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人魚は気晴らしになり得るか (水月+シュカ・荒凪・ネザメ・スイ)

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収納の奥深くへしまい込んでいたスクール水着を出し、シュカに渡してやった。

「ありがとうございます」

「……シュカ、ちょっと」

着替え始めたシュカをプールサイドの隅へ呼ぶ。

「何ですか?」

脱ぎたての温かい服を受け取りながら、小声で話す。

「荒凪くんの体液は猛毒なんだ、身体を溶かす作用がある。汗とかはかかないからプールで遊ぶだけならそこまで気にしなくていいけど、一応気を付けておいてくれ」

「分かりました。しかし溶かすとは……生き物の持つ毒としてはあまり聞かないタイプです」

「血が特にヤバい、荒凪くんが怪我したら離れてくれ。キスもヤバい、舌の薄皮なくなる」

「分かりました。その他気を遣うべきことは?」

「……鱗は逆撫でするだけで簡単に皮膚が裂ける。ヒレは試してないけど、多分切れ味いい」

「跨ろうという時に……背中にバスタオルでも敷かせてもらった方がいいですかね」

「だな。気を付けてくれ」

「他にはありませんね?」

「……あんまり気にしなくていいと思うけど、半日くらい一緒にプール浸かってると体調崩すみたいだ」

「確かに私が今気にすることではありませんね。もうないですか? では……荒凪さん! 準備出来ました」

俺の水着を着たシュカがプールへと向かう。授業ではラッシュガードを着用し、肌を見せなかった彼の無防備な水着姿は新鮮──でもないな、しょっちゅう裸見てるし。

「シュカ~、乗る?」

「ええ、失礼します」

水面に身体を伸ばした荒凪の背にシュカが跨る。

「一般的にイメージする人魚より身体が長いですね。それに思っていたよりも安定しています。上半身はともかく下の……魚の部分、かなりの筋肉密度なのでは? 魚と言うより蛇のようですね」

シュカは楽しげに分析を進める。表情こそ大して変わっていないものの、はしゃいでいると俺には分かる。

「イルカのようにジャンプでもしてもらいたいものですが、頭をぶつけそうですね……まぁ、これでも十分楽しいですが。もう少しスピードを上げてもらっても?」

「きゅ!」

ゆったりと尾の先を揺らして泳いでいた荒凪は、腕に生えた大きなヒレを広げ、振った。

「……! 速っ……ちょっ、急カーブ!? 待っ、止まってください止まってください! ストップ! ストップ! こんなにスピード上げなくていいです!」

プールで出すには過剰な速度でぐるぐると回り始めた荒凪にシュカがそう呼びかけると、荒凪はピタリと止まった。その反動でシュカの身体がふわりと浮き上がり、荒凪の顔の前に頭から落ちた。

「ぷはっ! はぁっ」

「シュカもう降りた? 僕達乗るの飽きた?」

「落ちたんですよ! あなたが急に止まるから!」

「きゅ~?」

見開きっぱなしの真ん丸な目にシュカを映し、動物のように直角以上に首を傾げる。

「怒る気も失せますね……乗るのはまた、海に行った時にでも頼みます。こんな狭いプールじゃあなたの速度は危険過ぎます」

「乗るの、しない? 別の遊び、しよ」

「構いませんよ。何します?」

シュカと荒凪は仲良くやれそうだ。荒凪の子供や動物のような仕草と愛らしさはシュカの心を癒してもくれるだろう。しばらく二人で遊ばせておいてもいいかもしれないな。

(先日判明したばかりのシュカたまの霊的抵抗力の弱さは気にかかりますが……おや?)

カチャ、とドアノブが傾く音がした。

「……水月くん?」

僅かに開いた扉の隙間から亜麻色の瞳が覗く。

「ネザメさん、どうされました?」

「荒凪という子を一目見てみたくてね。みんなはお祭りの日に会ったんだろう? 僕は話を聞くばかり、画面越しに見るばかりで……早く会いたかったのだけれど、ミフユが君が帰るまでは待てとうるさくて」

ミフユのその判断は人ではない荒凪を警戒してのことだろうか、それとも単に礼儀の問題だろうか。前者だったら少し嫌だ、明らかにする必要はないな。

「じっくり見たいって感じですかね? じゃあ……夕飯の時にプールから上がってもらう予定なので、その時でいいですか?」

「いつでも構わないよ。今は鳥待くんと遊んでいるのかい? 邪魔になるかな、挨拶も後回しにしようか」

「そう……です、ね」

「しばらく待っておくよ」

アキの部屋へ戻るネザメに俺も続いた。目配せだけでスイに合図を出し、部屋の隅で彼と話した。

「なぁに、ナルちゃん。何かご用?」

「……お金下ろしてきたので、お支払いをと」

「払ってくれるの? ナルちゃん真面目ねぇ」

「……え?」

「前払いとかにすると後払いサボる人多いのよ~。ありがとうナルちゃん」

「あ、あぁ……そういう。びっくりしましたよ、最初の請求が冗談か何かだったのかと……」

「高校生からこんなにお金もらっちゃうの何か悪いわねぇ」

「正当な対価ですよ。おかげさまでみんな無事でした、ありがとうございました」

「大したことしてないけどね~」

「そんな、カラスに対処してくれたんでしょう? 俺も家の前で見ましたよ、あんな怖いの……ノヴェムくんなんて泣いちゃって」

「あぁそうそう、一応一羽持って帰ってきたんだけど、どうしよっか」

「えっ、どこにあるんですか?」

「外。ドアの脇に置いてるわ」

……気が進まないが、後で確認しておこう。ミタマ、ネイ、秘書あたりに見てもらえば何か分かるだろうか。

「それよりナルちゃん、みんないい子なんだけど……歳下に囲まれてるのはちょっと落ち着かないわぁ」

「ジェネギャ起こすほどの歳の差でもないでしょう?」

「この場で歳上枠に入ってるのがなんか重みなのよ~……フタちゃん達もこっち来てたらよかったのに」

「歌見先輩がそろそろバイト終わってこっち来ると思います。先輩二十歳なったばかりなんですよ、そしたら孤独感薄れません?」

「二十歳かぁ、ほぼ同い歳ね。会いたい会いたい」

「あと、今俺の部屋に居る先輩は十九ですけど」

「同い歳ね!」

「高校生なので……」

「随分ダブったわね」

「それと、レイは成人してます」

「え、ピンクちゃん? 嘘、マジで? そうなの? ナルちゃんと同じくらいだと思ってた~」

「でもあんまり歳の話はしないであげてくださいね」

「OK!」

歳上としての役割があると感じて重荷になっているのなら、しばらくはスイの傍に居た方がいいだろう。それでなくとも彼は新参者だ、気を遣わなければな。
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