殺戮王から逃げられない

知見夜空

文字の大きさ
22 / 33
最終話・死んだくらいじゃ逃げられない

再びまみえるその日まで

しおりを挟む
 冥界にはナンデの見える範囲以外にも、無数の死者たちが居た。穢れ無き人々に強制的に留められていた罪人たちは、怪物たちに襲われているように見えて、実際は魂を抜かれて転生の門に投げ込まれた。しかし罪人たちを裁くために、自らの意志でこの場に留まっていた穢れ無き人々は、化け物たちの餌食になり、魂を食われて消滅した。

 冥界の猟犬に手足を食われて、頭と胴だけになったケダカは

「どうして? 私たちにはなんの非も無いのに、なぜこんな目に?」
「なんの根拠があって、なんの非も無いと言う?」

 自分を見下ろすドーエスの問いに、ケダカは涙目で

「だって私たちは実際に、他の死者たちと違って魂に一点のシミも……!」
「霊体についたシミは罪の意識だ。過去の過ちに対して自分が悪いのではないかと疑い責める心。それが無いからと言って罪が無いとは限らない。お前たちがこの場で正義や善のためだと、他の死霊たちをいたぶっていたようにな」

 ドーエスに無自覚の悪意を指摘されたケダカは、

「個人的な復讐や楽しみでやっていたわけじゃないわ! あくまで私たちは、みんなが平和に暮らしていくために!」
「仮にそれが本心でも、善人であれば死や災難を免れるわけじゃない。お前の死因はただ1つ。再び私の前に現れたことだ」
「あああっ!」

 ドーエスはケダカの魂を抜き出して握り潰した。ナンデを祟るなという警告を無視し、復讐のために留まった自分自身の選択によって、ケダカは今度こそ消滅した。

 ドーエスに2回も殺されたケダカに、ナンデは複雑な感情を抱いた。しかし自分のせいでと反省する間もなく、ドーエスと2人きりで冥界に取り残されたのに気付き、

「わわわ、私も殺すのですか?」
「殺すも何も、そなたはすでに死んでいる」

 面白そうに自分を見るドーエスにナンデは

「でもケダカにしたみたいに魂をグシャって……」
「何度も言っているだろう? そなたが私への恐怖を忘れぬ限りは殺さぬと」

 ドーエスは尻もちをついたままのナンデの腕を取り、立ち上がらせると

「私はただ愛しい妻を追って来ただけだ。私はまだそなたの恐怖と悲鳴を味わい足りぬのでな」

 もう十分味わったと思いますけど~!? という言葉をナンデは飲み込んだ。もう十分なんて自分から言ったら「では、死ね」と殺して来るのがドーエスだからだ。

 妻を取り戻したドーエスは、機嫌よさそうにナンデを抱きしめて頭や顔にキスをした。ナンデは意味が分からなくて、夫の腕の中で震えた。

 ナンデと戯れて満足したドーエスは

「さて掃除も終わったし、私たちも引き上げるとするか」
「ひ、引き上げるってどちらへ?」
「転生の門を通り地上へ戻る。また新しい肉の器を得てな」
「ど、ドーエス様も転生なさるんですか? でも冥界の主なのでは?」

 正直ナンデは頼むからドーエスは冥界に留まって、自分だけ転生させて欲しいと思った。冥界の主らしいドーエスが、人間として地上に居たのはたまたまであることを願ったのだが

「空っぽの冥界に留まって何をする? 死者の掃除なら、先ほどのように数十年に一度で事足りる」

 そもそもドーエスは、冥界の主を自認しているわけでもない。地上にあっては生者を殺し、冥界にあっては亡者を殺す。それを気が遠くなるほど昔から、飽きずに繰り返している生粋の殺戮者だ。

 ただしドーエスの行いは地上では増えすぎた人間を、冥界では増えすぎた魂を間引くことで、自然界のバランスを保つ役割を果たしている。しかしそこに職業意識はなく、台風や地震などのように、そのものの自然な動きが、世界にとって必要な役割を果たしているだけ。

 だからドーエスには、やはり世のため人のためと言う意識は無い。気候や動物のように定められた本能のまま生きているだけなので、神だの冥界の主だの名乗るつもりは無かった。

 今も空っぽの冥界に留まっても暇なので、殺戮の対象を求めて転生しようとしているだけだ。

「転生したら、ドーエス様と私はどうなるのでしょうか……?」

 ナンデは言外に「これからは別々の道を歩む」という解答を求めたが、

「ナンデ、左手を出せ」

 ドーエスはナンデの薬指に触れた。生前は指輪が嵌まっていたが、今は霊体なので何も無い。しかし次にナンデが見た時には

「こ、この黒い糸は……?」

 ナンデの薬指には黒い糸が巻かれ、それはドーエスの薬指に繋がっていた。ドーエスはナンデの指に巻かれた黒い糸にキスすると

「私が再びそなたを見つけるための印だ」
「なんでぇぇ!? なぜ死後も私を脅かすのですか!?」

 ドーエスはニヤニヤとナンデの髪を撫でながら

「前にも言っただろう? そなたがいちばんいい声で啼くからだ。それに私はまだ自分の手で、そなたを殺めていないからな。勝ち逃げは許さぬ」
「アイオアアア……」

 ナンデは絶望の表情で打ち震えた。自分は死後どころか来世までドーエスに狙われ続けるらしい。

 もはやドーエスから逃れるには魂の消滅しか無かったが、完全にこの世から消え去って生まれ変わることもできないなんて大きすぎる決断そうそうできない。

「では、またな。ナンデ。再びまみえるまで束の間の安寧を味わうといい」

 ドーエスはナンデの背を押して転生の門を通らせると、自らも次の世へと進んだ。今度の転生には待ち人があることを楽しみにしながら。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悲報!地味系令嬢、学園一のモテ男に「嘘の告白」をされる。

恋せよ恋
恋愛
「君のひたむきさに心打たれた」 学園の王子様、マーロン侯爵令息から突然の告白。 けれどそれは、退屈な優等生である彼が仕掛けた「罰ゲーム」だった。 ターゲットにされたのは、地味で貧乏な子爵令嬢・サブリナ。 彼女は震える声で告白を受け入れるが――眼鏡の奥の瞳は、冷徹に利益を計算していた。 (侯爵家の独占契約……手に入れたも同然だわ!) 実は、サブリナの正体は王都で話題の「エアハート商会」を率いる敏腕マネージャー。 「嘘の告白」をした男と、「嘘の快諾」をした女。 互いに利用し合うつもりが、いつの間にか本気に……? お互いの本性を隠したまま進む、腹黒×腹黒の騙し合いラブコメディ! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ
恋愛
「その医療は、本当に正しいと言えますか?」 医療体制への疑問を口にしたことで、 公爵令嬢ミーシャ・ゲートは、 医会の頂点に立つ婚約者ウッド・マウント公爵から 一方的に婚約を破棄される。 ――素人の戯言。 ――体制批判は不敬。 そう断じられ、 “医療を否定した危険な令嬢”として社交界からも排斥されたミーシャは、 それでも引かなかった。 ならば私は、正しい医療を制度として作る。 一方その頃、国営薬局に現れた謎の新人薬師・ギ・メイ。 彼女は転生者であり、前世の知識を持つ薬師だった。 画一的な万能薬が当然とされる現場で、 彼女は処方箋に書かれたわずかな情報から、 最適な調剤を次々と生み出していく。 「決められた万能薬を使わず、  問題が起きたら、どうするつもりだ?」 そう問われても、彼女は即答する。 「私、失敗しませんから」 (……一度言ってみたかったのよね。このドラマの台詞) 結果は明らかだった。 患者は回復し、評判は広がる。 だが―― 制度は、個人の“正 制度を変えようとする令嬢。 現場で結果を出し続ける薬師。 医師、薬局、医会、王宮。 それぞれの立場と正義が衝突する中、 医療改革はやがて「裁き」の局面へと進んでいく。 これは、 転生者の知識で無双するだけでは終わらない医療改革ファンタジー。 正しさとは何か。 責任は誰が負うべきか。 最後に裁かれるのは―― 人か、制度か。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

処理中です...