ギリギリ! 俺勇者、39歳

綾部 響

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3.聖霊神殿へ

新たなるスキル

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 魔王城地下3階「大闘技場」。
 ここは大昔、魔王やそれに連なる者たちが娯楽の為に、各々が捕まえて来た凶悪な魔獣同士を戦わせた円形闘技場だそうだ。
 もっとも数代前の魔王からもう使っていないと言う事で、俺が初めてここを訪れた時には巨大な凶角魔獣ベヒーモスが1体、この場所を守っていたっけ。
 元々魔獣を戦わせるだけあって、かなり大暴れしたにも拘らず設備の損傷は軽微だったなぁ。

「くっおおおおぉぉっ!」

「どうした勇者! その程度か!」

 そんな場所で今、俺は魔王リリアと戦っていた。
 と言っても、互いに真剣勝負と言う訳ではない。武器や盾も稽古用のものだし、防具も装備していない。
 互いに技量は申し分なく、鎧を装備していなくっても相手に深刻なダメージを与える様な事はないだろう。
 その筈なのに何故か俺は満身創痍で、対するリリアは余裕すら感じられる動きだ。

「つあっ!」

「なんの!」

 俺の素早い踏み込みからの渾身の一撃を彼女はあっさりと剣で擦り上げ、そのまま返す刀で俺の頭へ一撃を入れる。

「いてっ!」

「甘いぞ、勇者! 隙が多いぞ!」

 これじゃあまるで、稽古をつけて貰ってる子ども扱いじゃないか。
 まぁ実際に、今の力量差はそれくらいには広がっているかも知れない。

 聖霊山「スフェラ神山」から戻って来た翌日、俺とリリアは早速彼女に付与された「レベル」の効果を試していた。
 と言っても、いきなり格段に強くなるなんて事は無い。
 それでもある程度の恩恵はあった訳で、その「ある程度」が今の俺たちには大きな違いとなって表れていたんだ。
 実際に魔王リリアとは剣を交えた事なんて無かったんだけど、初めて対峙した時には殆ど互角だと感じられた。
 ……ただしそれも、俺が「勇敢の紋章フォルティス・シアール」を発動させたら……なんだけどな。
 でも今はどうだ?
 これだけで開きがあっちゃあ、俺がとっておきを発動させてもどれだけその差を詰める事が出来るか……。

「いてっ! ちょっ! たっ! ちょっとタンマッ!」

「あ……と。すまん、勇者。つい楽しくなってな」

 面白いように俺の頭をポコスカと叩き続けたリリアは、俺が動きを止めた事で漸く正気に戻った。
 俺に打ち込んでいた彼女の顔を思い出すに、どうやら本当に楽しかったようだ。
 ……まぁ、叩かれ続けていた俺にしてみれば、全然面白くは無かったんだけどな!

「……うん。何だか体に切れが加わったようで、面白いように動くんだ。何だか、一皮むけたって気分だな」

 漸く一段落着いた処で、リリアは満面の笑みで俺にそう語った。
 確かに、今の彼女の動きはとても滑らかで動きに淀みがない。
 極端に動きが速くなり力が強くなったと言う訳じゃあ無いけど、明らかに総力が上がっている感じだ。
 これまでも高いレベルの力を持っていたんだ。
 ここから少しでも能力が加われば、全体的な底力が上がるのも頷ける話だろう。
 ……でも、ここまでとはなぁ。

「レベルを授けて貰うと言うのは、すごい事なのだな。レベルが1になっただけだと言うのにこの力強さだ。勇者が強いのにも頷ける。ところで……勇者はレベルが幾つなのだ?」

「俺は……レベル98だよ」

「きゅ……98!? それは何というか……凄まじいな」

 リリアは俺の回答を聞いて心底驚いているみたいだ。ま、そりゃそうか。
 もしも魔族のレベルに上限がないとして、リリアが今からレベルを98まで上げようと思ったなら、一体どれほどの時間が掛ると言うのか……。
 レベルを得た彼女には、その苦労が嫌という程分かるんだろう。
 もっとも、魔族と人族では1つレベルを上げるのにも必要となる経験に差があるし、何よりも寿命が圧倒的に違うからな。
 ただそこまでして到達した、恐らくは人族で唯一の「レベル98」と言う存在も、鍛え上げられた魔族レベル1には到底敵わないって事が分かったんだ。
 リリアも俺のレベルに驚いているだろうが、俺も彼女の……魔族の底の深さには驚愕していた。
 話題を振ったのは魔王リリアの方だったけど、何だか彼女の方もしんみりとしていた。
 この広い闘技場でポツンと2人、押し黙っていると言うのも妙に居心地が悪い。

「そういえば、レベルを得た事で『スキル』は手に入らなかったのか?」

 だから俺は、不自然でない話題を彼女の方へと振った。
 新しい「職業ジョブ」に転職する、レベルが上がると言った事が起こると、新しく「技能スキル」を得る事がある。
 実戦で目に見えて効果を発揮する攻撃系のスキルや魔法などは、改めて修練を積み習得する必要があるが、潜在的に作用するスキルは覚えるのに特別な事をする必要はない。
 誰かに教えて貰わなくとも、自分の中に発生した「新たな力」は自覚する事が出来るしな。

「あ……ス……スキル……か」

 しかしリリアは、俺の質問にはどうにも答えにくそうに口籠っている。
 俺の経験上、新たに何かスキルを覚えたら、嬉しくなってつい周囲の仲間たちに話したり聞いたりしちまうもんなんだがなぁ……。
 ……もっとも、新しくスキルを覚えると言うイベントも、それを周囲の仲間に伝えるって事も随分やってないんだけどなぁ……ははは。
 でもリリアの動揺の仕方は、ちょっと気になるほどだ。
 もしかすると、スキルが発現しなかったのかも知れないな。

「なんだ、スキルが発現しなかったのか? まぁ、レベルが上がれば新しいスキルが……」

「い……いや、違うのだ! スキルはその……発現したのだ」

 俺が勝手に結論付けて彼女に慰めの言葉を掛けようとしたところを、リリアは慌てて否定した。
 その勢いに、俺は思わず後退ってしまう程だった訳だが……。
 スキルを得たってんなら、一体何をそんなに言い辛そうにしているんだろう?

「へぇ……。で、どんなスキルなんだ?」

 俺はこの流れなら当然出るであろう疑問を、至極自然な流れで問い掛けた訳だが。

「そ……それはその……。何と言うか……。あの……」

 でも、魔王はどうにもシドロモドロで要領を得ない。そんなに言い難いスキルでも獲得したのか?
 もしや……!?

 とんでもなく強力なスキル……とかっ!?

 遥かに強くなるから、俺を憐れんで……!?

 ……なんてな。
 魔王リリアが俺にそんな気遣いをする理由がない。
 っていうか、さっきは嬉々として俺の頭をポコポコ叩いていたんだからな。
 今更強さで俺を大きく上回ったからって、話し難いって事も無いだろう。

「じ……実は。あ……ある意味で強力なスキルが手に入ったのだが……」

 と思っていたら、実は更に強くなる技能を身に付けてたよ……。なんてこった……。

「へ……へぇ……。よ……良かったじゃないか……」

 俺は冷静を装って、何とか彼女へと言葉を返す事に成功した。
 ほんの少し前まで互角だと思っていた魔王リリアに、ただレベルを付与させただけでここまで強さに開きが出るなんてな……。
 しかもそのレベルを身に付ける様に進言したのは、何を隠そうこの俺だからなぁ。
 その結果強さで大きく水を開けられ気を使われて……。はは……落ち込んでちゃあ世話ねぇなぁ……。

「……見てて」

 表面上は兎も角として、リリアは一言そう告げると、心にざっくりとダメージを負った俺からやや距離を取った。
 そして、腰に差していた木剣をスラっと抜き放ち。

「……ん!」

 俺の目の前で踊り始めたんだ!
 その優雅な舞は、儀式的に美しい「舞踊」と言うよりも、剣を手にした事で猛々しさの中にも美を兼ね備えた「武踊」と言うに相応しいものだった。
 短い間だったが軽やかに、まるで跳ねる様な……飛んでいるみたいに舞い、踊り終えた彼女からは……薄っすらと赤味を帯びた湯気が湧きたっていた。
 ……いや、これは……闘気か?

「……これが私の得た技能スキル『武踏戦士』だ。身に付けた踊りを舞う事で、様々な効果をこの身に……そして仲間たちに付与する事が出来る……らしい。まだ1つしか覚えていないから、実際のところは分からないのだが……」

 説明を終えたリリアは剣を構えると、その場で型に沿って素振りを始めた……のだが!

「な……っ!? これはっ!?」

 剣を振るう彼女の動きが、先ほどよりも更に洗練され速くなっていた!
 それだけではなく、力強さも格段に向上している!
 これが……リリアの会得したスキルの効果か!

 ……ん? ……でも待てよ?

 これだけなら、何も言い辛そうな……恥ずかしがるような事は無かった筈だ。
 それどころかリリアの性格なら、公表しみんなの力になると宣言してもおかしくないだろう。

「じ……実はこのスキルには隠された能力があってだな……」

 俺が余程不思議そうな顔をしていたんだろう、それに気付いたリリアが口を開き話を続けた。
 なるほど、まだ隠された秘密があるって訳か。

「こ……このスキルの能力はその…………という何とも……」

 彼女から告げられた事実を前に、俺も言葉を失ってしまっていた。
 先ほどとは違う何とも発言しにくい雰囲気が、割と長い時間続いたんだ……。
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