ナッツに恋するナツの虫

珈琲きの子

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記憶のない怖さ

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「おおおおまああえええなぁああああ!!!」

 ドスの利いた声で「そこで待ってろ」とスマホ越しに宣戦布告し、五分もしない内にドカドカと戸を叩き、開けた途端に俺に掴みかからんと部屋に入ってきた勇士は俺の脳天に鉄拳を浴びせた。

「~~たっ!」
「どれだけ心配したか……!」
「ご、ごめ、」
「ごめんもくそもあるか! 三日も四日も授業に来ないかと思えば、栗栖からおまえがあの日の帰りに事故ったって聞かされた俺の身にもなってみろ!」
「え、ええ?」
「え? じゃねぇ! マジどういうことだ!」
「ま、待ってって、じ、事故? 事故ってなに、」

 俺の混乱が勇士に伝わったのか、鼻息荒く俺を睨んでいた勇士の肩から徐々に力が抜け、ふーと色んな感情がこもった溜息を吐き出した。

「聞いてないのか?」
「……はい、聞いてません。栗栖なんも教えてくれないし」
「あの日、おまえ怪我だらけで栗栖の家に行ったらしい。階段で落ちたのか、誰かに絡まれたのかは分からなかったらしいけど。それで栗栖が保護したって」
「お、俺が? 栗栖の家に……?」

 自分の体についてる痣の理由が何となくわかった気がした。全く記憶がないけど、とにかく怪我して、何となく栗栖の家に行きたくなって行ったってことか……。
 ヤバい。酔っ払った俺が本心に忠実過ぎて困る。看病してもらえるとかなんとか思ったのかもしれない。俺のバカヤロウ! そう言うのはもっと意識のある時にしろよ!

「で、今の今までスマホの電源切って、栗栖とヤってたのか! 俺の心配を余所に!」
「え、なんで……あ……」

 勇士の視線をたどり自分の襟元を見れば、そこにはあの行為を匂わせる鬱血痕。栗栖に愛撫されてる時は頭の中身がどこかに飛んで行ってて、何されても甘んじて受け入れてしまうせいで、痕もつけられっぱなしだったようだ。多分、首回りが一番多い気がする。結構ガジガジされた記憶があるし……。
 その記憶にちょっとうっとりしながらその痕を撫でてると、またもや鉄拳が飛んできた。

「おまえなぁ!!」
「不可抗力! 不可抗力だって! イケメンアルファ栗栖サマの性欲をなめるなよ! くたくたのへろへろなのに突っ込まれる俺だって大変なんだからな!」
「知るか! おまえらの性事情なんて聞きたくもない!」
「俺だって言いたかない! おまえが先に栗栖とヤってたって言ったんだろ!」
「心配して飛んで来たってのに、さっき付けたって丸わかりの痕見せられたら怒りたくもなるだろ!」

 売り言葉に買い言葉。
 全く支離滅裂な言葉の応酬を繰り返し、ゼイゼイとお互い息を切らす。
 
「くそっ」

 ネックブリッカードロップよろしくベッドに押し倒され、「ぐえ」と蛙の鳴き声のような声が喉から洩れた。ギブギブと俺の首を絞める勇士の腕を叩くが、勇士は無言のままじっとしていた。

「勇士?」
「……なぁ……体、もう大丈夫なんだよな?」
「え……うん……元気、いっぱいです」
「ならいい」
「……ごめん勇士。その、ありがと」
「おうよ。その代わり、当分俺と行動を共にすること」
「なにそれ。菜緒子ちゃんは?」
「家族と海外旅行中」
「ぶっ……なんだよ勇士、ただ寂しいだけなんじゃん」
「うっせぇよ」
「わかったって。寂しがり屋の勇士君のためにこの那月、一肌脱ぎましょう——ぃてっ!」
「茶化すな!」

 勇士がまた脳天を小突いてくるものだから、背中をバシバシ叩いてやる。勇士が優しすぎて目からなんか出たけど、たぶん汗だ。それを誤魔化すために俺はもう一度バシバシと勇士の背中を叩いた。
 


「出欠の返事はしといたから、後はレポート次第だ。ま、頑張れ」
「ありがとうございますありがとうございます」

 俺は机に額を擦りつけながら、勇士の優等生過ぎるノートのコピーを有難く受け取った。
 
「何してんの? あれ、辻井だー。久しぶりに見た気がするー」

 机に突っ伏している俺を指さして笑ったのは水谷。オメガであり、かなり美人。なんだけど、性格がなんていうか軽い。

「うっせ。サボってたわけじゃないし」
「勇士を彼女に取られてショック受けて非行に走ったって聞いたけど違ったんだ?」
「はぁ? なんでそんな話に」
「なんかクラブで結構ヤバい奴らと一緒にいるの見かけたって子がいたからさぁ。ま、そんな胆据わってるように見えないし嘘に決まってるよね~」

 水谷がケタケタと笑いながら、俺をごく自然に貶してくる。水谷はこういうやつだ。でも、外面はこんなだけど、中身が全然違うって百も承知。
 既にアルファの婚約者がいるらしいけど、オメガ向けの学校じゃなくわざわざこの大学に来てる水谷は、ボーっと生きてる俺なんかより成績がいいし、半端じゃなく努力家。護身のために武道も習ってたって言うから、オメガとして扱われるのに辟易してるのかもしれない。だとしてもだ、

「ケンカ売ってんのか!」
「えー、売るわけないじゃん。辻井とか怒らせても怖くないしー」
「なにを~!! ――ぐえっ」

 その水谷は後ろから俺の首に腕を回して締めながら全体重を掛けてくる。

「ほらほら弱っちぃ」
「ぅ、まじ、くるし……」
「おまえら何してるんだよ。食堂混むから早く行くぞー」
「ゆーじぃー」

 助けを求めて手を伸ばすけど、勇士は呆れた顔をしたまま先に歩いて行ってしまう。流石に緩めてくれてもいいのにと水谷の腕を叩くと、水谷は「そのままで聞いて」と俺の耳元で囁いた。

「う、うん?」
「絶対一人になるな。勇士といれるなら家まで送ってもらうようにして。勇士いない時は僕がいるようにするから」
「どういう意味だよ……」
「オメガのグループに目をつけられてる。だから大人しく言うこと聞いて」
「えっと……俺さっぱり何が何だか」
「栗栖と最近よく一緒にいるでしょ。理解しなくていいから、言うことだけ聞いて」
 
 栗栖。
 その名前を出されて俺は黙るしかなかった。
 アルファである栗栖はオメガを魅了してやまないんだろう。そこについて回る平凡なベータな俺。振り回されてるのは俺の方だけど、そんなことどうでもいいってことは分かる。俺はただ邪魔者ってことだ。
 ふと、先日酔っ払った時に遭ったという事故が脳裏を掠めた。もしかして、あの怪我、オメガにやられた……?
  
「……わかった」

 そう答えるしかなかった。
 もし、俺の予想が当たっているのなら、既に水谷が言ったことは起こってしまったことになる。今更ながら自分の身に何が起こったのか自分自身が知らないことに恐怖を抱いた。
  
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