男ですが聖女になりました

白井由貴

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本編

34話

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「……イザベルは、あいつはずっとルロワを好いていた。同じようにルロワも……イザベルに惹かれているのは傍目からでもよくわかった」
「だから他の聖女達とともに大聖堂に集めて、囲ったのか?」

 ぽつりぽつりと話し出した教皇の言葉に、リアムがそう聞いた。教皇は少し逡巡し、ああと静かに溢した。

 リアムの手の中でランタンの火が揺れる。風も吹いていないのにどうして、と思ったが、この炎がリアムの魔法によって付けられたものだということを思い出し、納得した。今炎が揺らめいたのはおそらくリアムの感情が大きく動いたためだ。リアムの魔法から生み出されたこの炎は、少なからず彼の感情の起伏によって揺らめいているのである。

「……聖女はお前達が思っているほど清いものではない。ルネ、お主もミラの話を聞いたのならばわかっておろう?聖女とはオメガだ。男でも女でも関係なくオメガだけが聖女となり得る。……その意味がわかるか?」

 言っている意味がわからないと言いたげにリアムは頭を傾げた。ランタンの炎もゆらりと揺らめき、リアムが動揺していることを表している。

「……より強いアルファを産む為の器、だったか。聖女となった者達に共通するのは、他のオメガよりも強い生殖本能を有していること。通常のオメガよりもフェロモンが強く、アルファは勿論、ベータすらも惑わせる強力なフェロモンの持ち主、それが神が聖女に選ぶ基準……だと聞いた」
「その通りだ。その中でもイザベルは類稀なる強力なフェロモンの持ち主だった。一度ヒートとなればアルファだけではなくベータをも誘惑してしまう程のな」

 ルネさんと教皇の会話を聞いて、俺は既視感を抱いた。
 俺が初めてヒートを迎えた時、今まさに二人が言ったものとほぼ同じ状況になっていた事を思い出して身体が震える。あの時はあまりにも強い快感を休みなく与えられていたせいで暫く正気に戻って来れなかった経験を思い出し、思わず自分の体を抱きしめた。

「あれは他の聖女達とは比べ物にならないほどのフェロモンの濃さだった。強制的にラットを引き起こされ、気づいた時には抱き潰していた。そんな時気付いたのだ、自分の魔力量や魔力の質が上がっていることにな」

 初代聖女であるイザベルさんも怖かっただろうなと思いを馳せていると、不意に視線を感じた。顔を上げると、鉄格子越しに真っ直ぐにこっちを見ていた教皇と視線が合う。すると教皇の目は驚いたように見開かれ、何かを呟いた。

 小さすぎて何を呟いたのかまではわからなかったが、その口の形を見た瞬間に体内の魔力が再びざわつき始めた。

「……そうか、お前はまた繰り返すのだな」
「どういう意味だ?」
「……そろそろ初めの質問に答えようか。魔力量が多い理由だったか、それはお前達の言った通り数多の聖女を抱いてきたからだ。一人の聖女だけを抱き続けてもこうはならない。だからこのようになる者はほとんどいないだろうな」
「ちょ、ちょっと待て、なぜ今更その質問に答えようと思ったんだ?答えたくなかったから答えなかったんじゃなかったのか?」

 突然矢継ぎ早に答え始めた教皇にリアムは慌ててそう言った。しかし教皇は額に汗を浮かべながら苦々しい表情で、状況が変わったのだと告げる。

「リアムと言ったか……お主の後ろに隠れている聖女、そいつから離れた方がいい。見た所、首輪も外れているようだからな」
「は?意味がわからない、どういう事だ?ラウルが何か……」

 その時、俺の中の魔力が一気に質量を増した。自分の意思とは関係なく、俺の水属性の魔力が聖属性の魔力に書き換えられていく。このまま水属性の魔力がなくなれば俺は命を落とすだろう。けれどそんなことはどうでも良いと言わんばかりに、聖属性の魔力が膨れ上がっていく。

 リアムとルネさんが驚いた表情で俺のことを見ている。教皇はといえば、苦虫を噛み潰したような表情で俺――いや、俺の中の何かを睨みつけているようだ。

 俺は自分自身に何が起こっているのかもわからずに、ひたすらに確実に近寄ってくる死の恐怖に怯えていた。

「……イザベルの魔力だ」
「は……?イザベルは300年ほど前に亡くなっているはず……」
「イザベルの魂……いや、魔力と言った方がいいか、そこにあるだろう」

 そう言って教皇が指し示したのは俺だった。
 今暴走しているのが、今まで話に出てきたイザベルの魔力だとでもいうのだろうか。

「その聖女、ラウルとか言ったか……確かオードリックが特別だと言っていた聖女だな。お前にはイザベルと同じ力が宿っている。特別な――いや、こちらからすれば最悪のオメガだ」
「お前……っ!!」

 教皇の吐き捨てるような言葉に、リアムは拳を振り上げた。しかしそれは鉄格子に当たる寸前にルネさんによって止められる。俺はその様子をぼんやりと眺めていた。

 頭の中で声がする。こいつを許すな、こいつを殺せと誰かが叫んでいる。俺だって自分がされたことに憤りを感じてはいるが、この声からはそれ以上の憎悪を感じた。
 勝手に流れる涙を拭おうとした時、やっと身体の制御が効かないことに気がついた。その間にも魔力はどんどんと膨れ上がっていき、俺の水属性の魔力が消えていく。

「イザベルは百年に一度、聖女として生まれ変わる。イザベルの魔力を引き継いで生まれるだけであってイザベルそのものではないというが、実の所は知らん。……今回はそのラウルという聖女に生まれ変わったらしい、この魔力が何よりの証拠だ」
「……ラウルが特別だと聞いた時から、初代聖女と何かしらの関わりがあるとは予想していたが……まさか本人だとは思わなかったな」

 俺が、初代聖女イザベルの生まれ変わり?
 どういうことかわからなくて内心首を傾げると、頭の中で誰かの声が聞こえてきた。女性にも男性にも聞こえるその不思議な声は、さっきの叫ぶような声とは違って落ち着いているように感じる。

『初めまして、になるのかな?私は魔力に残されたイザベルの残滓とでも言っておこうか。実は転生を重ねるごとにイザベルとしての記憶は消えていくようでね、今はもう殆ど残っていないんだ』

 困ったような声色。イザベルの残滓だという声の主に、俺はまずこの魔力の暴走を止めてもらえるように頼んでみることにした。すると、ああそうだねと軽い返事が返ってきたかと思えば、ぴたりと魔力の暴走が収まる。水属性の魔力があと少しというところで止まり、俺はほっと息をついた。

『三度目の転生がラウル、君だったわけだが……一度目も二度目もテオ――そこの目の前の奴にかなり手酷くされてね、恨み辛みがこの魔力に宿っているようで暴走してしまったようだ』

 テオ、というのは教皇のことだろうか。
 そう内心呟けば、頭の中で肯定する声が聞こえてきた。

『そうだよ、彼はテオフィルという名前なんだ。私とルロワはテオと呼んでいた。……あれ?私が転生したのは君だけのはずなんだけど、どうして彼からも私の魔力の気配がするんだ?』

 そう言ったイザベルは俺の体を動かして、ルネさんへと指差した。突然魔力が暴走し、治ったかと思えば全く動かなくなった俺が急にルネさんを指差したものだから、リアムと教皇が驚いた表情をしている。しかしルネさんは表情を変えず、ただじっと俺の方を見ていた。その視線は酷く冷たい。

『……ああ、これは厄介だ。ラウル、今まで気が付かなかったがまずい事になっているようだ。どうやら私の転生先は君だけではなかったらしい』

 どう言う事ですかと聞こうとした時、何かが俺の前を横切った。前髪が数本はらりと地面に落ちる。

「残念、当たらなかったか」
「……ルネ、さん?」

 俺の口からは俺の声が溢れた。体が俺の制御下に戻ったようだ。しかし俺は驚きのあまりその場を動けずにいた。

 目の前に立つルネさんは、先程と同じ無表情ながら全く異なる雰囲気を醸し出していた。

 
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