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4巻【一】

5 ミニチュアシベリアンハスキーのマスクの横顔

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ミニチュアシベリアンハスキーのマスクの横顔を想像しながら山宮のアイコンをタップする。するとすぐに「はい」と山宮の声がした。

「あ、山宮? 折原だけど。今電話して大丈夫だった?」

 すると山宮はごく普通に「大丈夫だけど」と返してきた。その声が皆に聞こえているらしく、女子たちが朔也をじっと見ている。朔也は言葉を選んでスマホの向こうに話しかけた。

「ちょっと相談ごと。ここにいる書道部員の代表として山宮に聞きたいことがあってさ」

 周りに書道部がいるぞと強調すると、向こうも察したのか「それで?」と短い返答がくる。すると、中村がこちらに手を差し出してきた。その緊張した顔を見ながら「中村に代わるね」と断る。朔也はさっとハンカチで表面を拭いて中村に渡し、スマホを受け取った中村が「あの、中村です」とスマホをぎゅっと掴んだ。

「突然ごめんね。部活の相談なの。ちょっと話せないかな? まだ学校にいる? 時間をとってもらえると助かるんだけど」
『学校にいる。今でもいいけど』

 スマホの向こうから淡々とした山宮の声が聞こえた。

『俺が書道室に行ったほうがいい感じ?』
「えっと、他の部員に聞かれたくない話だから、別の場所だと嬉しい」
『じゃあ教室で』
「ありがとう。今行くね」

 通話が切れると中村がほっとした顔をして水色のタオルハンカチを取り出した。丁寧にスマホを拭く中村に今井がにっこりする。

「中村ちゃん、山宮君って優しいよ。ちょっと話しかけにくそうな感じには見えるけど」
「そうなの? あんまり女子と話してるところを見たことがないから緊張しちゃった」
「大丈夫。借り物競走で山宮を怒らせたおれが一緒に行くからさ」

 朔也が言葉を添えると、皆が一転してあははと笑った。

「うーん、逆効果だったりして?」
「でも、今の電話の口調は普通な感じだったね。もう怒ってないかも」

 中村が笑顔でスマホを返してきて、持っていた国語の教科書を抱えて「じゃあ朔行こう」と言った。その場でジュースを飲み干し、紙パックをゴミ箱に捨てる。ジュースを飲む三人を残し、持っていた鞄を肩にかけて二人で教室に向かう。

 山宮は先に教室に来ていた。自席で頬杖をついて外を見ており、二人分の上履きの音にこちらを見た。カーテンの開いた窓の外の枝葉をバッグに背負った、黒髪マスクの山宮。白い長袖シャツを着た背筋はまっすぐ伸びていて、ぴんと張った半紙のような清潔感が漂っている。

「山宮君、ごめんね。いきなり呼び出しちゃって」

 中村が山宮の前の席の椅子を九十度動かし、横向きで座る。朔也は黙って山宮の隣の席に腰を下ろした。

「別にいいけど。それで?」

 山宮が中村と朔也に目線を行ったり来たりさせる。早く本題に入れと言わんばかりの言い方に、中村が少し緊張して背筋を伸ばしたのが分かった。

「あのね、お願いがあって。断ってくれていいことなんだけど」

 中村がそこで教科書を出して山月記のところを開いた。髪を片耳にかける。

「今書道部は、パフォーマンス甲子園っていう書道パフォーマンスの大会を目指して練習を始めるところなの。題材を前期に習った山月記に決めたんだけど、一年生はまだ習ってないでしょ。だから、二年生が中心になって授業のように勉強しようと思ってる。だけど、文章が上手く読めなくて困ってるの。特徴的な文体で、難しい読み方の語句が多いから。山宮君、文化祭のナレーションがすごかった。三月の卒業式パフォーマンスのときも、書道部の原稿を代読してくれたのって山宮君だったよね?」

 ちらっと山宮がこちらを見てきたので、「そのときに書道部に音源を返しに来てくれただろ」とすっとぼける。すると山宮は中村に目線を戻して、「そうだけど」と答えた。ほっとしたように中村が続ける。

「山宮君、文章を読むのが上手いよね? もしかしたら国語の先生みたいに読めるんじゃないかと思って」

 中村が息を吸って身を乗り出した。

「よかったら、部員の前で山月記を読んでくれない? 音源も探したけど、目の前で誰かが読むことが大事なんじゃないかと思う。一年生にちゃんと読んで聞かせたいの。でも、練習も必要だろうし、山宮君にメリットのある話じゃないから、無理にとは言わない。断ってくれても構わないから」

 ちらりと中村がこちらを見たので朔也も言葉を重ねた。

「今井が読んでくれようとしたんだけど、上手くいかないって悩んでて」
「私が山宮君にお願いしたらどうかなって言い出したの」

 すると山宮は表情を変えずに「教科書を貸して」と言った。中村が緊張した手つきでそちらへくるりと向きを変える。山宮は黙って山月記を目で読み出した。上下へと瞳が動き、右手でぺらりとページを捲る音が大きく聞こえる。朔也は中村と一緒にその様子を見守った。
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