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道徳的には全部ダメ
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堅苦しいスーツはどうにも性にあわないと、フタは着替えのため自室に戻っていった。
「……なぁ、秋風が親父さんどうするんだって聞いてる」
「え、さぁ、お兄さんは殺したがってたけど、母さんはダメだって」
「親父さんと話したいって言ってるんだけど」
「大丈夫か? 怖くないか?」
アキは小さく頷く。電話やビデオ通話では普通に話していたと聞くし、縛られている今なら怖くはないのだろう。俺はアキ達を連れて仮眠室を出た。
「基礎杭に混ぜた死体が見つかったことは今まで一度もないんですよ」
「だから! 死体が見つかるか云々じゃなくて、来日した離婚調停中の男が失踪したら私達のとこに警察が何度も事情聞きに来るでしょって言ってんの! そういう面倒なの嫌なのよ!」
「俺のとこには来ません」
「私達のとこには来るのよ!」
「……それ俺の殺意より重要ですか?」
母とボスは物騒な口喧嘩をしていた。義母は父親に何か話している、父親の猿轡は一時的に外されているが筋弛緩剤が効いているのかあまり上手く話せていない様子だった。
《今、あなたをどう殺すかで揉めてるのよ》
《…………クソったれ》
「あっ、アキぃ……どうしたの? 来ない方がいいのに」
「……お父さんと話したいって」
「えぇ? なんで……」
困惑する義母の横を抜け、アキは父親の前に立った。父子はあまり似ていない。母の遺伝子が強過ぎる。
《……よぉ、クソ親父。アンタのおかげで目がやべぇぜ》
《てめぇが、たるんでるんだ》
《んだその喋り方。一体何杯引っ掛けた? まぁいいや……親父、アンタと話したいことがある》
《なんだ? ゆいごん、でも……聞いてくれる、てか?》
セイカは父親のロシア語は聞き取りにくいと愚痴を呟いた後、俺達に端折りつつ翻訳してくれた。
《いや? アンタが鍛えてくれたおかげで、ちょくちょく絡まれる兄貴や友達助けるのに役立ってる。日本って案外治安よくないんだな。何より……ほら、俺のお姫様。この可愛いワガママプリンセスの世話を焼かせていただくのに、最高に役立ってるぜこの筋力と体幹はな》
アキはセイカを抱き寄せて微笑んで話している。
《俺と話すためだけにロシア語覚えてくれたんだ、いいヤツだろ? しかも最高に可愛いんだ、メロメロだぜ俺は。んでな、こっちが兄貴。血を感じるだろ? そっくり。超絶美形だぜ》
かと思えば、俺の腕を掴んで引っ張り、父親の前に立たせた。心細いのだろうか? いや、そうは見えない。
《兄貴はガタイはいいのに弱ぇし、そのくせ優しくてバカだから他人のために身体張って怪我したりもするんだ。いきなり日本に来て不安な時、寄り添っててくれた。俺の親友だった孤独を、死に近しいものにした。大好きな兄貴だ。ってのにこのクソ親父、俺のお姫様と兄貴に乱暴しやがって》
《……悪かったよ、怒らせたくてな》
《あぁ後、駅で一緒にちょっとデカいヤツ居たろ? アレ、ナナ。ほら、前にアンタに頼んだじゃねぇか、酒》
《あぁ……成人したお友達、ってヤツか》
《そうそう。酔っちまって味よく分かんなかったけど、酒の怖さはよく分かったってよ》
《……そりゃよかった》
《誕生日プレゼントといえば、この前俺に送ってくれたヤツなんだが、ありゃ最高だぜ。ベッドの上で冷たいもんや熱いもんが楽しめるってのはイイな》
《だろうな》
セイカが翻訳してくれる内容を聞く限り、普通の会話のようだ。とても暴力を振るわれ、逃げ回っていた息子の態度とは思えない。
「……ちなみに、親父さんからのプレゼントって何だったの?」
「ミニ冷凍庫とレンジ。置いてたの気付かなかったか?」
「え、知らない……快適になってくなぁ、アキの部屋」
父親の方も表情が随分柔らかくなっている。会話を立ち聞きしていた母もそれに気付き、複雑そうな表情でボスを睨み直した。
「……アキは、父親の死を望んではいないみたいよ」
「久しぶりに見ましたよそんな子供。穂張興業の裏のお仕事は恵まれない子供を助ける慈善事業なもので」
「アンタ……なんでそんなに虐待する親嫌いなの? いや、私も嫌いだし同じ目に遭わせりゃいいのにってニュースとか見てて思うけど……実行するって、なかなかよ?」
「一言で言うなら、解釈違い……ですかね」
「……はぁ?」
「父が虐待サバイバーだったり、従弟が虐待されてたり、妻が兄と家庭教師に虐待を受けたことがあったり、まぁ色々とあるんですが……一番の理由は解釈違いだからです」
「何、それ……」
嫌悪と困惑を全面に押し出したような、こんな母の表情、初めて見た。
「俺は両親が大好きなんですよ。すごく優しくて、温かくて、いい人達でした。おとぎ話の中みたいな、ふわふわ美しい家庭でした。殴られたことなんてありません、食事を抜かれたことも、性的な何かを強要されたことも……だから、そういうことする親は解釈違いなんですよ。親って、そういうのじゃないから、そんなもの存在しちゃダメだから、消す」
「…………アンタがまともな家庭出身って、マジで? 相当ヤバい環境で育ったと思ってたわ」
「なんでです? 俺は両親の愛を受けてすくすく育ったんですけどねぇ……まぁ、だから……俺にとって親ってのは優しく守ってくれる存在でして、後々そんな両親が結構な……まぁ、親ガチャとかいう概念で言いますと、大当たりだった訳で…………そんな大当たりの、俺の大好きな、優しい善人の両親が、俺が巣立つ前にあっさり死んじゃったのに……」
ボスの呼吸が荒くなってきた。頭を掻き、チョーカーを掴み、自傷に走っている。
「……大ハズレのクソ共が、生きてていいわけないじゃん……父さんと母さん、死んだのに、死んじゃったのに……放射性廃棄物よりも忌むべきゴミカスが、なんで生きてんだよ……って、だから、この世が解釈違い。ご主人様が生きてるこの世が間違ってるのはおかしい、だからちゃんと正してあげないとなぁって…………ご理解いただけましたね? 今すぐそこのクズを俺に殺させろ」
「…………血、出てるわ。引っ掻き過ぎよ」
「え……あぁ、本当だ…………ご主人様に怒られる……」
「アイツは確かにクソだけど、アキはそんなに嫌いじゃないみたいだし……虐待だって、苛烈過ぎただけで稽古だったから……アンタが今まで殺してきたようなヤツらほどは腐ってないと思うの。お願い、見逃して。殺さないとどうにかなるってくらいテンション的なの上がっちゃってるなら……もっと殺しがいのありそうなの、紹介するし」
そう言いながら母はチラリとセイカを見た。セイカの母親のことだろうか?
「……!? な、鳴雷……俺、殺されるの……?」
「そんなことさせないよ」
不安そうに俺にしがみつくセイカを宥めていると、父親と談笑を続けていたアキが振り返って俺達に抱きついてきた。混ざりたかったのだろうか?
「しょうがないなぁ……あぁそうだ専務、条件付きなら見逃してあげてもいいですよ」
「昔叔父さんにやったって言う守護霊消すってヤツ?」
「いえ、ちゃんと科学的な条件ですよ。GPS式超小型爆弾を埋めさせてください。日本の領土に入ったらボーン、です」
「いいわよ」
「いいのぉ!? か、母さんっ、もっとアキの意見聞くとか……!」
「強制的にこっちの都合でしか会えないようにするのはいいことだと思うわ」
「もしアレなら死にはしない位置にするんで」
「あら、こっちで決めていいの? どこにしようかしら、葉子希望ある?」
是非ではなく、どこにするかの話にすぐに移行してしまった。いいのかこれ……いいのか? 道徳的にはダメだけど、道徳とか考え始めたら最初っからもう全部ダメだし……
「死にはしないけど絶対嫌な部位……ちんこよ、ちんこ」
「利き手とかじゃないの?」
「ちんこのが嫌でしょ」
「ショック死しませんかねぇ……」
実の母親が「ちんこ」を連呼しているのが何よりも嫌だ。俺はほとんど無意識に扉を背で押し、廊下に出て壁にもたれ、ずるずるとその場に座り込んだ。
「……なぁ、秋風が親父さんどうするんだって聞いてる」
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《…………クソったれ》
「あっ、アキぃ……どうしたの? 来ない方がいいのに」
「……お父さんと話したいって」
「えぇ? なんで……」
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《……よぉ、クソ親父。アンタのおかげで目がやべぇぜ》
《てめぇが、たるんでるんだ》
《んだその喋り方。一体何杯引っ掛けた? まぁいいや……親父、アンタと話したいことがある》
《なんだ? ゆいごん、でも……聞いてくれる、てか?》
セイカは父親のロシア語は聞き取りにくいと愚痴を呟いた後、俺達に端折りつつ翻訳してくれた。
《いや? アンタが鍛えてくれたおかげで、ちょくちょく絡まれる兄貴や友達助けるのに役立ってる。日本って案外治安よくないんだな。何より……ほら、俺のお姫様。この可愛いワガママプリンセスの世話を焼かせていただくのに、最高に役立ってるぜこの筋力と体幹はな》
アキはセイカを抱き寄せて微笑んで話している。
《俺と話すためだけにロシア語覚えてくれたんだ、いいヤツだろ? しかも最高に可愛いんだ、メロメロだぜ俺は。んでな、こっちが兄貴。血を感じるだろ? そっくり。超絶美形だぜ》
かと思えば、俺の腕を掴んで引っ張り、父親の前に立たせた。心細いのだろうか? いや、そうは見えない。
《兄貴はガタイはいいのに弱ぇし、そのくせ優しくてバカだから他人のために身体張って怪我したりもするんだ。いきなり日本に来て不安な時、寄り添っててくれた。俺の親友だった孤独を、死に近しいものにした。大好きな兄貴だ。ってのにこのクソ親父、俺のお姫様と兄貴に乱暴しやがって》
《……悪かったよ、怒らせたくてな》
《あぁ後、駅で一緒にちょっとデカいヤツ居たろ? アレ、ナナ。ほら、前にアンタに頼んだじゃねぇか、酒》
《あぁ……成人したお友達、ってヤツか》
《そうそう。酔っちまって味よく分かんなかったけど、酒の怖さはよく分かったってよ》
《……そりゃよかった》
《誕生日プレゼントといえば、この前俺に送ってくれたヤツなんだが、ありゃ最高だぜ。ベッドの上で冷たいもんや熱いもんが楽しめるってのはイイな》
《だろうな》
セイカが翻訳してくれる内容を聞く限り、普通の会話のようだ。とても暴力を振るわれ、逃げ回っていた息子の態度とは思えない。
「……ちなみに、親父さんからのプレゼントって何だったの?」
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「え、知らない……快適になってくなぁ、アキの部屋」
父親の方も表情が随分柔らかくなっている。会話を立ち聞きしていた母もそれに気付き、複雑そうな表情でボスを睨み直した。
「……アキは、父親の死を望んではいないみたいよ」
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「なんでです? 俺は両親の愛を受けてすくすく育ったんですけどねぇ……まぁ、だから……俺にとって親ってのは優しく守ってくれる存在でして、後々そんな両親が結構な……まぁ、親ガチャとかいう概念で言いますと、大当たりだった訳で…………そんな大当たりの、俺の大好きな、優しい善人の両親が、俺が巣立つ前にあっさり死んじゃったのに……」
ボスの呼吸が荒くなってきた。頭を掻き、チョーカーを掴み、自傷に走っている。
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「え……あぁ、本当だ…………ご主人様に怒られる……」
「アイツは確かにクソだけど、アキはそんなに嫌いじゃないみたいだし……虐待だって、苛烈過ぎただけで稽古だったから……アンタが今まで殺してきたようなヤツらほどは腐ってないと思うの。お願い、見逃して。殺さないとどうにかなるってくらいテンション的なの上がっちゃってるなら……もっと殺しがいのありそうなの、紹介するし」
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