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4巻【一】
6 朗読したい? 音読がしたい?
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ごおっと風が木を揺らし、一枚の葉が飛んでいくのが見えた。校庭のほうから部活をやっているような大きな音は聞こえなかったが、校舎内を反響して誰かが話している声は聞こえる。明日は代休だ。もしかしたらまだ文化祭の興奮でお喋りをしている生徒がいるのかもしれない。どこからかチッチッと小さな音がすると思ったら、中村の腕時計だった。その手が紺色のひだのスカートをぎゅっと握っている。
朔也は教科書を読む山宮を見つめた。前髪とマスクの間にあるアーモンド型の目が上下に動き、それに合わせて黒い睫毛も動く。泣きぼくろがこちらに向いたその動きは真剣で、しわぶきひとつ挟んではいけない気がした。
山宮は途中目を止めて少し考えるようにした。だが、すぐに読み進めて最後まで読み切る。ちらりと時計を見ると、二十分が経過していた。ふうとマスクの中に吐く息の音が聞こえる。そしてすぐに目線をあげて中村を見た。
「朗読したい? それとも音読がしたい?」
唐突な問いに中村がちょっと驚いたように首を振る。
「音読はなんとなくイメージがつくけど、二つの違いは分からない。なにが違うの?」
「音読は発音をするイメージ。声に出して正確に読むっていう感じで、誰かが聞いているとかは意識してない」
「じゃあ、朗読かな? 物語が伝わるようにしてほしいの」
すると山宮がようやく顔に感情を宿らせた。「うーん」と眉根を寄せて頭を掻き、足を少し前へ出して足首のところで交差させる。
「朗読って、聞き手の想像の余地を残すために淡々と読む場合があるんだよ。それが正解じゃないってときもあるけど」
「それって、聞いている人の想像にお任せってこと?」
中村は困ったように「ううん」と唸り、青のスカーフの前で腕組みをした。
「一年生たちは本文の内容も理解していない状態なんだよね。国語の授業としてはまっさらなほうがいいと思うんだけど、今回は読むことで内容を理解する下地を作りたいっていうのが私の希望なの。なんて言うのかな、場面が目の前に浮かぶような感じ。空気感を出したいの」
すると山宮が考えるように首を傾げつつ、教科書をぱらぱらと捲った。
「中村がイメージしてんのって、感情を込めた読み方じゃね? この話のイメージを補えるような雰囲気にしろってことだろ? 文化祭のときに元気な部分と事件の部分とで読み方を変えたように、この話の内容に合わせた読み方をしてえんだよな?」
「それ! 今年、書道部はパフォーマンス甲子園に予選落ちしちゃって、毎年出場している大会に行けなかったの。それで、二年生は一流の詩を生み出せなかった主人公の李徴の悲しみに共感してるのね。一年生にもそれを伝えて、次の大会を目指したいの」
すると山宮は「なるほど」と教科書をぱたんと閉じた。そしてポケットからスマホを取り出す。なにかのアプリを開くように画面をタップして言った。
「いつ?」
「えっ?」
「いつまでに読めるようにしときゃいい?」
「えっ読んでくれるの?」
「ああ」
そこで山宮がにっと目を細めて中村を見た。
「読むのが上手いなんて褒められたから図に乗ることにしたわ。やる」
「ホント⁉ ありがとう!」
中村が驚きと喜びに声をあげた。興奮をそのままに自分のスマホのスケジュールアプリを開いて確認する。
「えっとね、この日が先輩の引退式で、山月記をやるって発表する。そこで山月記の本を一年生にも渡して、一通り読んできてって伝える。次の本格的な部活は試験明けの月曜日。ここから勉強を始める。だから、試験明けの月曜日以降、都合のいいときで」
「月曜日がベストだろ」
山宮は即答した。
「その日から勉強をやるなら、その日に読むべきじゃね。国語の授業でもそうだろ。勉強を始める前に読む」
「でも月曜日だよ? 試験後すぐだよ?」
中村がスマホのスケジュールアプリと山宮の顔に視線を行ったり来たりさせた。
「試験勉強だってあるでしょ? 山宮君の邪魔はしたくないんだけど」
山宮は椅子の背に片腕を置き、座り直してから平然と言った。
「試験後の午後と土日があるだろ。そこで練習するわ」
山宮が少し息をつく。
「求められてるものを提供できるか分かんねえけど、ベストは尽くすわ」
その台詞に中村が安堵の表情を浮かべた。
「ごめんね、書道部のわがままで力を借りることになって」
「いろんな立場で協力することでできることもあんじゃね。うちのクラス、そうやって脱出ゲームで二位をとったばっかりだしな」
山宮がそう言って黒板の上に飾ってある賞状を指さしたので、中村が「そうだね!」と朗らかに同意した。中村が山宮にクラスメイトとしての近さを感じたようだ。笑みを浮かべて続ける。
「優勝できなくて悔しかったけど、準優勝でも嬉しかったし楽しかったよね。ロミオとジュリエットの題材もよかったな」
「体育祭ではクラスもいろいろあったし、それを含めて努力が報われたって感じだわ。中村のジュリエットもよかったんじゃね」
「でも、ジュリエットって最初に眠らされちゃうから、出番は一番短かったし」
「最初ってインパクトが必要じゃね。あれは重要な役割だと思うわ」
最初の淡々とした山宮の様子に緊張していた中村の背から力が抜ける。
「山見君、ホントにありがとう。じゃあ私たち、書道部に山宮君が読んでくれるって伝えてくる! 時間をとらせちゃってごめんね!」
中村が立つのに合わせ、朔也も「ありがとう」と席を立った。椅子を元の位置に戻す。じゃあと手をあげた中村に、山宮も「ん」と手をあげ返した。興奮気味の中村と教室を出て、「あ」と声をあげる。
「ちょっと待って、山宮に一個確認」
朔也は教科書を読む山宮を見つめた。前髪とマスクの間にあるアーモンド型の目が上下に動き、それに合わせて黒い睫毛も動く。泣きぼくろがこちらに向いたその動きは真剣で、しわぶきひとつ挟んではいけない気がした。
山宮は途中目を止めて少し考えるようにした。だが、すぐに読み進めて最後まで読み切る。ちらりと時計を見ると、二十分が経過していた。ふうとマスクの中に吐く息の音が聞こえる。そしてすぐに目線をあげて中村を見た。
「朗読したい? それとも音読がしたい?」
唐突な問いに中村がちょっと驚いたように首を振る。
「音読はなんとなくイメージがつくけど、二つの違いは分からない。なにが違うの?」
「音読は発音をするイメージ。声に出して正確に読むっていう感じで、誰かが聞いているとかは意識してない」
「じゃあ、朗読かな? 物語が伝わるようにしてほしいの」
すると山宮がようやく顔に感情を宿らせた。「うーん」と眉根を寄せて頭を掻き、足を少し前へ出して足首のところで交差させる。
「朗読って、聞き手の想像の余地を残すために淡々と読む場合があるんだよ。それが正解じゃないってときもあるけど」
「それって、聞いている人の想像にお任せってこと?」
中村は困ったように「ううん」と唸り、青のスカーフの前で腕組みをした。
「一年生たちは本文の内容も理解していない状態なんだよね。国語の授業としてはまっさらなほうがいいと思うんだけど、今回は読むことで内容を理解する下地を作りたいっていうのが私の希望なの。なんて言うのかな、場面が目の前に浮かぶような感じ。空気感を出したいの」
すると山宮が考えるように首を傾げつつ、教科書をぱらぱらと捲った。
「中村がイメージしてんのって、感情を込めた読み方じゃね? この話のイメージを補えるような雰囲気にしろってことだろ? 文化祭のときに元気な部分と事件の部分とで読み方を変えたように、この話の内容に合わせた読み方をしてえんだよな?」
「それ! 今年、書道部はパフォーマンス甲子園に予選落ちしちゃって、毎年出場している大会に行けなかったの。それで、二年生は一流の詩を生み出せなかった主人公の李徴の悲しみに共感してるのね。一年生にもそれを伝えて、次の大会を目指したいの」
すると山宮は「なるほど」と教科書をぱたんと閉じた。そしてポケットからスマホを取り出す。なにかのアプリを開くように画面をタップして言った。
「いつ?」
「えっ?」
「いつまでに読めるようにしときゃいい?」
「えっ読んでくれるの?」
「ああ」
そこで山宮がにっと目を細めて中村を見た。
「読むのが上手いなんて褒められたから図に乗ることにしたわ。やる」
「ホント⁉ ありがとう!」
中村が驚きと喜びに声をあげた。興奮をそのままに自分のスマホのスケジュールアプリを開いて確認する。
「えっとね、この日が先輩の引退式で、山月記をやるって発表する。そこで山月記の本を一年生にも渡して、一通り読んできてって伝える。次の本格的な部活は試験明けの月曜日。ここから勉強を始める。だから、試験明けの月曜日以降、都合のいいときで」
「月曜日がベストだろ」
山宮は即答した。
「その日から勉強をやるなら、その日に読むべきじゃね。国語の授業でもそうだろ。勉強を始める前に読む」
「でも月曜日だよ? 試験後すぐだよ?」
中村がスマホのスケジュールアプリと山宮の顔に視線を行ったり来たりさせた。
「試験勉強だってあるでしょ? 山宮君の邪魔はしたくないんだけど」
山宮は椅子の背に片腕を置き、座り直してから平然と言った。
「試験後の午後と土日があるだろ。そこで練習するわ」
山宮が少し息をつく。
「求められてるものを提供できるか分かんねえけど、ベストは尽くすわ」
その台詞に中村が安堵の表情を浮かべた。
「ごめんね、書道部のわがままで力を借りることになって」
「いろんな立場で協力することでできることもあんじゃね。うちのクラス、そうやって脱出ゲームで二位をとったばっかりだしな」
山宮がそう言って黒板の上に飾ってある賞状を指さしたので、中村が「そうだね!」と朗らかに同意した。中村が山宮にクラスメイトとしての近さを感じたようだ。笑みを浮かべて続ける。
「優勝できなくて悔しかったけど、準優勝でも嬉しかったし楽しかったよね。ロミオとジュリエットの題材もよかったな」
「体育祭ではクラスもいろいろあったし、それを含めて努力が報われたって感じだわ。中村のジュリエットもよかったんじゃね」
「でも、ジュリエットって最初に眠らされちゃうから、出番は一番短かったし」
「最初ってインパクトが必要じゃね。あれは重要な役割だと思うわ」
最初の淡々とした山宮の様子に緊張していた中村の背から力が抜ける。
「山見君、ホントにありがとう。じゃあ私たち、書道部に山宮君が読んでくれるって伝えてくる! 時間をとらせちゃってごめんね!」
中村が立つのに合わせ、朔也も「ありがとう」と席を立った。椅子を元の位置に戻す。じゃあと手をあげた中村に、山宮も「ん」と手をあげ返した。興奮気味の中村と教室を出て、「あ」と声をあげる。
「ちょっと待って、山宮に一個確認」
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