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本編
35話
しおりを挟む「お前……っ、今何をしたかわかっているのか?!」
「黙れ、ルロワの生まれ変わり。僕は教皇もイザベルもどちらも変わらず憎いんだ。殺したいくらいにね」
「はっ……?!」
俺を守るように前に立ち塞がりながら、リアムが声を荒げる。しかしその怒りに満ちた声にも怯む様子はなく、ルネさんは憎悪に塗れた声でそう告げた。初代皇帝の生まれ変わりと呼ばれたことか、それとも両方殺すという言葉に驚いたのか、はたまたそのどちらもなのかわからないが、リアムが困惑の声を上げる。
俺はと言えば、なんとなく俺がイザベルの生まれ変わりだと言われた時に、もしかするとリアムが初代皇帝の生まれ変わりなのかななんて思っていたのでそれほど驚いてはいない。まあそうだろうな、という反応だ。
俺の中のイザベルさんはルネさんから感じる自分の魔力に驚いていたようだ。声が聞こえない代わりに、魔力の揺らぎで動揺が伝わってくる。
「……イザベルの魔力が、二つか。くくっ……イザベル、お主ちっとばかり厄介な事になっておるな」
「煩い」
思わずといった感じで笑い出した教皇は、さて、とリアムに視線を移した。その目はこの状況には不釣り合いなほどの穏やかさだ。
俺は初めから抱いていた違和感が何か、この時初めて知ったような気がした。いや、もしかするとずっと気付いていたのに見ないふりをしていたのかもしれない。
俺がその可能性を心の中で呟くと、頭の中で不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『……よく気が付いたな。そう、テオが好きだったのは私じゃない、ルロワだ。何がどうなって私を好きだという風に捻じ曲がったのだろうな』
その言葉に思わず苦笑う。確かにそうだ。教皇がイザベルに好意を寄せていると仮定した時に感じた違和感、それらは全てイザベルをルロワに置き換えて考えて見るとしっくりいく。
どうして聖女を囲って性奴隷のように扱うのか、何故皇族のアルファは聖女を抱くことができるのか、そして教皇が聖女にだけ強固な首輪を装着させて手酷く扱うのか。それらは全て、ルロワという人を愛していたからこその行動だったのかもしれない。
しかし今、愛したルロワの子孫である現皇帝は教皇の呪いによって苦しんでいる。その矛盾について考えていると、イザベルがなんでもないことのようにさらっと答えた。
『あれだ、私の事を思って楯突いた昔のルロワにあまりにも似ていたからだろうな。可愛さ余って憎さ百倍、つまり愛情の裏返しだ……傍迷惑ではあるが』
本当に傍迷惑な話である。昔好きだった人を思い出したから呪いをかけるのはどうかと思うと言えば、頭の中で笑い声が聞こえてきた。
リアムを見つめる教皇の瞳は僅かに揺れている。イザベル曰く、リアムの容姿はかつての初代皇帝にそっくりなのだそうだ。クロヴィス殿下も似ているらしいがどうも雰囲気が違うらしい。教皇は今、目の前のリアムにかつての想い人を重ねているのだろう。
ルロワという人が内面も外見もリアムに似ていたのなら、好きになる理由はなんとなくわかる気はする。しかしもし仮に理解できたとしても、今までしてきた事を許すことはできない。
『テオはやり過ぎた。私達だけで止めておけばよかったのに……求められるがままに手を出し過ぎた結果だな。さて、まずは目の前のもう一つの私の生まれ変わり?を止めなければな』
俺は頭の中で響いたその声にこくりと頷いた。
目の前で嘲るように薄ら笑いを浮かべるルネさんは、じっと俺を見ている。その眼差しは酷く冷たいもので、直接向けられている俺だけでなくその前にいるリアムでさえもその視線にふるりと体を震わせた。
ルネさんは冷属性魔法で作り出したのだろう短剣を手に持ち、鉄格子の中で座る教皇目掛けて勢いよく振り下ろした。しかし鉄格子に内の教皇に刃が届くことはなく、金属同士がぶつかり合うような高音を響かせる。何度も何度も切りつけるが鉄格子には傷一つつかず、ルネさんは舌打ちをした。
「やっぱり先にもう片方のイザベルを殺すべきか」
そう言ってルネさんは床を蹴って跳躍し、俺の頭頂部目掛けて持っていた短剣を勢いよく振り翳す。
「っ、く……」
「退け!」
氷剣を受け止めたのはリアムだった。何かあった時の為にと腰に携えていた剣を抜き、振り翳された氷剣を下から受け止めている。魔法で作られた氷だからか、金属のような強度を持っているようで壊れる様子はない。
リアムは両手で持っている剣の先を僅かに下にずらし、刃を滑らせるように氷剣を逸らす。バランスを崩したルネさんが体勢を整えるより早く、リアムの手刀が彼の手に当たった。カランと音を立てて氷剣が石畳の床に落ちる。リアムはそのままルネさんの手首を掴んで床に押し倒した。
リアムの洗練された無駄のない動きに、内心拍手を送る。アルマン殿下には及ばないとリアムは言っていたが、アルマン殿下の凄さをまだ知らない俺からすると十分すごいと思えるほどの動きだった。
「っ、離せ!」
うつ伏せのまま床に押し付けられた状態で喚くルネさんを静かに見下ろすリアム。その目は冷ややかで、向けられているわけでもない俺でもぞわりと背筋が泡立つほど冷たいものだった。リアムは剣をしまい、勢いよく腕を振り上げる。
「かはっ……!」
勢いよく振り下ろされた手刀はルネさんの首に辺り、それきり彼はおとなしくなった。し、死んだ?とオロオロする俺に、気を失っているだけだと答えてくれたリアムは汗を拭いながら立ち上がる。生きているという事実にほっと息をついたのも束の間、ぱちぱちと手を叩く音にそちらを振り向いた。
「お見事だな、リアム。流石はルロワの生まれ変わりと言ったところか」
「それは関係ないだろ」
そう切り捨てるリアムの言葉に教皇は薄く笑う。俺はそんな教皇にさっきから気になっていた疑問を投げかけた。
「さっき、俺から離れろってリアムに言ってたけど、あれはどうしてなんだ?」
俺の魔力が暴走を起こす前、教皇はリアムに対して俺から離れた方がいいと言っていた。そんな俺の言葉を鼻で笑った教皇は、俺――というよりも俺を通して見るイザベルを見ているようだ。
「自分の中にあるイザベルの魔力にでも聞けばいいだろう?イザベルが何をしたのか、お前なら知れるはずだ」
「……答えてくれないんだ」
さっきから心の中でずっと聞いているのに、言葉が返ってこない。初めは消えたのかとか、やはり幻だったのかと思ったが、まだ俺の体内にイザベルの魔力を少なからず感じるのでそうではないようだ。ただ言いにくいのか、それとも言いたくないのか、ずっと黙りのままだった。
眉を顰めた俺の表情に何かを察したのか、教皇はくくっと喉を鳴らして笑う。俺もリアムもそんな教皇を訝しむが、彼は息を一つ吐いて俺をまっすぐに見据えた。
「イザベルはな、ルロワの心を壊した」
「ルロワの……?イザベル本人じゃなくて?」
「はっ、あの阿婆擦れが心を壊すわけがなかろう?あいつは性欲に狂っておったからな、ルロワの目の前で乱交を始めた時はついに頭まで狂ったかと思うたわ」
「……は?」
ヒートで他のものを誘惑するだけではなく、自分から誘っていたと教皇は言う。俺の中のイザベルは沈黙したままだ。沈黙は肯定と捉えてもいいのか悩むが、反論もないのでどう解釈すればいいのか悩む。
リアムが驚いたように声を上げるが、俺は何も反応できなかった。自分の初めてのヒートの時を思い出すと、なんとも言えない気持ちになったのだ。
「そこのラウルやルネと言った聖女全てがそうだろう?聖女は性のことしか考えない、そういう奴らだ」
あの時は確かに気持ちがいいばかりが頭を埋め尽くして、自分の感覚や気持ちがよくわからなかった。教皇の言う通り、俺たち聖女は――
そう考えた時、ガンッという激しい音が空間に響いた。
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