冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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褒め言葉選びも楽じゃない (水月+リュウ・ハル・シュカ・レイ・歌見・スイ・カサネ・カンナ・ネザメ・ミフユ)

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大人数の食事を作る気分じゃなかったのか、それとも何か他に用事があったのか、母が用意してくれた夕飯は母がその手で作ったものではなかった。

「あ、みっつん起きてる~」

「ノヴェムくんに起こすん頼んだんやっけ、おおきになぁノヴェムくん。よぉ出来た、えらいえらい」

両手を広げなければ持てないような大きな四角い器に入った寿司だとか、リュウの太腿くらいありそうなローストビーフの塊だとか、ボウルに雑に盛られたサラダだとか、鶏の丸焼きだとか、色々と豪華だ。とにかくデカくて多いものを選んで買ってきたような印象を受ける、いや、出前だろうか?

「……リュウ、寝起きのいい俺のことは褒めなくていいのか?」

リュウにくしゅくしゅと頭を撫でられ、きゃーっと笑って喜んで見せたノヴェムの可愛さに胸を温めつつも、彼らに嫉妬した俺はリュウの手が離れてすぐノヴェムの頭を撫でてリュウに褒めを要求した。

「ええやろ」

「リュウ……」

「分かった分かったすっきり起きて水月もええ子やねぇ」

投げやりにではあるものの、頭を撫でてもらえた。Mなリュウにとって優位に立ったような行為はあまり面白くないのか、渋い顔をしている。

「…………すき焼き食べたかったな」

「まだ鍋の季節じゃなくないすか?」

「……すき焼きの口になってたんです。こういう時って味の近そうなのと遠そうなの、どっちを最初に食べた方がいいんでしょう」

「遠いの食べた方が未練断ち切れる気がするっす、甘い味付けで温かいお肉がすき焼きっすから~……冷たくてしょっぱいお魚なお寿司っすね」

「マグロは全て私のものです」

「ダメっすよ! マグロは一人二貫までってさっき数えて決めたじゃないすか!」

夕飯を運んできたのはハル、リュウ、シュカ、レイと──お、歌見も居る。彼の背後に白い髪がチラチラ見える、カサネが背に隠れているようだ。

「先輩、お疲れ様です」

「おう水月、起きたか。ったく出迎えもせずぐーぐー寝やがって、ただいま」

「あっ、おかえりなさい。あの、猫ちゃん達は?」

「知らん。一回も見てない」

「頭と肩に乗ってるよ~」

ジュースの2Lペットボトルを二本、人差し指と中指、中指と薬指でそれぞれ挟み、同じようにもう片方の手でお茶のペットボトルと炭酸水のペットボトルを持ったスイが扉を足で押し開けながらそう言った。

「マジか、だから今日なんか肩とか首凝ってんのかな……あっ、うわ、そんないっぱい持って。言ってくれたら手伝ったのに」

「ナナちゃんお皿とコップで手塞がってるじゃない。ね、カサちゃん」

「は、はい……」

カサネの手には梅酒の2Lパックがある。牛乳パックに形は似ているが、ちゃんとキャップが付いていて保存が効きそうだ。

「ん~……やっぱカサちゃんだと何かしっくり来ない……ねぇ、クリちゃんどうしても嫌?」

「なっ、なな、なんか卑猥なんで嫌です!」

「男子高校生の連想力って流石ねぇ……」

いつの間にかスイが打ち解けている。歌見との初会話、ちょっと見てみたかったなぁ。

「カンナ、ネザメさん達は?」

「ぷー、る……」

そういえば荒凪の姿をじっくり観察したいとネザメが言っていたような。

「ちょっと見てくるよ」

彼氏達の隙間を抜けてプールへ。予想通りネザメとミフユはプールに居た。

「美しいね……荒凪くんの髪は。いつもプールに浸かっているだろうに傷んでいるようには全く見えない、我が国で最も美しいとされるのは濡羽色……青みがかった黒のことだけれど、荒凪くんのどこまでも黒い髪色はとても素敵だ。目を奪われるよ。光沢はあるのに青や緑なんて感じさせない、黒……あぁ、これぞ黒の美……素晴らしい」

プールサイドに上がりドライヤーで髪を乾かしつつブラッシングを行い同時にバスタオルで身体を拭いている、四つ腕を効率的に扱う荒凪を遠巻きに眺めながらネザメは彼の髪の美しさについて語っていた。

「鳴雷一年生、起きたのか。ちょうどよかった、聞きたいことがある」

ミフユはしゃがむことなく使えるタイプのチリトリとホウキを持っている。持ち上げることで自然と蓋が閉まり、集めたゴミが溢れることのないチリトリからはシャカシャカと音がする。

「何ですか?」

シャカシャカと音を立てながら小走りで俺の方へやってきたミフユの丸っこい瞳を見つめる。見下ろすのも視線の高さを合わせるため屈むのも失礼な気がして、彼と立ったまま真正面から話すのはいつも緊張する。

「荒凪から剥がれ落ちた鱗を集めておいた。どうしようか?」

「あぁ、普通に捨てるんでゴミ箱に……えーと、これですね。ここ入れてください。ありがとうございます集めてくれて」

「鳥待一年生から皮膚を裂くほど鋭いと聞いた、プールサイドに散らばらせておくのは危険と判断したまでだ」

「流石ミフユさん、ナイス判断」

「……貴様に謙遜など無意味か。うむ、掃除の手間を肩代わりしてやったこと感謝するといい」

ミフユがこんな軽口を言うなんて……嬉しくて、腰を直角以下の角度に曲げて頭を下げた。

「はい! ありがとうございました!」

「そ、そんなにしっかりと……ほんの冗談のつもりだったのだぞ」

困った顔も可愛い。

「……ところで、ネザメさん。さっきからずっとぶつぶつ髪褒めてますけど」

「緩いウェーブはまるで母なる海の優しい波を思わせる──ん? なんだい水月くん、ユニークな寝癖も魅力的だね」

「えっ寝癖!? 嘘気付かなかった……! ど、どこですか、うわ恥ずかし……」

「屈め鳴雷一年生、直してやる」

プールサイドに立て膝をつくとミフユは濡らした手で俺の髪を弄り始めた。

「それで? 僕に何を言おうとしてくれていたんだい、水月くん。類稀なる美貌の君は心まで美しい、その心から紡がれる言の葉はいつも僕を満たしてくれる。聞かせておくれ」

ネザメは俺の前に屈んだ。両膝を合わせて、腰を床から少し浮かせて、足を両手で抱いたような姿勢だ。小さく纏まっていて愛らしい。

「絶好調お耽美ですね。何言おうとしてたっけ……寝癖の衝撃で吹っ飛んじゃいました」

「ふふ、いつも完璧たろうとする君の心意気は素晴らしい。けれど、寝癖程度ならば可愛げになることも知るべきだね。君はあの時、僕が髪を褒めていることに言及しようとしていたようだけれど……」

「……あぁ! そうですそうです、髪ばっかり褒めてたから……確かに荒凪くんの髪不思議で綺麗ですけど、もっと言うとこ色々あると思って……下半身とか、特に」

「あぁ……それは至極単純なことだよ」

「何か理由あるんですか?」

俺が来る前に身体を褒め尽くして、残るは髪だけだったとかならちょっと恥ずかしいな。

「僕は人魚という存在を初めて知った。肉体的特徴は見れば分かる、けれどそれに関する文化的背景は分からない。鼻が高いといえば日本では褒め言葉だけれど、そうでない国もあることは知っているね?」

知らなかった。

「人魚の美的感覚は僕には分からない。どんなコンプレックスがあるか、差別の歴史があったか、僕は知らない。だから下手なことは言えないと思ってね。髪の黒さを語ったのも今思えば迂闊か……でもまぁ、ヒレだとかに言及するよりは安牌な気がしないかい?」

「へぇー……そういうの気を遣うんですねぇ」

「意外だったかな? 秋風くんには言葉が通じていないから、いつも気にせず語っているからねぇ」

「言いにくいんですけど……海に人魚の国とか群れがあってそこから一人陸に上がってきた、なんてストーリーないんです。荒凪くんは人工の妖怪で、ある悪い霊能力者が作ったんですよ。荒凪くんは他の人魚見たことない……って言うか他に人魚存在するか怪しいですし……作られてすぐ売られるとこ救助されて俺に預けられてるので、荒凪くんの感覚は人間と同じはずです。俺の彼氏ばっかり見てるからイケメンの基準は世間より上かもですけど」

「…………そうなのかい? なら、何に喩えても荒凪くんは傷付かないんだね? トビウオや貝、蛇……どれも不快にならないんだね?」

人間と同じ基準なら、魚や蛇にたとえて褒められても嬉しくない者の方が多い気もするが──

「大丈夫です。嫌ならすぐ嫌って言える子ですし、気を遣い過ぎなくていいですよ」

──荒凪は世間知らずだし、褒められていると感じれば喜ぶだろう。俺はそう緩い判断を下し、ネザメの花が開くような笑顔を見た。
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