冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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相対する獣達

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ゴッ、と鈍い音が響く。バールで殴られたアキの父親が倒れ、唸り、悶える。

「よし仕留め損なったぁ! 水月、あのバカ犬止めるわよ!」

「はっ、はい!」

母が柱の影から飛び出し、走る。俺も慌てて後に続く。

「ストップストップストップ! 真尋くんステイ! 止まって! トドメは刺さないで!」

父親をうつ伏せに蹴り転がし、ボスはその背中に馬乗りになる。後頭部を殴打されたせいか上手く動けないでいる彼の背で、ボスは懐からペンケースのような物を取り出した。

「ぁ……ゆ、唯乃、怖かった……唯乃ぉ」

「ちょっと待ってて! 真尋くんそれ何!?」

ペンケースのような物の中身は二本の注射器だった。ボスはそのうちの一本を握っている。

「筋弛緩剤」

「適量?」

「……死にゃしない」

「よし!」

ボスは注射器の中身を父親に注入した。母は義母を抱き締めて宥め、俺は倒れている父親を眺めた。元カレを圧倒した彼が、俺を踏み付けて痛め付けた彼が、一撃で倒れた。不意打ちと凶器の恐ろしさを実感した。

(……クソデカバール、人間の頭にフルスイング出来る人間……怖)

何よりも恐ろしいのは、躊躇なく凶器を振るったボスの精神性だ。人は人を傷付けるのにある程度の抵抗があるはずだ。人を虐めて遊ぶ本能的な残虐性と同様に、同族殺しを嫌悪する本能があるはずだ。

「今日の晩飯何食べようかな……鳴雷さん何食べたいです?」

従弟に怪我を負わされた怒りや憎しみがあるからってこんな、躊躇なく、冷静な顔のまま殴って何かを注射して、その後平然と夕食の話をする……何なんだ、コイツ。

「……鳴雷さん?」

返事が出来ないでいる俺を見て彼は不思議そうに首を傾げる。

「他に聞くか……」

小さくそう呟いて、暑いだの何だのとのたまって事務所へ戻っていった。

「水月、水月! ちょっと男手用意して。コイツ中に運ばなきゃ。こんな頭から血ぃ流してるのほっといたら警察来ちゃうわ!」

「ぁ、はいっ!」

慌てて事務所へ戻る俺に向かって乱暴にスピードを上げた車が向かってくふ。

「えっ……わぁっ!?」

咄嗟に前に跳ぶ。黒い車は急ブレーキをかけて俺を避けるドリフトをし、穂張事務所の駐車場へ滑り込んだ。

「あっぶな……」

身体が動かなかったら轢かれていただろう、意外に良かった反射神経に感謝しなければ。と、ドクドクと荒ぶる心臓に手を当てながら呼吸を落ち着けようとしていると、運転席の扉が開いてスーツ姿の男が降りてきた。

「ぁ、ヒトさ……」

長身、オールバックに固められた髪、その美しい顔立ちを見て、名前を呼ぼうとした俺の耳に届いたのは──

「みつきぃ!」

──情けなく愛らしい、どこか舌っ足らずな子供っぽさの残るフタの声だった。いや、声自体はヒトとフタはよく似ているから、話し方や呼び方と言った方が正しいのか。

「みつき! みつきごめぇん! 大丈夫? 大丈夫ぅ? 怪我はぁ!?」

「だっ、だ、大丈夫ですフタさん……なんですかそのギャップ萌え狙いのクソエロ衣装は」

「ごめんねぇ~! 急いでてさぁ~! えっとぉ……えっと、なんで急いでて……? ん? 急いで………………あれ、俺なんかしたっけ、何したんだっけ、なんか……あれ? 今みつきに……みつきなんでこんなとこ居んの?」

「……ぁ、男手。後で説明するので、とりあえず来てもらえます? 皆さんも一緒に……こっちに」

フタの運転していた車には従業員達が乗っており、俺は彼らに呼びかけてアキの父親を事務所内へと運んでもらった。従業員達は慣れた手つきで父親を椅子に座らせ、縛り付けた。ご丁寧に猿轡付きだ。

「おかえり仔犬共」

見計らったかのようなタイミングで上階からボスが降りてくる。フタ含め従業員達は慌てて跪いて頭を垂れた。

「メッセージでも伝えたと思うが、俺は人探しをお前らに頼んだよな? 結局、リスクの大きい囮を使った誘き出し作戦になっちまった訳だが……誰か、言い訳はあるか?」

「なにが……?」

「フタ、お前は楽にしてていいぞ」

「わーい。なんか怒られてたっぽいけど許してもらえた~、みぃ~つき~、あーそぼっ」

抱きつかれ、わしゃわしゃと頭を撫でくり回される。

「あ、はい。遊びましょう、遊びましょう……こっちの部屋行きましょ、フタさん」

「こっちぃ? どっちぃ? クーラー効いてたらどこでもいいけど~」

ヤクザの反省タイム、少し興味はあるけれどきっと恐怖に震え上がることになるだろうし、早くレイ達の元に戻りたい。そう考えた俺はフタを連れて仮眠室に向かった。

「せんぱぁい! せんぱい……!」

「……っと」

扉を開けた瞬間、レイが抱きついてきた。

「怪我してないっすか?」

「大丈夫だよ、ごめんな心配かけて」

一応、俺の彼氏達だけで集まれた。義母も同じ建物内に居るし、こっちに来る可能性も高いから、あまり騒がしかったり深いことは出来ないけれど、軽いキスや会話なら出来そうだ。彼女の目を気にした言動にはストレスが溜まる、彼氏達に癒されよう。

「鳴雷、無事でよかった……親父さんは?」

「捕まったよ、今縛られてる。ぁ、レイ、彼氏になってからは初めてだよな? フタさん、俺の彼氏」

「よろしく~」

「あっ、はい! よろしくお願いしますっす。せんぱいヤクザさんも彼氏に……ん? フタさん? この方、ヒトさん……じゃ?」

「あぁ、なんかヒトさんっぽいカッコしてるけどフタさんだよ。フタさん、どうしたんですかこの格好」

「何が?」

きょとん、と首を傾げる。

「スーツ! いつも着てないでしょう? どうしたんですか?」

「ん? あぁホントだ、何でだろ」

「髪も! いつもワックスなんてつけてないでしょう?」

「うわ、なんかベタベタする。なにこれ」

「俺の服で拭かないでください!」

ワックスで固めたのだろう髪に触れたフタは不愉快そうな顔のまま俺の服で手を拭った。服装も髪型もフタ本人に聞いても何も分からない、まぁ正装しなければいけない用事があっただとかの推測は出来るけれど。

「ご覧の通りフタさんはすごく忘れっぽいからその辺ちゃんと分かった上で話すんだぞ。怒ったらフタさんしょぼんってなって可哀想だから……」

「だれ?」

フタが何もない空間を指差す。ポン、と音がしてミタマが姿を現す。

「……誰か入ってきよったから咄嗟に隠れたんじゃが。ヌシ、何者じゃ。並の幽霊より見えづろぅなっとったはずじゃぞ、今のワシは。それに……その、肩の」

「イチニィミィがめっちゃ威嚇してるんだよね~……なんか、悪いヤツかなぁ?」

「俺の新しい彼氏です!」

「そっかぁ~。イチニィミィ、シャーしないよ~、よしよし……フー言わないよ~」

フタは肩の上の何もない空間で何が撫でるように手を動かしている。

「……肩と頭に猫又が乗っとる。猫は人を祟るために妖怪化することが多いんじゃが……ふむ、怨念は感じんの。三匹揃って主人を守るために憑いとるようじゃ」

「へぇー……」

「む……? 猫又達から抗議があった」

「抗議? なんで?」

「…………主人を守るため、などではないと」

違うのか? 不穏だな。

「……このぽやぽやしてどうにも放っておけない人間は、我等の仔猫のようなものだ。主人ではない。と言っているな」

「えぇー! 俺飼い主なんだけど~! どういうことイチニィミィ!」

ネットでよく見かける「猫は飼い主を下僕か何かと思っていて、主人として敬ってなどいない」論は案外と正解なのかもしれないな。
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