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黒くてカッコイイやつ

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店の奥から姿を現した中年男性は酷く汚れた丈夫そうなエプロンを着けている。その手は真っ黒い何かに染まっており、その手で頬や顎を搔くから顔までところどころ黒かった。

「おぉ、シュカくんか。免許取れたかい?」

店主らしき男性はシュカと俺をジロっと睨んだ後、不意に人懐っこそうな笑顔を浮かべてそう言った。

「はい、ほら」

シュカは見せびらかすように免許証を突き出した。

「おぉー……」

「大型は取ってませんが、普通のならこれで乗れますよね。安くて良いの、あります?」

「前々から予算は聞いてるからね、いくつか見繕ってはみたけど……あんまり良いのないよぉ? ちなみに、そっちの彼もバイク買うのかい?」

「いえ、俺は……」

「水月は私の彼氏です」

シュカは俺にもたれかかるようにして右腕で俺の右腕を絡め取る。こんなイチャつき方、彼氏達の前ではさせてもらったことがない。

「ほー! その子が! へぇー……男と付き合う趣味はちょっと分かんねぇけど……いやぁ、面食いだねシュカくん。テレビでよく見る若手俳優なんかよりもずっとずーっと整ってら」

「いいでしょう!」

「ははっ、あぁ、いいなぁ」

シュカは大人の方が打ち解けやすいのか? 以前一緒に行った中華料理屋の店員とも砕けた態度で話していたし……歳が近いと見栄を張ろうとしてしまうのかな?

「おや、水月。不機嫌そうですね」

「え、いや……そんなことないよ」

「すみませんおっちゃん、水月は嫉妬深くて……誰かとちょっと親しげにしただけで不機嫌になっちゃうんですよ」

「はははそうかい! まぁ男は嫉妬されるうちが花だ、そういうのも楽しみな」

そりゃ俺の知らない男と仲良さそうにしているところなんて見せられたら不機嫌にもなる。しかし今俺の表情が硬いのは、九割は人見知りのせいだ。

「彼はバイク乗らないんだね? それとももう持ってるのかな。首都東京っつったって中心離れりゃ山がある、いいツーリングスポットもあるぜ。バイクデートするならおっちゃんに相談しな、いいとこいっぱい知ってるからよ」

「青姦スポットも知ってます?」

「あぁそりゃもうたくさん! 人通りのあるヒヤヒヤするスポットから、大声出しまくれるスポットまでよりどりみどりだ!」

「……水月、冬休みにでもバイクの免許取ってくださいよ。合宿なら一週間くらいあればイケますから」

「えっ、えぇ……」

セックス絡みでないシュカのお願いは貴重だ、ぜひ聞いてやりたいけれど、やっぱりバイクは怖い。

「なんだ免許も持ってなかったのか」

「は、はぁ……小心者でして。車の隣を車以上のスピードで身体丸出しとか……怖くて」

「ははは! 顔の割に肝っ玉の小せぇあんちゃんだなぁ、全身で感じるスピード感がたまんねぇってのに」

「確かに水月は肝っ玉は小せぇですが、ちんむぐっ、むぅー……」

咄嗟にシュカの口を手で塞ぐと彼は俺を睨みながら微かに唸った。力づくで引き剥がしてこないところ、相当機嫌がいいと見える。

「何言う気だシュカ!」

「ぷは、ナニですよ。ったくいつまで経っても童貞臭い、せっかくこの私が奪って差し上げたというのに」

「そういうこと人前で言わないのぉ! もぉー……バイク買いに来たんだろ? 早く選んで帰ろうよぉ……」

「恋人の買い物を急かす男はモテませんよ」

「可愛い恋人がここに居るんだからもうモテなくていいよ」

「…………こういうこと不意に言ってくるんですよ」

「あぁ~……いつまで経っても恋させてくるタイプだねぇ」

「すいませんオススメのバイクどれですかね!」

シュカが惚気けてくれるのは大変貴重だしありがたいし永久保存版だと理解してはいるのだが、目の前でやられると居た堪れない。俺はこの状況のレア度を無視してイベントをさっさと終わらせようと声を上げた。

「あぁ、予算内ならこの辺のなんだけど……免許取り立てなら、まぁーまずはこれかこれか……」

「地元ではだいぶバイク転がしてたんですけど」

「あんまり転がしてたとか言うなよ……」

「運転能力はあるってヤツだな、んじゃちょっと扱い辛いのでもいいか」

「エンジンがマシンの機嫌次第みたいなのは嫌です。ああいうの好きな人居ますけど……私は私の都合と機嫌を優先したいんですよね」

「ははっ、じゃじゃ馬なカノジョだねぇ」

「そこがたまらないんですよ……!」

「……そんな力んで言います?」

シュカの耳はほんのりと赤い。少しは惚気けられる恥ずかしさが分かったか。

「しかし古そうだな……こっちのまだ新しそうなのはダメなんですか? カッコイイし……」

「予算ダブルスコアですよ、値札よく見てください」

「値札……あぁ、これか」

「そりゃ本体価格で、それとは別に保険料だの何だかんだと増えちまうんだ」

「値段関係なしなら私はこれが欲しいんですけどね」

シュカが指したのは今現在の革ジャン姿によく合いそうな、黒塗りの無骨なバイクだ。それなりに歳は重ねていそうだが、予算内のバイク達ほど古ぼけてはいない。

「安いの買って、お金貯まったら安いの売って、ちょっと高いの買って……また貯まったらちょっと高いの売って、更にちょっと高いのを……ってやってくしかないですね。おっちゃんこの店潰さないでくださいよ、こんな古いの買い取ってくれるのここくらいなんですから」

「あと何年かは大丈夫だと思うけど、早めに稼いできてくれよ」

「その間これも売らないで欲しいですね」

「店の寿命が早まっちまうよ」

「これの値段は……」

シュカが欲しいと言っていたバイクの値札を覗き込んでみる。

「…………シュカ、これ買ってやろうか?」

「は!? な、何言ってるんですか水月……確かにあなたは中堅ボンボンですけど、こんな大金……」

「前京都行った時に宝くじ当たったんだよ。スクラッチ。使い道ないし……この店の中だったら上位のカッコよさじゃん? お金貯めてる間に売れちゃうよ」

「確かに、売れそうですけど……でも、こんな高いもの買ってもらうなんて流石に……」

「なら俺に借りたってことにすればいいよ、地道に稼いで売れ残りを祈るより、今買っちゃって俺にゆっくり返していく方が現実的だろ? 頭のいいリアリストなシュカならどっちにすべきか分かると思うんだけど」

「…………水月」

シュカは困ったように俺の名前を呼びながら、俺とバイクを交互に見る。本当に欲しいんだな……シュカが物への執着を見せてくれたのは初めてだ。色んな物を欲しがる子より、滅多に物を欲しがらない子に何か買ってあげたくなるのは人間の性だ。

「水月……お金、貸してください。必ず返します」

「……このバイク欲しい?」

「はい、欲しいです」

「買って欲しい?」

「……? はい」

「もっと可愛くおねだりして」

「はぁ!? あなたね、強引に買う方向で話進めておいて……!」

シュカは顔を真っ赤にして、今度は俺と店主を交互に見る。惚気ける心地良さを知っている彼も、人前で物をねだるのは恥ずかしいらしい。

「…………っ、み、みぃ、くん……ばっ、バイク……買って……?」

シュカの考える「可愛さ」はカンナを基本としているらしい。普段あまり話さない彼らだが、シュカの方はカンナを可愛く思っているなんて、とても萌える話じゃないか。

「買う買う~! もし内臓全部売るような値段でも買っちゃ~う!」

「だ、抱きつかないでください! おっちゃんお会計!」

「そんな飯屋みたいに会計頼まれたの初めてだよ」

店内がバイクだらけで狭いからなのか、シュカは力任せに俺を引き剥がしたり殴ったりはせず、俺の腕の中でただもがいていた。
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