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水の清め方 (水月+荒凪・ミタマ・サキヒコ・アキ)
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アキは元気になった訳ではない。箸を動かす手も、咀嚼する口も、いつもより遅い。その上数口食べるごとに箸を置き、ふぅと息を吐いて休む。
《アキ……大丈夫? 辛いの? やっぱり救急車呼ぶ?》
《ゃ、大したことねぇよ、だりぃだけ。ほっといてくれ》
アキを心配しているのか、義母はアキよりも食事が進んでいない。あらゆる面で親としてどうなんだと言いたくなる点が多い彼女だが、アキを心配する時だけは母親らしさを感じられる。
「これ、おいし」
「カレイの煮付け?」
「かれー、につけ……」
箸を上手く扱えない荒凪はスプーンとフォークで食事をしている。その持ち方も未躾の幼子のようで、可愛らしいのは可愛らしいのだが、見た目年齢に合わない言動と仕草はどこか不安にさせる。
「今日はノヴェムくん預かってないの?」
「ええ、今日はネイ仕事休みみたいね」
「ふーん……」
ネイが知りたがっていた団体の情報を伝えた直後の休日、か。何か練っているのかもな。
「どうでもいいわよあんなヤツ……それより水月くんっ、文化祭とかそろそろじゃない? 十二薔薇ってすっごく綺麗な学校なんでしょ、一回しっかり探検してみたいな~」
「多分十一月に……体育祭ならスポーツの日にありますよ」
「へー! 体育祭って六月頃にやるもんだと思ってた。体育祭は保護者入れるの? 行きたいなぁ」
「葉子、水月とは何の関係もないじゃない」
「で、でも水月くんはアキのお兄ちゃんだし……アキもお兄ちゃんの勇姿見に行きたいでしょ?」
アキは箸を咥えてボーッとしている。
「……そうだ母さん、プール何か変な匂いしたんだけど」
「変な匂い? 塩素系洗剤の、とかじゃなくて?」
「いや、なんかこう……屁って感じ……んー、卵腐らせたような?」
「……後で行ってみるわね」
「うん、よろしく」
夕飯の後、俺が皿を洗っている間に母はプールを見に行ってくれた。アキはソファに移って休み、セイカは普段とは違うぐったりとしたアキを心配し、彼の傍に着いている。荒凪はというと──
「…………」
──無言で俺の背後に立っている。まぁ皿を洗い終えるのを待っているだけなんだろうけど、圧がすごい。
「ただいま。水月、アキは?」
「あ、おかえり母さん。アキはソファだけど……どうしたの?」
「アレ硫黄の匂いよ。正確には硫化水素。確かに水から匂ってたわ……アキに昼間何してたか聞きたくて。っと、荒凪くんずっとプール入ってたのよね、何かした?」
「……? およぐ」
「泳いでただけ? 何か入れたりしてない? ま、してないわよね、外にも出てない荒凪くんやアキにあの匂いの元になるようなもの手に入れられる訳ないわ。一応アキにも聞いてくるわね」
リビングへ向かう母の背中を見ながら、背後の者達に話しかける。
「コンちゃんサキヒコくん、何か分かる?」
「分からん」
突然両隣を埋めるように現れた二人に驚いたのか、荒凪が俺の背中にしがみついた。
「……地獄の匂いでは、と私は考える」
「なるほどのぅ。水は境界としても扱える、あの場が常世に通じたということか」
「地獄に通じている場所は硫黄の匂いが漂ってくることがあるのです」
「それはワシ知らんかった。どうじゃみっちゃん、さっちゃんの予想。合うとると思うか?」
「……いやいやいや、なんで地獄と通じちゃうんだよウチのプールが」
皿を洗い終え、手を拭き、振り返ると二人は荒凪を見つめていた。また荒凪のせいだと言いたいのか。
「みっちゃん、そう大層なことではない。現世と常世は表裏一体。窓一枚、扉一つ隔てた先にある。境界を越えるという行為は霊的に重要な意味を持つ。橋を渡る、川を越える、扉をくぐる……そして先程も言ったように水は境界として扱える」
「水面が広く、水量もある。ぷぅるは優秀な境界ということですね」
「いや、なんでプールがって疑問とかそういう話じゃなくて、あの世は近いんだよとかそんなのが聞きたいんじゃなくてっ……今までこんなこと俺体験したことないよ? 硫黄の匂いなんて嗅いだことない。なんで、今日そんなっ」
二人の視線はやはり荒凪に向く。荒凪が居るからだ、とこの場で声に出したくはないのだろう、察してくれと目で訴えてくる。
「…………閉じ方とか、ある?」
「ひとまず水抜きゃ大丈夫じゃと思うが」
「私にいい考えがある」
「ん……?」
そこで聞いたサキヒコのアイディアを実践するため、俺は就寝前にプールに向かった。着いて来たがった荒凪はアキの部屋で待たせてある。
「効くかなぁ……」
チャリ、と微かな金属音。俺の手には先程アキから借りたロザリオがあった。
「十字架を浸けると聖水が作れる、と、前に水月と観た映画で知った。アレが創作として造られた手段でないのなら効くはずだ」
「観てたんなら出てきてくれてよかったのに、俺一人で観てたよ……」
鼻をつまみつつ、ロザリオを水に浸ける。数秒待って手を鼻から離すも、匂いはそのままだ。
「まだ臭いよ? もう少し?」
「一応十字架周辺の水の浄化は出来とるようじゃが……効果薄いの」
《兄貴~、何やってんの?》
歯ブラシを咥えたアキが入ってきた。彼の背後の扉からは荒凪が顔を半分覗かせている。
「アキ……あぁ、そっか、アキこっちの水道で歯磨きしてるんだっけ」
「聖水作りたいんじゃが、この方法で合ってるかの? 十字架水に浸けるっちゅう方法で」
泡立った唾液を吐いたアキが俺達の手元を覗く。
《……いや聖水は主教とか司祭がしっかりやることやらねぇと作れねぇよ? ド素人どころかキリスト教徒ですらねぇだろてめぇら。聖水がんなお手軽に作れる訳ねぇじゃん》
「なんて?」
「ちゃんとした聖職者がやらんといかんらしい……」
「コンちゃん出来ない? 神様でしょ?」
「じゃんるがだいぶ違うのぅ。アキくん出来んか?」
アキが俺の手からロザリオを奪い、プールの真ん中に放り投げる。手で十字を切り、俺の知らない言語で祈り始める。
《……ふぅっ、どうだ?》
「全然ダメじゃ、みっちゃんが浸けとった頃とそない変わらん。あーちゃんほんに信仰心微塵もないんじゃな」
《教徒にはそもそも無理なもんなんだよ!》
「わ、私が取ってこよう」
「えっちょサキヒコくん!?」
サキヒコがプールに飛び込み、ロザリオを取ってきてくれた。
《ありがとよ幽霊ボーイ》
「プール入って大丈夫なの? 今あそこ地獄なんでしょ?」
「招かれても入ろうともしていないから大丈夫だ。心配してくれたのか? ありがとう水月」
サキヒコくん招かれてないんだ、とっくの昔に死んでるのに……早く来いとか言われないんだ。天国行きなのかな、人助けで命を落としたけれども長い間悪霊として現世に留まっているのはどうなんだ? プラマイゼロじゃない? いやよく知らないけども。
「……水、抜くか。それしかないじゃろ」
「そ、そうだね。今んとこ臭いだけだけど……臭いの嫌だし」
《俺もう寝るわ……だりぃし》
ロザリオの水気をミタマの袖で拭き終えたアキはロザリオを首にかけ、後回しにしていたうがいと歯ブラシの洗浄をして部屋に戻った。
「水どうやって抜くんじゃったかのぅ」
「確かここを、こう……」
ミタマは自身の袖がしっとり濡れたことに気付いていない。和装特有の長い袖をタオルのように扱うのが面白くて黙って眺めてしまったが、俺が叱るべきだったな。後でセイカに伝えて注意してもらうか。
《アキ……大丈夫? 辛いの? やっぱり救急車呼ぶ?》
《ゃ、大したことねぇよ、だりぃだけ。ほっといてくれ》
アキを心配しているのか、義母はアキよりも食事が進んでいない。あらゆる面で親としてどうなんだと言いたくなる点が多い彼女だが、アキを心配する時だけは母親らしさを感じられる。
「これ、おいし」
「カレイの煮付け?」
「かれー、につけ……」
箸を上手く扱えない荒凪はスプーンとフォークで食事をしている。その持ち方も未躾の幼子のようで、可愛らしいのは可愛らしいのだが、見た目年齢に合わない言動と仕草はどこか不安にさせる。
「今日はノヴェムくん預かってないの?」
「ええ、今日はネイ仕事休みみたいね」
「ふーん……」
ネイが知りたがっていた団体の情報を伝えた直後の休日、か。何か練っているのかもな。
「どうでもいいわよあんなヤツ……それより水月くんっ、文化祭とかそろそろじゃない? 十二薔薇ってすっごく綺麗な学校なんでしょ、一回しっかり探検してみたいな~」
「多分十一月に……体育祭ならスポーツの日にありますよ」
「へー! 体育祭って六月頃にやるもんだと思ってた。体育祭は保護者入れるの? 行きたいなぁ」
「葉子、水月とは何の関係もないじゃない」
「で、でも水月くんはアキのお兄ちゃんだし……アキもお兄ちゃんの勇姿見に行きたいでしょ?」
アキは箸を咥えてボーッとしている。
「……そうだ母さん、プール何か変な匂いしたんだけど」
「変な匂い? 塩素系洗剤の、とかじゃなくて?」
「いや、なんかこう……屁って感じ……んー、卵腐らせたような?」
「……後で行ってみるわね」
「うん、よろしく」
夕飯の後、俺が皿を洗っている間に母はプールを見に行ってくれた。アキはソファに移って休み、セイカは普段とは違うぐったりとしたアキを心配し、彼の傍に着いている。荒凪はというと──
「…………」
──無言で俺の背後に立っている。まぁ皿を洗い終えるのを待っているだけなんだろうけど、圧がすごい。
「ただいま。水月、アキは?」
「あ、おかえり母さん。アキはソファだけど……どうしたの?」
「アレ硫黄の匂いよ。正確には硫化水素。確かに水から匂ってたわ……アキに昼間何してたか聞きたくて。っと、荒凪くんずっとプール入ってたのよね、何かした?」
「……? およぐ」
「泳いでただけ? 何か入れたりしてない? ま、してないわよね、外にも出てない荒凪くんやアキにあの匂いの元になるようなもの手に入れられる訳ないわ。一応アキにも聞いてくるわね」
リビングへ向かう母の背中を見ながら、背後の者達に話しかける。
「コンちゃんサキヒコくん、何か分かる?」
「分からん」
突然両隣を埋めるように現れた二人に驚いたのか、荒凪が俺の背中にしがみついた。
「……地獄の匂いでは、と私は考える」
「なるほどのぅ。水は境界としても扱える、あの場が常世に通じたということか」
「地獄に通じている場所は硫黄の匂いが漂ってくることがあるのです」
「それはワシ知らんかった。どうじゃみっちゃん、さっちゃんの予想。合うとると思うか?」
「……いやいやいや、なんで地獄と通じちゃうんだよウチのプールが」
皿を洗い終え、手を拭き、振り返ると二人は荒凪を見つめていた。また荒凪のせいだと言いたいのか。
「みっちゃん、そう大層なことではない。現世と常世は表裏一体。窓一枚、扉一つ隔てた先にある。境界を越えるという行為は霊的に重要な意味を持つ。橋を渡る、川を越える、扉をくぐる……そして先程も言ったように水は境界として扱える」
「水面が広く、水量もある。ぷぅるは優秀な境界ということですね」
「いや、なんでプールがって疑問とかそういう話じゃなくて、あの世は近いんだよとかそんなのが聞きたいんじゃなくてっ……今までこんなこと俺体験したことないよ? 硫黄の匂いなんて嗅いだことない。なんで、今日そんなっ」
二人の視線はやはり荒凪に向く。荒凪が居るからだ、とこの場で声に出したくはないのだろう、察してくれと目で訴えてくる。
「…………閉じ方とか、ある?」
「ひとまず水抜きゃ大丈夫じゃと思うが」
「私にいい考えがある」
「ん……?」
そこで聞いたサキヒコのアイディアを実践するため、俺は就寝前にプールに向かった。着いて来たがった荒凪はアキの部屋で待たせてある。
「効くかなぁ……」
チャリ、と微かな金属音。俺の手には先程アキから借りたロザリオがあった。
「十字架を浸けると聖水が作れる、と、前に水月と観た映画で知った。アレが創作として造られた手段でないのなら効くはずだ」
「観てたんなら出てきてくれてよかったのに、俺一人で観てたよ……」
鼻をつまみつつ、ロザリオを水に浸ける。数秒待って手を鼻から離すも、匂いはそのままだ。
「まだ臭いよ? もう少し?」
「一応十字架周辺の水の浄化は出来とるようじゃが……効果薄いの」
《兄貴~、何やってんの?》
歯ブラシを咥えたアキが入ってきた。彼の背後の扉からは荒凪が顔を半分覗かせている。
「アキ……あぁ、そっか、アキこっちの水道で歯磨きしてるんだっけ」
「聖水作りたいんじゃが、この方法で合ってるかの? 十字架水に浸けるっちゅう方法で」
泡立った唾液を吐いたアキが俺達の手元を覗く。
《……いや聖水は主教とか司祭がしっかりやることやらねぇと作れねぇよ? ド素人どころかキリスト教徒ですらねぇだろてめぇら。聖水がんなお手軽に作れる訳ねぇじゃん》
「なんて?」
「ちゃんとした聖職者がやらんといかんらしい……」
「コンちゃん出来ない? 神様でしょ?」
「じゃんるがだいぶ違うのぅ。アキくん出来んか?」
アキが俺の手からロザリオを奪い、プールの真ん中に放り投げる。手で十字を切り、俺の知らない言語で祈り始める。
《……ふぅっ、どうだ?》
「全然ダメじゃ、みっちゃんが浸けとった頃とそない変わらん。あーちゃんほんに信仰心微塵もないんじゃな」
《教徒にはそもそも無理なもんなんだよ!》
「わ、私が取ってこよう」
「えっちょサキヒコくん!?」
サキヒコがプールに飛び込み、ロザリオを取ってきてくれた。
《ありがとよ幽霊ボーイ》
「プール入って大丈夫なの? 今あそこ地獄なんでしょ?」
「招かれても入ろうともしていないから大丈夫だ。心配してくれたのか? ありがとう水月」
サキヒコくん招かれてないんだ、とっくの昔に死んでるのに……早く来いとか言われないんだ。天国行きなのかな、人助けで命を落としたけれども長い間悪霊として現世に留まっているのはどうなんだ? プラマイゼロじゃない? いやよく知らないけども。
「……水、抜くか。それしかないじゃろ」
「そ、そうだね。今んとこ臭いだけだけど……臭いの嫌だし」
《俺もう寝るわ……だりぃし》
ロザリオの水気をミタマの袖で拭き終えたアキはロザリオを首にかけ、後回しにしていたうがいと歯ブラシの洗浄をして部屋に戻った。
「水どうやって抜くんじゃったかのぅ」
「確かここを、こう……」
ミタマは自身の袖がしっとり濡れたことに気付いていない。和装特有の長い袖をタオルのように扱うのが面白くて黙って眺めてしまったが、俺が叱るべきだったな。後でセイカに伝えて注意してもらうか。
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