃たれます』

 加耶は清々しいくらいに言いきった。

「僕は嫌だっ! そんな提案飲める訳が無い、そんなの出来っこないよ!!」

 だが猫弐矢は最後まで泣きじゃくって反対した。

『お願いします、お聞き下さい。それが民を率いるクラウディア王のお勤め。だけど最後にキスを……』

 その言葉にかなり長い間猫弐矢は固まった。そのまま誰も何も言わず猫弐矢の決心を見守った。



「ああああ、僕は承服したつもりは無いよ……だけど、それが加耶ちゃんの願いなら」

 言いながら加耶のホログラムに震え泣きながら唇を重ねた。

「美柑、白鳥號に一緒に乗って! 僕だけじゃ到底無理だよ」
「う、うん……やってみよう!」

 美柑は紅蓮が差し出した手を素直に掴んだ。

「猫弐矢、君も来るんだ。君も白鳥號の中で強く彼女をイメージし続けるんだ」
「うぐっっぐ、うううっ……加耶ちゃん」

 猫弐矢はそっと触れられない唇を離すと、差し出された加耶の手を最後まで名残惜しそうに透過して握り合いながら、指先がするりと離れ行くまで見つめ合い泣きじゃくりながら踵を返し若君に従った。

兎幸うさこも白鳥號に乗って上げて!」
「う、うん」

 兎幸も後に続く。

「私は蛇輪に乗って良いですか、女王陛下」

 フゥーは加耶の手前、もう猫弐矢と同席する事は出来なかった。

「来て頂戴」
「じゃあ私も蛇輪に乗っていいの?」
「そうね、もう一人乗りの白鳥號は満杯ね、来てメラン」

 最後にメランが蛇輪に乗り込んだ。

「ううっ加耶ちゃん、必ず蘇らせる!!」
『ありがとう猫弐矢さん』

 最後は加耶は笑顔で猫弐矢を見送ってスーッと消えた。


『巨大化!!』

 全ての乗員の割り振りが終わり、最後に砂緒が蛇輪の巨大化を念じた……最大威力の雷で苦しまずに中心核を一瞬で消し去る為だ……

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜

黒城白爵
ファンタジー
 とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。  死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。  自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。  黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。  使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。 ※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...