殺戮王から逃げられない

知見夜空

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最終話・死んだくらいじゃ逃げられない

冥界の主と地獄絵図

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 しかし剣が振り下ろされる直前。

 ウォォオオン!

 ケダモノの遠吠えに加え、灰色の木々が不気味にざわめき、鳥たちがバサバサと飛び立つ音がした。

「な、なんだ!?」

 常に無い異様な物音に、冥界の住人たちは一様に動揺した。それからすぐに

「うわああっ!? なんだ、あれは!?」

 赤黒い肉を剥き出しにした犬や、鋭利なくちばしと爪を持つ怪鳥や、意志を持ったように枝を動かす木々が、罪人たちを次々に襲う。倒れ伏した幽体の胸から不気味な猿たちが魂を抜き取る。

 この世の終わりのような光景を前に穢れ無き人々は

「おお、見ろ。攻撃されているのは罪のシミのある者たちだけだ」
「やはり私たちは神に認められた正しき心の持ち主なのだ!」

 阿鼻叫喚の罪人たちを眺めながら、歓喜の笑みを浮かべると

「私たちではいくら攻撃しても罪人の魂を壊し、消し去ることはできませんでした。ですから、きっと私たちの代わりに冥界を司る神が、罪人たちが生まれ変われないように消し去ってくれたのでしょう」
「それがいい。罪人はやはり罪人だ。罪なき魂とともに地上に戻るべきではない」

 これが冥界の神による正当な裁きだと納得する横で

「ナンデぇぇ!」
「いやああっ、お父様ぁぁ!」

 ケネンは怪鳥にバッサバッサと攫われた。ナンデはケネンに先ほど見捨てられたが、そんな裏切りが吹き飛ぶほどショッキングな光景に思わず叫んだ。

 穢れ無き人々さえ目の前の地獄絵図に圧倒されて、ナンデの処刑など忘れていたが

「人の心配よりも、ご自分の心配をしたほうがいいですよ」

 当事者のケダカだけは、ナンデへの恨みを忘れることなく

「姉上を害する権利があるのは、被害者である私だけです。冥界の怪物に食われる前に、一太刀だけでも受けてもらいます」
「いやああっ、お願い! やめてぇぇ!」

 剣を構えたケダカが迫るが、まるで悪夢の中を走るようにナンデの足は動かない。しかし次の瞬間

「ぎゃああっ!?」

 絶叫したのはナンデではなくケダカだった。罪人たちを襲っていた冥界の猟犬が、ケダカの太ももに噛みついたのだった。

「な、なんで神のしもべがケダカを襲うんだ? ケダカは穢れ無き者なのに」

 困惑する穢れ無き人々の後ろから

「穢れの無い人間など居るものか」
「えっ?」

 聞こえるはずのない声に目を凝らすと、闇の中から現れるように

「なんでぇぇ!? どうしてドーエス様がここに!?」

 ナンデの反応にドーエスはニヤニヤしながら

「夫婦は一心同体だろう? 古来から妻が冥界に行けば、夫はその後を追うものだ。死んだくらいで私から逃れられると思うな」
「あ、ああ……」

 冥界には死者以外は来られない。だから流石のドーエスにも追って来られないだろうと高をくくっていたが、彼は自分の命を絶ってまでナンデを追って来た。なんて執念深さだと、ついに死んでもドーエスから逃げられなかったナンデは発狂しそうになった。

 ドーエスの登場に穢れ無き人々もざわついて

「殺戮王・ドーエスだ!」
「ま、また殺される!」

 転生の門に向かって走り出そうとしたが

「落ち着いて! 我々には神のご加護がついている! いくらドーエスと言えど、神の裁きからは逃れられません!」

 穢れ無き人々のリーダー格が声をあげると

「そ、そうだ! お前も神のしもべたちに食われてしまえ!」

 ここではドーエスも裁きを待つ罪人の1人でしか無いと、途端に強気になったが

「神のしもべとはコイツラのことか?」

 ドーエスが上げた腕には怪鳥が止まり、凶暴な犬や猿も従順に付き従った。

「なんでぇぇ!? なんでそんなペットみたいに懐いてんのぉぉ!?」

 慣れた様子で化け物たちを従えるドーエスに、ナンデが目を剥くと、

「コイツラは神のしもべではなく、私のしもべだ。私が不在の間は石像と化し、私が冥界にいる間は復活して手足となる」
「えっ、何? 私が冥界に居る間は、って。まるでちょくちょく来ているみたいな……」

 ポカンとするナンデをよそに

「ま、まさかお前が冥界の主!?」
「ええっ!?」

 驚愕するナンデや穢れ無き人たちとは逆に、ドーエスは冷たいほどの無表情で

「他人の罪など裁いていないで、さっさと転生の門を通れば良かったものを。せっかく生まれ変わる機会があったのに、お前たちは自ら消滅の道を選んだ」

 穢れ無き人々は、ドーエスの殺気に射貫かれると同時に

「うっ、うわぁぁっ!」
「今さら逃げても遅い」

 ドーエスが手をかざすと、冥界の門がバンと閉まった。逃げ道を塞がれた死者たちにドーエスは、

「我がしもべの糧となり消えろ」

 これまでも数え切れない凄惨な現場を目にしてきたナンデだが、とうとうリアルに地獄絵図を目の当たりにして、しばし無になった。
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