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本編
33話
しおりを挟むクロヴィス殿下とルネさんと合流し、俺達は教皇達が投獄されている場所へと向かった。
大聖堂から離れた場所にあるため移動には馬車を使い、目的地に到着した頃には既に陽が傾きかけていた。
目深に被っているローブのフードを少し捲って上を見上げると、目の前には赤く染まった古い大きなお城のような迫力のある建物が聳え立っていた。周囲を見回して見るとどうやらここは周囲を水に囲まれているらしい。脱獄を防ぐために周りを大きな堀で囲い、水を張っているのだとクロヴィス殿下が言った。
既に入る許可は得ているため、手続きも程々にアレクという案内役が管理室から出てきた。俺達は先を歩いていくアレクの後ろをついて建物の中に足を踏み入れた。
建物の一階は看守を始めとした職員達の寝泊まり部屋となっているようだが、この階以外は全て監獄になっているそうだ。しかし今回は上ではなく地下に向かうようで、上に向かう階段は当然通り過ぎていく。
案内役のアレクは通路の奥にある重そうな扉を開くと、この奥ですと言って地下へと続く階段を指差した。その暗さに俺は思わず息を呑む。
「足元が暗くなっていますのでお気をつけください」
アレクが手に持ったランタンに魔法で火を灯し、階段を降りていく。同じようにクロヴィス殿下とリアムも手に持ったランタンに魔法で火を灯すと、クロヴィス殿下はルネさんの、リアムは俺の横に立ってアレクの後に続いた。護衛の騎士二人もそれぞれランタンを手に、俺たちの後ろをついてくるようだ。
二人が横並び出来る程の幅がある階段を降りると、重そうな鉄の扉が目の前に現れた。カチャカチャと鍵を外す音が聞こえた後、ギギギ……と重く軋むような音を立てながら扉が開き、一段と暗い通路が姿を現す。
「この通路の奥、階段を下りた先にもう一つ扉があり、その先が地下牢になっています。先に進むには牢の前を通ることになりますので、決して離れないようにしてください。では、参りましょう」
アレクの後に続いて暗く細い通路を通り、階段を降りていくと、再び同じような造りの扉が現れた。先程同様に鍵を開けて軋む音を上げながら開けていくアレク。アレクやクロヴィス殿下達の後に続いて一歩踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を撫でた。さっきとはまるで違う空気感に背筋がぞくりと泡立つ。
ここからが地下牢だというのは本当のようで、左側には幾つもの鉄の扉が等間隔に並んでいる。小さな鉄格子の窓からは呻き声のような音が聞こえ、その度にびくびくと身体が震えた。
通路の先には再び扉があり、そこからはまた階段、扉通路というように何度も何度も繰り返して下の階へと向かっていく。
下に行く程に気温が低くなっていくようで、徐々に俺の身体は小さく震え出す。恐怖のせいもあっただろうが、痩せ細った俺の身体には筋肉も脂肪も少ないためか、どうやら人よりも寒さを感じやすいのかもしれない。俺は耐えるようにローブの下で腕を擦り合わせた。
どれくらい階段を降りただろうか。
アレクの「こちらです」という声にハッとして顔を上げると、一段と重厚な扉が現れた。クロヴィス殿下が鍵を受け取って開けると、その中には二つの扉。ルネさんとリアムと俺は右側に入るように案内された後、クロヴィス殿下を含めた残りの四人は先に左側の扉の中に入っていった。
「じゃあ、行こうか」
ルネさんの声にリアムがこくりと頷く。鍵は既にクロヴィス殿下が開けていた為、扉は難なく開いた。緊張で胸の辺りが痛い。そっとリアムの服の裾を摘むと、こちらを振り向いたリアムが俺の頭をフードの上からぽんぽんと撫でた。
リアム、俺、ルネさんの順に入っていくと、そこには頑丈そうな鉄格子に囲まれた青年が一人、手足を鎖で拘束された状態で座っていた。これが教皇、と思いながら見ていると不意に青年が顔を上げ、視線がかち合う。
「……っ」
心臓がドクンと大きく音を立てた。気持ちが悪い。身体の中で俺の魔力が暴れている。この男を許してはいけないのだと頭の中で警鐘が鳴り響いている。
「ほお……久しいな、ルネよ」
「そうだな。どうだ?自分がこんな所に閉じ込められた感想は」
「別になんとも思わんな。抜け出そうと思えばいつでも出来る。ただ今はせんだけのこと」
くくっと押し殺したような笑い声が部屋の中に響き渡る。リアムは俺を背に隠したまま、ただじっとその様子を見つめていた。
「今日ここに来たのは他でもない、あんたに話を聞きに来たからだ」
「ほお……?重罪人と言われている奴に話を?それは興味深いのう」
くつくつと笑い声を漏らす教皇とは対照的にルネさんは一切表情を変えず、無表情で鉄格子の中の教皇を静かに見下ろしている。この男にされた事を思い出しているのか、ローブから出た拳が僅かに震えていた。
ルネさんから視線を外した教皇が次に視界に入れたのはリアムだった。彼はリアムを見た瞬間口角を少し上げ、頭の先から足の先まで舐めるように見回して笑う。そういえばリアムは教皇と一度会っていたんだったかと思い出して、フードの下からそっとリアムを見ると彼は今までに見たことがないくらい感情を全て削ぎ落としたような表情で教皇を見ていた。
「……聖女を抱いたか。魔力の保有量が上がっておる。差し詰め、後ろに隠れているのが聖女、と言ったところか」
「お前のその異常な程の魔力の多さは、数多の聖女を抱いたからか?そこまで魔力を増やして何がしたかったんだ?」
教皇が俺の方に視線を向けようとしたが、それよりも早くリアムは俺を隠すように前に出た。そして矢継ぎ早に教皇への疑問を吐き出していく。教皇はそんなリアムの言葉に反論することもなく、ただ静かに聞いているようだった。
「答えろ」
「……憎らしい程にあいつそっくりだな」
「……あいつ?」
リアムの背中で教皇の表情は見えないが、ぽつりと呟かれた言葉にはどこか寂しさが含まれているような気がした。
頭に疑問符を浮かべた俺とリアムとは違い、ルネさんは教皇が呟いた『あいつ』に心当たりがあるらしい。
「それはもしかしてルロワ・クレイルーンのことか?」
「……知っておったのか」
「リナから聞いた。リナはミラという聖女から聞いたと言っていたな」
「……あの娘か。とっくの昔に壊れていたと思ったのだが、そうか……あの娘がそんな話を……」
ルネさんが口に出した人物の名前に、教皇は驚いたような反応を示した。リナやミラという二人の聖女の名前を続けて聞いた彼は、少し気落ちしたような声色で静かに噛み締めるように何かを呟いている。
ルネさんが言ったルロワ・クレイルーンとは、確かこの帝国の初代皇帝だった人物である。昨日ルネさんが話していたリナという聖女から聞いた話に出てきていたのであまり驚きはないが、どうやら教皇は違ったようだ。教皇の姿や顔が見えていなくても動揺が伝わってくる。ルネさんは畳み掛けるように話を続けた。
「教皇、あんたが建国以前から生きているというのは本当か?ルロワ初代皇帝、そして初代聖女であるイザベルと幼馴染であるという……それは事実なのか?」
教皇は答えない。いや、答えられないのかもしれない。驚きのあまり言葉をなくしているのか、それとも何かを考えているのか、少しの間この空間に沈黙が降りた。
暫くの沈黙の後、口を開いたのは教皇だった。
「……事実だ。ルロワとイザベル、か……懐かしい名だ」
噛み締めるように呟かれた声に、どうしてか俺の中の魔力が再びざわつき始める。俺の意思とは関係なく暴れ出そうとする魔力を、胸を鷲掴みにすることでなんとか抑えようとするが、それでも魔力のざわつきは治らない。
そんな俺に気づくことのないリアムとルネさんは、次々に疑問を投げかけていき、教皇はそれに静かに言葉を返していく。ただ俺だけが、体内で荒れ狂う魔力を抑えるのに必死だった。
「数多くの聖女達と性行為に及んだのは何故だ?初代聖女であるイザベルのことを好いていたからか?」
「……そこまで知っておるのか。確かにイザベルのことは好いていたさ」
吐き捨てるように呟かれた言葉に、何かがおかしいと俺は直感的に思った。何がおかしいのかはわからない。けれど俺の中で荒れ狂う魔力は、俺の直感を肯定するように少しだけ落ち着きを取り戻した。
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