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ショッピングデートのため

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真夏に革ジャンを着込んで汗をかいているシュカは俺に免許証を見せてくれた。

「おぉー! 免許証、本物だ!」

「大型も取りたかったんですが……大型のバイクなんて買えませんし、置き場所もありませんからね。しばらくはお預けになりそうです」

「すごいなぁシュカ、なんか大人って感じ。なんか……遠くに感じてちょっと寂しい」

「繊細な情緒をお持ちですねぇ、あなただって取れる歳なんですよ」

「まぁ、歳的にはそうなんだけどさ」

車の免許証は将来車を運転するしないに関わらず取っておきたい、この世で一番便利な身分証明書だと母が語っていた。しかしバイクは、自転車と同じように肉体を剥き出しにして、車並かそれ以上のスピードを出すバイクは、ちょっと怖い。多分乗らない。

「バイクの免許持ってればバイトの幅が広がりますよ、郵便とか……私も新聞配達のバイト始めようと思ってますし」

「バイト始めるのか!?」

「……そんなに驚くことですか? 早朝の短い時間なら母が眠っている間に済ませられますし、仕事中はほとんど一人というのも性に合っています」

「そっか……睡眠時間短くならないか?」

「大丈夫ですよ。今まではバイトの時給よりヘルパーさん代の方が高いからとしていませんでしたが、ヘルパーさんを呼んでいない私も介護をしていない、デットゾーンならぬデットタイムを使ってお金を稼げるのなら……多少、贅沢にヘルパーさんに頼っちゃってもよさそうです。あなたの心配する長期休暇の無理は減りそうですよ」

「……長期休暇中にあんな、失神みたいな寝方してるのは確かに心配だったけど……アレを回避するために日頃から頑張り過ぎるってのもなぁ」

「問題ありません、一日一回狭いエリアで新聞を配るだけですよ? 水月は心配性ですね」

可愛い彼氏のことだ、そりゃ必要以上に、それこそ鬱陶しがられて怒鳴られるくらいに心配するに決まっている。

「……シュカこそ結構心配性だよな」

「…………は?」

「俺が熱中症になりかけた時一番に走ってきたし、保健室にも大慌てで来てたみたいだった。今日もセイカを助ける案を出してくれたし、一番心配してた。自分ではどう思ってるか知らないけど、シュカは優しくて心配性な、すごくイイヤツだよ。そんな彼氏を得られて、俺すっごく幸せだな」

照れて殴ってくるんじゃないかと構えていたが、シュカはそんな素振りは見せない。

「……優しい、というのは勘違いですが……心配性なのは、そうかもしれませんね。水月、あなたは……不良で抗争を繰り返していたようなヤツは、多少の怪我なんて唾つけときゃ治るみたいな態度だと思っていたでしょう」

「うーん……まぁ、映画とかで見る感じ、怪我で大騒ぎするのは弱いヤツみたいなノリがある集団だってイメージあるけど」

「まぁ、気軽に病院に行けるならそうかもしれませんが……私が居たグループは、家に居たら殺されるとか……中学生が本気で作った秘密基地みたいな家に生まれたようなヤツばかりでした」

シュカが身の上話をしてくれるなんて珍しい。変な返事をしてシュカの気を変えてしまわないよう、静かに聞こう。身動ぎもするな。

「清潔な着替えも、毎日のシャワーも、まともに使える救急箱もない。そんな状態で切り傷でも負ったらどうなるか知っていますか? 腫れて、膿んで、熱が出て、酷ければ腐って…………私はまだ、病院に行ける側の人間だったから、たまたま運良く酷い化膿はしなかったから、こんな傷を負っても生きていられたんです」

シュカの全身にある傷を思い出す。

「……頭を打って失神しただけだと思っていたら、急に痙攣して泡を吹いて動かなくなったヤツも……詳しい事情は省きますが病院に行くことが出来ず切り傷を放置して生きながら腐って蛆が涌いたヤツも、居ました」

「………………ほ、本当に……日本の話かよ、それ……」

「信じるかどうかは勝手です。私の持論は、不良は逆に応急手当が上手い、ですよ」

「……なるほど」

「ちなみに怪我に蛆が涌かない一番手っ取り早い方法は、炙った金属で焼いて塞ぐ、です。ほら、生肉と焼いた肉なら、焼いた肉の方が長持ちするでしょう?」

「…………遭難か漂流して怪我しちゃった時とかのために覚えておくよ」

「遭難か漂流は私と一緒にしましょうね、あなただけでも生きて帰してみせますよ」

「一緒に帰るって言うまでは山や海への旅行はお預けかな。ところでシュカ、今日はどんな予定だ? セックスしたい訳じゃないのか? デートプランがあるなら早くやろうよ、ないなら俺も一応プラン考えてあるからエスコートするけど」

シュカは今思い出したような顔をした後、俺の腕を抱いた。シュカの方から腕を組んできたのだ。あまりにもレアな仕草に目を見開いてしまう。

「ショッピングデートです、私に似合う物を選んでください」

「頑張るよ! 何を買いに行くんだ?」

とうとう自分の服のセンスを客観視出来たのか? それとも靴や帽子なんかの小物だろうか、新しい眼鏡を俺に選ばせてくれたり? そうウキウキワクワクしながらシュカに案内された先は、独特な匂いの漂う中古のバイクショップだった。

「な、何この匂い……」

ちなみに腕組みは家の前でちょっとしてくれただけで、歩き出したら解かれた。幸福はいつも儚い。

「オイルに……タイヤの匂いも少しありますね、金属加工もやってますしバイク屋はこういうものです。苦手ですか?」

「正直好きじゃないかも……」

苦手な匂いだ、しかし好きな人は好きなのかもなと思わせる独特さもある。

「あっ、おっちゃーん! こんにちは、お久しぶりです」

店の奥からのっそりと姿を現した小汚い中年男性に向かってシュカは明るく声をかけた。
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