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真正面から迎え撃つなんて馬鹿らしい

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アキの父親が見つからないらしい。一体どこに隠れているのだろう。いやしかし、穂張興業の従業員はそう多くないし、この広い街の中見つからないのはそう不自然でもないかもしれない。元カレの後輩達がヤツをすぐに見つけたのはヤツが俺達を尾行していたからだろうし。

「はぁーっ……もう面倒臭い。秋風くん、呼び出してくれません?」

「えっ、ちょっとやめてってばそういうこと!」

「呼び出して欲しいだけですよ。後は俺が仕留めますから」

「國行くんダメだったからもう何かそういうの信用出来ないの! 嫌ったら嫌!」

俺も反対だ、ボスでも勝てないかもしれないとかそういう話ではなく、単純にこれ以上アキにストレスをかけたくない。そのためには早期解決も求められる。俺もアイディアを出すか。

「葉子さんが呼び出すってのはどうですか?」

「えっ、私?」

「葉子さんはアキのお母さんだし、元妻な訳だから、来ると思うんです。親権についてもう一度話したいとか言えば……どうでしょうか?」

「い、嫌よ、怖い……」

「でも、ずっとお父さんに襲われるかもっていうストレスかかってたら、アキ……体調崩しちゃいますよ」

「アキ……でも……ぅうぅ……」

彼女もDV被害者だ。加害者を呼び出せなんて無茶な提案だと分かってはいる。けれど俺は彼女よりもアキの方が大切だ。アキのストレスは出来る限り軽減してやりたい、その代わりに彼女の心が多少壊れようとも俺の心はほとんど傷付かない。罪悪感はあるけれど。

「俺も近くで見守って、危なそうなら助けに入りますから……ね、一緒にアキを守りましょう」

「…………うん! 分かった……た、助けに来てね? 絶対よ? えっと、どう呼び出そうかな」

アキの父を呼び出す文面は母と義母で考えてもらった。場所はボスの指定で事務所近くの寂れた有料駐車場だ。

「あの……お兄さん着替えないんですか? そんな動きにくい格好じゃ戦えないと思うんですけど」

「鳴雷さんって終点厨ですか?」

「え? いや……ステージギミックもアイテムもある方が好きですし、色んな背景見たいので色んなステージやりますけど」

「なら、分かるでしょう? 正々堂々だけが強さじゃない。ギミックを仕込むのと運も戦いには大切。動きやすい服じゃ戦いにくいんですよ、仕込む場所が減って」

袖や懐に凶器や暗器が仕込んであるということだろうか。元カレはただのフィジカルモンスターだが、彼は……殺し屋か何かだ。

「それに着物ってそんなに動きにくくないですよ」

「えぇ……?」

「すぐに分かりますよ」

それもそうか、と俺は指定された駐車場が見える位置を探しに外へ出ることにした。

「俺と秋風は中に居るから」

「俺はせんぱいと一緒にっ……」

レイは俺に着いてこようとしたが、俺は彼を強引に仮眠室に押し込んだ。 

「何するんすか! 俺はせんぱいと一緒に居るんすぅ! せんぱぁい!」

扉越しにレイの喚く声が聞こえる。

「レイ、聞いてくれ! 形州もヒトさんも行っちゃって、もうアキとセイカを見てあげられるのはレイしか居ないんだよ」

「せんぱいも一緒に居ればいいじゃないっすか!」

「俺は……遠巻きに様子見るだけだよ。今度こそ大丈夫だから」

「…………もぉお! せんぱいちっとも分かってないっす! もう知らないっす! せんぱいのばかぁ!」

扉の前から気配が離れた。俺も扉から離れ、事務所を後にする。既に外に出ていた母と義母とボスと合流し、軽く相談。

「じゃあ、私達は向こうで見てるわ。何かあったら止めに入ってあげるから、しっかりね、葉子」

「頑張ってください」

「……俺は向こうの方へ」

俺と母は駐車場が見られる、穂張事務所のビルを支える太い柱の後ろへ隠れた。ボスはどこへ行ったのか分からない、黒一色の着物は目立つはずなのに。

「大丈夫ですかね。ボスさん勝てると思います?」

「……私達がするべきなのは勝つ勝たないの心配じゃなく、マキシモが死なないかどうかよ」

俺にはまだ母のその言葉の意味がよく分からなかった。



ほどなくして、パーカーのフードを目深に被り目元を隠したアキの父親が現れた。

《……はい、マキシモ》

《ヨーコ、久しぶりだな》

気さくに挨拶を交わしているように見える。

「ママ上、翻訳してくれません?」

「挨拶し合ってるだけよ。静かにしてなさい」

シー、と立てた人差し指を唇に当てる。幼い子供扱いされた気分で、少し不愉快だ。

《俺の息子はどこだ?》

《そのことなんだけど……秋風、目を傷付けちゃって》

《あー、券売機に叩き付けちまった時かな。アレは俺の失敗、久しぶりで加減分かんなくてよ……目見えなくなったりはしねぇんだろ?》

《……分からない。元通りに見えるようになるかは……ねぇ、どういうつもりなの、息子の目ぇ潰すなんてっ! どういう……!》

母は俺の耳元で、今は義母がアキの瞳が視力を失うか否かの瀬戸際だと大袈裟な話をしていると説明してくれた。それは先程立てた作戦通りだ。まずはあの男の悪辣さを測る、ここで後悔してくれるのならボスを宥めてやってもいいかもしれない。

《知るかよ、受け身取れねぇのが悪ぃんだろ。ったくみっちり鍛えてやったってのに不意打ち食らわせただけで目ぇ潰れるなんてありえねぇ、弱過ぎんだよ》

《はぁ……!?》

《そもそもお父様が来るってのに旅行行くのが気に入らねぇ、被せただろアレ。お仕置きしてやらねぇとな、鍛え直す必要がある。秋風を出せ、ロシアに連れて帰る》

《ふざけないでよ、なんでアキがあなたに会いたくないか分からないの》

義母の声は震えている。

《分かってるよ、訓練サボりたいんだろ? ったく仕方ねぇヤツだ、お前もな。離婚もまだハッキリしてねぇってのに勝手に秋風連れ去りやがって……弁護士使わずに俺一人で来てやったのありがたく思えよ》

《……アンタの虐待とDVの証拠は揃えてある。裁判沙汰になったら不利なのはアンタの方……って分かってるから弁護士なんか使わないんだと思ってたけど、もしかして使い方分からないだけなの?》

《なんだと……? てめぇは家事もろくに出来ねぇ仕事も見つけらんねぇ、お前なんかに子供を育てられる訳ねぇだろうが! 秋風は俺に寄越せ!》

《アンタだって仕事してないじゃない!》

《第一てめぇは詐欺だぜ! 日本人の女は大人しくて物静かって聞いてたのにギャンギャンピーピー喚きやがってよぉ!》

内容は分からないが、激しく言い争っているようだ。母が小さな声で「そろそろまずいわね」と呟き、柱の影から出て手を挙げた。

「……? 母さん?」

母はすぐに柱の影に戻った。今の行動は何だろうと悩む俺の目に、黒い着物を着た男が映った。ボスだ。下駄を履いているというのに静かに、義母と口論中の彼にゆっくりと近付いていく。

「……っ!」

大きなバールが振り上げられたのを見て、俺は思わず目を強く閉じた。
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