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2.闇の聖霊との邂逅
魔王 レベル1
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人界、そして魔界に次ぐ第3の世界……「羅刹界」。
そこには当然住人がいる訳だが、その者たちはとても俺たち「人」とは似ても似つかない存在らしい。
そりゃあ、ただ戦い続けるだけの世界に住む者たちなら、その容姿から思考まで完全に違っていて当然だよな。
「その者たち……仮に『羅刹族』と呼ぶとして、その者らとの会話は不可能なのでしょうか?」
魔王リリアが、如何にも平和的な質問を投げ掛けていた。
……と言っても、その件に関しては以前にもう答えを聞いているんだけどな。
「……無理だろうねぇ。そもそも、あの世界の住人同士ですら共通の言語を持っていないんだから。違う世界の人間じゃあ、意思の疎通さえ儘ならないでしょうね」
彼女の返答は、前に聖霊アレティと聖霊ヴィス様に聞いた通りのものだった。
会話など出来ず和解する事も出来ない。
3つの世界が1つに戻った際には、ただどちらかを滅ぼすだけの戦いが待っているって事だ。
「ただあの世界には、強い者に従うと言う暗黙の風潮があるみたいでねぇ。もしかすると、最も強い者を倒せばそれよりも弱い者を従える事が出来るかも知れないわね」
でも、流石は羅刹界を監視する聖霊様だ。先の話では考えられなかった他の方法を提示して来たんだからな。
強さが全ての世界なら、その世界で最強の者を倒せば確かにそれより下位の者を従える事が出来るだろうか。
とはいえ、その「最強の存在」を見つける手立ても無ければ、そいつと戦って勝てる算段も無い訳だけどな。
ただ、僅かに光明と言える情報も聞く事が出来た。
「しかしそんな世界だからねぇ……。繁殖力は極端に少ないし、人口は一向に増える様子はないわね。個体の強さは尋常ではないけれど、数が多くないのがあなた達には救いかしら」
個々の強さは俺たちを遥かに凌駕しているとして、その数が俺たちよりも遥かに少ないと言うのは朗報だ。
もしかすれば、その強さを数で圧倒出来る可能性があるからな。
しかし結果として戦う以外に手段はなく、それもそう遠くない未来の話だと言うのだから頭が痛くなるな。
「まだ、私の結界も当分は持ちそうなんだけど……。良かったら、何体かこちらへ送り込む事も出来るけど……どうする?」
「「お断りします!」」
俺とリリアは、声を揃えてヴェリテ様の提案を断った。
「……あっはははは!」
これには一瞬目を丸くした聖霊様だったけど、すぐに声を上げて笑い出していた。それくらい、俺たちは必死に拒否していたんだろうなぁ。
試しに……なんて、そんな危険な行為を冒す事なんて出来る訳がない。
もしもその結果こちらに大きな損失でも出せば、こちらの準備が整うのは更に先となってしまうからな。
ただ、ある程度力がついたなら一度戦ってみるのも良いかも知れない。
ぶっつけ本番で全面戦争に突入すると言うのは、余りにもリスクが高過ぎる。
出来るだけ弱い個体をこちらへ引き入れて貰って、実際に俺たちが戦うのは必要な事だろうな。
「とにかく、今のあんた達じゃああっちの奴らには太刀打ち出来ないでしょうから、何か対策でも立てておく事ね。私らも出来るだけ頑張るから」
そうして、向こうの世界……「羅刹界」についての話はひとまず終わった。
情報としてはそれほど詳しいもんじゃあなかったけど、今の段階ではこれだけ聞ければ十分だ。
それよりも俺たちには、まずは試してみなければならない事があるからな。
「それじゃあ……」
「……ああ。聖霊ヴェリテ様。私にレベルの祝福をお与え下さい」
俺が切り出した内容を理解していたリリアは、そのまま話を引き継いでヴェリテ様にレベルの付与を懇願したんだ。
魔族にレベルの付与が可能となっても、それがどんな効果を及ぼすのかは未知数だからな。
「ああ、そうだったね。……ん。これで良いわ」
そして、魔王リリアにレベルが付与された。
いともあっさりと……特別な呪文や儀式が必要な訳でもなく。
ただヴェリテ様が僅かのあいだ目を瞑っただけで、魔王リリアにはレベルの奇跡が与えられていた。
「……どうだ、リリア? 何か、変わった感じはするのか?」
瞑目するリリアに、俺は静かに語りかけた。
レベルの奇跡の影響がどの様にリリアへと現れているのか分からない以上、畳み掛けるような質問は厳禁だからな。
「……ああ。……不思議な感じがする。これは……初めての感覚だ……」
ユックリと目を開けたリリアだが、未だに事態を把握しきれていないと言った風情で、まるで独り言のように呟いていた。
よく考えれば、俺たち人族がレベルの奇跡を授かるのは若い時分で、身体的能力も低い段階の時だ。
魔王リリアほど鍛え抜かれた後でレベルが与えられるなんて、俺ですら聞いた事が無いからなぁ。
恐らくだが、リリアのレベルは1だろう。これから経験を積めば、更に身体能力が向上される。
それでもレベル1になった事で、僅かながらに能力が上がっている筈だ。その違和感に戸惑っているのかも知れない。
今の彼女と戦ったら、俺が「勇敢の紋章」を使って全力で戦っても、わずかな間だけ互角に戦えるだろう……ってところか。
まぁ……もう2度とリリアと戦う事も無いだろうけどな。
「ヴェリテ様。レベルの付与をお願いしたい者が後1名……いえ、2名いるのですが、ここへ連れて来れば宜しいのでしょうか?」
魔王リリアの変化については、後で確認させてもらうとして……だ。
もしも魔族へのレベル付与に問題がなく効果的なら、今後はメニーナやパルネを始めとした他の魔族にもレベルを与える事を考えなきゃならない。
でもこの「スフェラ神山」にやって来るにはかなりの強さが必要だし、その都度俺たちが付いて来るってのも面倒くさい。
ここでなければレベルの加護を与えられないってんなら仕方が無いんだけど……。
「あぁ……。いや、今後はヴィス。あんたが取り仕切んな。私ゃ面倒くさいし忙しいからね」
俺の問いに、ヴェリテ様はすっごく煩わしそうにヴィス様へそう告げた。つまりは……丸投げだ。
「……はい、姉さま」
そしてヴィス様は、そんな不満を顔に出す事無く姉の指示に素直に従った。
まぁ、兄弟姉妹なんてのはこんなもんなのかもなぁ……。
「そ……それでは、今後はここではなくその……『テムブルム地方』にある『聖霊神殿』で行う事としますが……良いですか?」
そしてヴィス様は、ここではない違う場所を明示したんだ。
それを聞いた俺は、魔王リリアの方へと確認の視線を送った。
なんせ俺は、魔界全土の地名に詳しくないからな。そこがどんな場所なのか、ハッキリ言って分からないんだから良いも悪いも無い。
「……そこならば、問題ないだろう。秘境ではあるが、ここよりは余程安全に辿り着くことが出来る。ただ、その『聖霊神殿』なるものがまだあったかどうかは記憶にないんだが……」
なるほど、聖霊様はこれまで勇者にのみ語りかけて来た。
それこそ俺には聖霊アレティが、そしてリリアには闇の聖霊ヴィス様が直接現れて話しかけていたんだ。
わざわざそんな場所に行く事も無く、そんな場所があったと言う事さえリリアには初耳だったのかも知れないな。
でも、メニーナやパルネを始めとした魔族の者を連れていくには、かなり難易度が低い筈だ。
それに、ある程度の強さがなければレベルを付与してやるのは危険だろう。
魔族は羅刹族ほどではなくとも、強さを信条としている種族だ。
そんな者たちが安易にレベルなんて手に入れたら、それこそ魔界の秩序は崩れ、人界とのバランスもどうなる事か……。羅刹族と戦っている場合じゃあなくなっちまう。
「ここよりも到達するのに難易度が低いなら問題ないさ。それにレベルの付与をヴィス様が行ってくれるなら、邪な者に与える真似はしないだろうしな」
そう……。ヴィス様が直接レベル付与に携わってくれるなら、俺の考えは杞憂って事になる。
「それじゃあ、私は戻るからね。ちょうど暇潰しにはなったし、頻繁に呼ばれちゃあ鬱陶しいけど、たまになら相手にしてやるから」
それだけ言うと、聖霊ヴェリテ様はその場から消え去り、ヴィス様も一礼して同じく姿を隠した。
そして俺たちも、一先ずこの場にいる理由は無くなった事になる。
「それじゃあ、一度帰るか」
「うむ。そうだな」
俺がリリアに話しかけると、彼女は嬉しそうに頷いた。
本当は「聖霊の羽根」を使って帰るつもりだったんだけど……今回は歩いて帰った方が良さそうだなぁ。
そこには当然住人がいる訳だが、その者たちはとても俺たち「人」とは似ても似つかない存在らしい。
そりゃあ、ただ戦い続けるだけの世界に住む者たちなら、その容姿から思考まで完全に違っていて当然だよな。
「その者たち……仮に『羅刹族』と呼ぶとして、その者らとの会話は不可能なのでしょうか?」
魔王リリアが、如何にも平和的な質問を投げ掛けていた。
……と言っても、その件に関しては以前にもう答えを聞いているんだけどな。
「……無理だろうねぇ。そもそも、あの世界の住人同士ですら共通の言語を持っていないんだから。違う世界の人間じゃあ、意思の疎通さえ儘ならないでしょうね」
彼女の返答は、前に聖霊アレティと聖霊ヴィス様に聞いた通りのものだった。
会話など出来ず和解する事も出来ない。
3つの世界が1つに戻った際には、ただどちらかを滅ぼすだけの戦いが待っているって事だ。
「ただあの世界には、強い者に従うと言う暗黙の風潮があるみたいでねぇ。もしかすると、最も強い者を倒せばそれよりも弱い者を従える事が出来るかも知れないわね」
でも、流石は羅刹界を監視する聖霊様だ。先の話では考えられなかった他の方法を提示して来たんだからな。
強さが全ての世界なら、その世界で最強の者を倒せば確かにそれより下位の者を従える事が出来るだろうか。
とはいえ、その「最強の存在」を見つける手立ても無ければ、そいつと戦って勝てる算段も無い訳だけどな。
ただ、僅かに光明と言える情報も聞く事が出来た。
「しかしそんな世界だからねぇ……。繁殖力は極端に少ないし、人口は一向に増える様子はないわね。個体の強さは尋常ではないけれど、数が多くないのがあなた達には救いかしら」
個々の強さは俺たちを遥かに凌駕しているとして、その数が俺たちよりも遥かに少ないと言うのは朗報だ。
もしかすれば、その強さを数で圧倒出来る可能性があるからな。
しかし結果として戦う以外に手段はなく、それもそう遠くない未来の話だと言うのだから頭が痛くなるな。
「まだ、私の結界も当分は持ちそうなんだけど……。良かったら、何体かこちらへ送り込む事も出来るけど……どうする?」
「「お断りします!」」
俺とリリアは、声を揃えてヴェリテ様の提案を断った。
「……あっはははは!」
これには一瞬目を丸くした聖霊様だったけど、すぐに声を上げて笑い出していた。それくらい、俺たちは必死に拒否していたんだろうなぁ。
試しに……なんて、そんな危険な行為を冒す事なんて出来る訳がない。
もしもその結果こちらに大きな損失でも出せば、こちらの準備が整うのは更に先となってしまうからな。
ただ、ある程度力がついたなら一度戦ってみるのも良いかも知れない。
ぶっつけ本番で全面戦争に突入すると言うのは、余りにもリスクが高過ぎる。
出来るだけ弱い個体をこちらへ引き入れて貰って、実際に俺たちが戦うのは必要な事だろうな。
「とにかく、今のあんた達じゃああっちの奴らには太刀打ち出来ないでしょうから、何か対策でも立てておく事ね。私らも出来るだけ頑張るから」
そうして、向こうの世界……「羅刹界」についての話はひとまず終わった。
情報としてはそれほど詳しいもんじゃあなかったけど、今の段階ではこれだけ聞ければ十分だ。
それよりも俺たちには、まずは試してみなければならない事があるからな。
「それじゃあ……」
「……ああ。聖霊ヴェリテ様。私にレベルの祝福をお与え下さい」
俺が切り出した内容を理解していたリリアは、そのまま話を引き継いでヴェリテ様にレベルの付与を懇願したんだ。
魔族にレベルの付与が可能となっても、それがどんな効果を及ぼすのかは未知数だからな。
「ああ、そうだったね。……ん。これで良いわ」
そして、魔王リリアにレベルが付与された。
いともあっさりと……特別な呪文や儀式が必要な訳でもなく。
ただヴェリテ様が僅かのあいだ目を瞑っただけで、魔王リリアにはレベルの奇跡が与えられていた。
「……どうだ、リリア? 何か、変わった感じはするのか?」
瞑目するリリアに、俺は静かに語りかけた。
レベルの奇跡の影響がどの様にリリアへと現れているのか分からない以上、畳み掛けるような質問は厳禁だからな。
「……ああ。……不思議な感じがする。これは……初めての感覚だ……」
ユックリと目を開けたリリアだが、未だに事態を把握しきれていないと言った風情で、まるで独り言のように呟いていた。
よく考えれば、俺たち人族がレベルの奇跡を授かるのは若い時分で、身体的能力も低い段階の時だ。
魔王リリアほど鍛え抜かれた後でレベルが与えられるなんて、俺ですら聞いた事が無いからなぁ。
恐らくだが、リリアのレベルは1だろう。これから経験を積めば、更に身体能力が向上される。
それでもレベル1になった事で、僅かながらに能力が上がっている筈だ。その違和感に戸惑っているのかも知れない。
今の彼女と戦ったら、俺が「勇敢の紋章」を使って全力で戦っても、わずかな間だけ互角に戦えるだろう……ってところか。
まぁ……もう2度とリリアと戦う事も無いだろうけどな。
「ヴェリテ様。レベルの付与をお願いしたい者が後1名……いえ、2名いるのですが、ここへ連れて来れば宜しいのでしょうか?」
魔王リリアの変化については、後で確認させてもらうとして……だ。
もしも魔族へのレベル付与に問題がなく効果的なら、今後はメニーナやパルネを始めとした他の魔族にもレベルを与える事を考えなきゃならない。
でもこの「スフェラ神山」にやって来るにはかなりの強さが必要だし、その都度俺たちが付いて来るってのも面倒くさい。
ここでなければレベルの加護を与えられないってんなら仕方が無いんだけど……。
「あぁ……。いや、今後はヴィス。あんたが取り仕切んな。私ゃ面倒くさいし忙しいからね」
俺の問いに、ヴェリテ様はすっごく煩わしそうにヴィス様へそう告げた。つまりは……丸投げだ。
「……はい、姉さま」
そしてヴィス様は、そんな不満を顔に出す事無く姉の指示に素直に従った。
まぁ、兄弟姉妹なんてのはこんなもんなのかもなぁ……。
「そ……それでは、今後はここではなくその……『テムブルム地方』にある『聖霊神殿』で行う事としますが……良いですか?」
そしてヴィス様は、ここではない違う場所を明示したんだ。
それを聞いた俺は、魔王リリアの方へと確認の視線を送った。
なんせ俺は、魔界全土の地名に詳しくないからな。そこがどんな場所なのか、ハッキリ言って分からないんだから良いも悪いも無い。
「……そこならば、問題ないだろう。秘境ではあるが、ここよりは余程安全に辿り着くことが出来る。ただ、その『聖霊神殿』なるものがまだあったかどうかは記憶にないんだが……」
なるほど、聖霊様はこれまで勇者にのみ語りかけて来た。
それこそ俺には聖霊アレティが、そしてリリアには闇の聖霊ヴィス様が直接現れて話しかけていたんだ。
わざわざそんな場所に行く事も無く、そんな場所があったと言う事さえリリアには初耳だったのかも知れないな。
でも、メニーナやパルネを始めとした魔族の者を連れていくには、かなり難易度が低い筈だ。
それに、ある程度の強さがなければレベルを付与してやるのは危険だろう。
魔族は羅刹族ほどではなくとも、強さを信条としている種族だ。
そんな者たちが安易にレベルなんて手に入れたら、それこそ魔界の秩序は崩れ、人界とのバランスもどうなる事か……。羅刹族と戦っている場合じゃあなくなっちまう。
「ここよりも到達するのに難易度が低いなら問題ないさ。それにレベルの付与をヴィス様が行ってくれるなら、邪な者に与える真似はしないだろうしな」
そう……。ヴィス様が直接レベル付与に携わってくれるなら、俺の考えは杞憂って事になる。
「それじゃあ、私は戻るからね。ちょうど暇潰しにはなったし、頻繁に呼ばれちゃあ鬱陶しいけど、たまになら相手にしてやるから」
それだけ言うと、聖霊ヴェリテ様はその場から消え去り、ヴィス様も一礼して同じく姿を隠した。
そして俺たちも、一先ずこの場にいる理由は無くなった事になる。
「それじゃあ、一度帰るか」
「うむ。そうだな」
俺がリリアに話しかけると、彼女は嬉しそうに頷いた。
本当は「聖霊の羽根」を使って帰るつもりだったんだけど……今回は歩いて帰った方が良さそうだなぁ。
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