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荷物をまとめて避難の開始を

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いい笑顔だ。とても。元カレを脅して協力を約束させ、レイは満面の笑顔を浮かべている。

「やったっすよせんぱい! 褒めて欲しいっす!」

「あ、あぁ……ありがとう」

「ありがとう! 水月くんボコボコにしたんだもの、すごく強いのよね元カレくん」

「くーちゃんはハチャメチャに強いっすよ」

確かにアレを形容するには「ハチャメチャ」が合っている気がする。と、車に向かって人間を投げてくる恐ろしい光景を思い出して身震いをした。

「あの人が気絶させられなかった水月くんが負けるんだもの、その子ならきっと勝てる……!」

「えっ俺そんなに評価高いんですか」

「だって気絶させられなかったんでしょ? あの人、脳震盪狙いするからそれ回避出来たのはすごいよぉ。どうやったの?」

「……アキの戦い方何回か見ましたし、セイカが失神させられたのとか見て……顎狙ってくるって分かったので、こう、首に腕を……」

首を守るように腕を交差させ、うつむき加減になって首と顎を同時に守る。

「こういう姿勢で蹴られたので、ここ打撲でこっちの肘擦りむいてるんです」

「なるほどぉ……ごめんね元夫が」

「俺の元カレの方が酷いことしたんで……」

「励まし方おかしいだろ。はぁー……どいつもこいつもろくでもない男引っ掛けてさぁ……」

ごめんなさい、と二人揃って頭を下げた。ちゃんと謝られているのに真面目に謝られている気がしない。何故だろう。

「で、どうするっすか? くーちゃん今呼んじゃうっすか?」

「うん……いつ来るか分からないし、早めに頼める? アキだけでも君の家に匿って欲しいな……もちろん生活費は出すから。お礼の気持ちも込めて、ちょっと多めに」

「お金は気にしなくてもいいっすけど……じゃあ、アキくんはウチで預かる流れで……せんぱいとせーかくんはどうするっすか?」

「……どうしよう?」

聡明なセイカの意見を伺うため、俺は彼を見つめた。

「俺は気ぃ失ってたから正確な情報は持ってないんだけど、秋風に聞いた親父さんが話したことと、お前らの状況説明を合わせて俺が推測した親父さんの目的は、秋風の実力を見ること……ただ喧嘩売ったり手合わせしようって言うんじゃ逃げるかもしれないから、怒らせて向かってこさせようって感じ……じゃ、ないかなって。又聞きの情報から、勝手な推測をしてみたんだけど」

「……それで?」

「秋風は一人だったら多分逃げるのを最優先にしてた、俺や鳴雷が居たからダメだった。向かっていった。だから……秋風は一人の方がいいと思う、自分の身だけを守れる」

「でもアキだけ預かってもらって、水月くん達こっちに居てってしてたら……ここにあの人押し入って来たら、やっぱりボコボコにされて呼び出すネタにされちゃうんじゃない? あの人もアキの電話番号とか知ってる訳だし。みんなで逃げた方がいいと思うの」

「ぁ……そっか、俺達が秋風を呼ばずに耐えれば人質にはされないと思ってた。そうだ、向こうは秋風と連絡取れるんだ……」

「じゃあみんなで俺の家にしばらくお泊まりっすね。俺ん家マンションなんで、そう簡単に侵入は出来ないっすよ」

まず最初の関門はオートロック、住人の後に続いてそれを突破したとしても、共用廊下に面した窓には鉄柵がはめられており、その窓を割っての侵入は難しい。ベランダ側の窓からの侵入は外壁をよじ登りでもしない限り不可能。マンションは一軒家に比べ襲撃に強い。

「今からすぐ行くっすか?」

「……だな、いつ来るか分からないし……早い方がいい」

「わ、私どうしよう?」

「え……っと、どうしましょう…………来ます?」

めちゃくちゃ嫌だけれど、断ってくれると信じて、形式として誘ってみた。

「……いい?」

断れよ! 気兼ねなく美少年達とイチャコラ楽しめる機会だと思ったのに! と叫びたいところだが、彼女も危険な立場だ。仕方ない。

「大所帯っすねぇ……寝るとこないのは覚悟して欲しいっす。じゃ、マンションまでの用心棒にくーちゃん呼ぶっすよ。くーちゃん、話聞いてたっすかね、来て欲しいっす。五人なんでいつものバイクは邪魔っすから、徒歩でお願いするっす。電車で来るっすよ、交通費くらいは渡すっすから」

『…………図太くなったな』

深いため息と共に電話が切られた。用心棒が到着するまでに数日の泊まりの荷物をまとめておくかな。

「お昼は行く途中で買っていこうか、私作ってあげる!」

「い、いえいえいえ、俺が作りますから……」

なんて話しながら荷物をまとめて出発の準備を整えた。俺は自分の荷物と折り畳んだ車椅子を持ち、レイ以外は自分の荷物が詰まった大きな鞄を持った。

「準備完了! っすね。くーちゃんまだかな……」

「くーちゃんって可愛いあだ名ね、水月くん二人きりだとみーちゃんって呼ばれたりするの?」

「いや……くーちゃんのくはクソ野郎のくなので」

「國行のくっすよ!」

「ふふふっ……水月くんも恋人のことになると調子狂っちゃうのね」

俺の言動はほぼ「恋人のこと」なのだが。

「遅いっすね、何して……ぉ、メッセ来たっす。着いたって。行きましょーっす!」

五人揃って家を出るも、玄関からでは元カレの姿は見つからない。家の前の道路へ出てみると、元カレと警官の姿があった。

「…………助けてくれ」

「くーちゃん……何したんすか」

「……何もしてない」

元カレと警官から事情を聞いたところ、単なる職務質問だったようだ。どうやら警官は駅だけでなく、俺の家の周りも巡回してくれているらしい。

「監視カメラに映った男の発言を解析、翻訳しましたところ、秋風と……こちらの息子さんの名を何度も呼んでいて……通り魔的犯行ではなく、個人を狙ったものではないかということで、近辺のパトロールをしております」

「……お疲れ様です」

母はヤツについての情報を警察には渡さなかった。だが、警察は決して無能じゃない。捕まえずともアキの父親だとすぐに気付くだろう、と俺は考える。

「パトロールをしていましたところ、例の男と似た背格好の男がやってきたので職務質問をさせていただいたのですが……」

「すいません、俺の友人です。俺達の方でも秋風の名前を呼んでいたなって後から気付いて……マンション住まいの友人のところへしばらく泊まらせようかと。それで、友人の中で一番腕っぷしの強い彼に用心棒を頼んじゃったりして……ははは」

「…………友達」

ただの方便だ、嬉しそうな顔をするな。

「っていうか俺が見たのは白人っぽかったぞ、めちゃくちゃ黒いじゃないかコイツ」

セイカの言葉に警官は困ったように微笑みながら軽く頭を下げる。

「私の立場からは警察に任せて欲しいとしか言えませんが、すぐに駆けつけられるとは限りませんので対抗手段を増やしておくのは個人的にはいい選択だと思います。しかし凶器を持っている可能性もありますし、何より危険ですので……素晴らしい体格をしておりますが、慢心せず、身を守ること……逃げることを第一に考えてください」

「…………分かってる」

「高校生と仰っていましたね。その体格なら警察官になればきっと活躍出来ます、ぜひ選択肢にお入れください」

「……俺はデザイナーになるんだ。悪いが、身体を張った仕事は選ばない。荒事は嫌いだ……もういいな? レイ、行くぞ」

どの口で「荒事は嫌い」とか言ってんだコイツ、あと馴れ馴れしくレイの名前呼ぶんじゃねぇよ、と思いつつも俺は警官の手前仲のいい友人の演技をしながら元カレの隣に並んだ。
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