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顔の知られた恋人 (水月+荒凪・ミタマ・サキヒコ・アキ・セイカ)

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寝支度を整え、部屋に戻った。荒凪は毛糸を指に絡めて遊んでいる、いや、あやとりをしている。

「今更だけど地獄に通じた水って普通に流していいの?」

「問題ないと思うぞぃ、物質そのものが悪い訳ではないからの」

「あの形で溜まった状態の水だけが入り口として機能する感じ……? よく分かんないなぁ」

「まぁ人間には感覚的に理解するのは難し……む? どうした、さっちゃん」

サキヒコは自身の手をじっと見つめたり、時折さすったりしている。

「十字架に触れた指に少し違和感が……」

「えっ、痛いの?」

「痺れたような……? 薄まっていっているから大丈夫だぞ、心配無用だミツキ」

「本当に大丈夫? そう……なら、いいけど」

サキヒコの手に触れる。冷たい、温度を感じない。けれどロザリオに触れたという指だけがほんのりと温かい。その温かさが少しずつ失われていく。触れているのに冷えていく。冷えているのが基本のサキヒコにとっては、調子が戻っていっているということなのだろう。

「……もう、寝よっか。荒凪くん、おいで」

「ねゆ?」

「うん、寝る」

指に絡んだあやとり糸を取ってやり、共にベッドに横たわる。

「おやすみ、荒凪くん」

「おやすみー」

灯りを消し、遮光カーテンを閉じた完全な暗闇。そんな中でも荒凪の髪の内側はキラキラと輝いている、月明かりに照らされた海面のように。美しく輝く髪を梳きながら、俺はゆっくりと眠りに落ちた。



火曜日、アキには日中俺の部屋で過ごすよう伝えた。荒凪と共に長時間プールに入っているのは危険だという判断だ。地獄云々に懸念はあったものの、日に数時間は水に浸からせろと言われている荒凪のため、浴槽では可哀想なのでプールに水を入れることにはなった。

「行ってきます、荒凪くん」

「行ってらっしゃい」

水の中では流暢に喋る荒凪はプールサイドに両手で掴まり、尾を振ってくれた。



学校とバイトを終えて帰宅するとアキが出迎えてくれた。まだ全快ではないものの、昨日よりは元気そうだ。

「にーに、のゔぇむー……来るしないです?」

今日もノヴェムは来ていない。俺がネイにそう頼んだ、霊障が年齢によって変わるのかどうかは知らないが、無意識にアキが倒れるような悪影響を及ぼしてしまう荒凪の傍に幼い彼が居るのは不安だった。

「うん、ネイさんしばらく家に居るみたいなんだ」

「ねいー、居るする、のゔぇむー……ぅー……んー?」

「日本語思い付かない? ふふ……アキは、ノヴェムくんが居ないと寂しい?」

「……にーに、帰るする、ですから、寂しいする、もうしないするです」

「俺が帰るまで寂しかった?」

「だ。にーに、ららなぎ、会うする、ちょっとダメ言うするでしたなので、ぼく一人するです」

荒凪ってそんなに言いにくいかな。

「そっか……ロザリオつけてれば大丈夫かなぁとも思うんだけど、詳しく分かるまで……最低でも来週までは、ごめんね?」

「んー……にーにぃ、早く帰るする……ダメです?」

「……ごめんね、バイトあるからこれ以上は無理。今日はこれでも先輩に挨拶だけして急いで帰ってきたんだけど……寂しかった?」

アキは何も言わず、俺に抱きついた。



荒凪の乾燥を手伝って、みんなで夕飯を食べて、少し遊んで、就寝。日中一人で過ごした荒凪は言葉も動きも上達していなかった、やはり悪影響の件を一刻も早く解決しなければ。



水曜日、今日は荒凪をスイに霊視してもらう日だ。大急ぎで学校から帰った俺は、すぐに荒凪を乾かした。

「にんげん!」

「うん、人間に変身出来たね」

「俺ら着いて行かなくていいのか?」

「あぁ、セイカとアキは留守番しててくれ。荒凪くん、どう? 立てる? 歩けそう?」

手を引いて立ち上がらせてやると、荒凪はよたよたと歩いてみせた。表情は変わらないし目は見開かれていて感情が読めないけれど、俺を見つめるその仕草からは「歩けるよ!」「どうだ!」と言っているように感じた。

「行けるね。じゃ、行こう。隣町の、えーっと……」

送られた住所をコピー、地図アプリにペースト。スマホ片手に出発。レイの元カレが町外れに住み、中心には繁華街があり、繁華街を少し外れたところにはヤクザ事務所がある。隣町は治安が悪い。

「……繁華街のド真ん中だなぁ」

スイが営む如月探偵事務所は繁華街の中心にある。正確には、ガールズバーなどが入ったビルの五階が彼女……彼? 彼女? の事務所らしい。

「はぁ……何事もなく着けるといいけど」

バイトが休みとはいえ学校には当然行った、夕日が見える時間だ。昼間死んだように眠っていた繁華街が目を覚ます頃だろう、よたよたと歩く荒凪を連れて無事に探偵事務所に辿り着けるだろうか。

「行こう、荒凪くん」

学生の身で繁華街に出入りしているところを見られるのはまずい。マスクと帽子で軽く顔を隠し、いざ大人の街へ。

「お兄さん達、飲む店決まってる?」

早速絡まれた。

「決まってます決まってます。じゃ」

「あー待って待ってその店いくらよ、一時間三千円の店あるよ、飲み放題三千円! どう?」

「行かないです……」

流石に分かりやすく通せんぼをしてくる訳じゃないけれど、歩きにくいまとわりつき方をしてくる。二足歩行歴十余年の俺が歩きにくいのだから、歩き始めて一週間足らずの荒凪には余程邪魔なのだろう、普段よりフラフラして歩みが遅い。

(鬱陶しいですな、どうしましょ。コンちゃんの神通力を無駄遣いする訳にはいきませんし……うーむ)

大声で怒鳴ったら案外引いてくれたりしないかなぁ、なんて考え始めた俺に荒凪が小さな声で尋ねた。

「みつき、こまてる? みつき、この人、じゃま?」

背筋に冷たいものが這う。頷いたら、荒凪はこのキャッチの男に何をするんだろう。恐怖が膨らむ中、僅かな仄暗い好奇心が芽生えた。

「……っ、俺、知り合いと約束あるんですよ。だから急がなきゃ」

満たしてはいけない好奇心の芽生えに焦った俺の頭は見事に回転し、この状況を打破する一手を思い付いた。

「彼と、なんですけど」

地図アプリを閉じ、写真フォルダを開く。フタとのツーショットを見せつける。

「でもそんなにいいお店なら、フタさんも知りたいかも。お店のお名前と、あなたのお名前お伺いしても?」

「穂張っ……サーセンっした!」

キャッチの男は走り去った。すごいな、フタの写真の効果。

「はぁ……行こ、荒凪くん」

フタと二人だけの思い出である大切な写真をこんなことに使ってしまうなんて……あぁ、自己嫌悪が募る。
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