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デカい。レイの元カレはとにかくデカい。俺は184センチと高身長の部類なのに、俺はヤツを見上げている。ヒトフタサンの三兄弟よりもデカいんじゃないか?

「おっ、おい、お前」

彼氏の手前、元カレにへりくだる訳にはいかず、俺は強気に呼びかけた。

「…………ん?」

ギョロ、と歌見の比じゃない異常なまでの三白眼、いやもはや四白眼と呼ぶべき目が、俺を鋭く射抜いた。

「ピッ」

気付けば俺は路上で土下座をしていた。

「無言で俺見るのやめて欲しいっすくーちゃん、俺とアンタはもう他人っすよ」

「…………いや、コレ……お前の、今カレ」

「せんぱいの奇行は今に始まった話じゃないっす」

「そんなことないだろ!? っていうか今のは奇行じゃない! 犬が格上見て腹見せるようなもんだ!」

カッコつけていたかったけれど、無理だ。ヤツはレイの元カレとはいえ今は協力を要請している立場なのだから、多少へりくだってもいいのではないか?

「ごめんなさいホント……えっと、か、形州……くん!」

「…………歳下だろ、お前」

「形州さん! おっきいですね~、俺も結構背ぇ高い方なんですがぁ……何センチですか?」

「……二メートルと、少し」

「大台乗ってるぅ~……日本人って二メーター超出来るんですね。ハーフだったり?」

「…………知らん。多分、違う」

世間話一つするだけで怖過ぎる。デカいからか? 目付きが悪いからか? 一回ボロ雑巾みたいにされたからか? 手が震えている。ウケる。録ってSNSに上げちゃお、あっスマホ持つ方の手も震えてるや、アハハハ……危ない危ない恐怖のあまり現実逃避し始めていた。

「いやぁ、すごいなぁ、それだけ大きかったら出来ないことないでしょ。羨ましいなぁ」

俺に元カレくらいの体格があれば歌見だってサンだって楽に介抱出来るだろう。やはり彼氏としては愛しい恋人にお姫様抱っこをしてあげたいのだ。

「…………出来ないことの方が多い」

「え、たとえば?」

「……兄ちゃんの膝に座れなくなったし……抱っこも、してもらえなくなった」

「へ、へぇ……確かに、その身長じゃ無理かもですね」

「…………でも代わりに、兄ちゃんを膝に座らせられるし、兄ちゃんを抱えられる。から……まぁ、一長一短、だな」

「ほへぇ~……」

声が上から降ってくるのは穂張三兄弟などで経験済みだが、その声がこんなに大人しくて小さいのは初めてだな。

「ふんっ……そのブラコン治さないと、まともな恋人なんか一生出来るもんか」

レイが小声で悪口を言っている。元カレの視線はレイに一瞬向いた、聞こえていたのだろう。

「…………駅に着いたが、まだ俺の用心棒は必要か? 駅で襲われたと聞いたが……駅さえ越えればいいんじゃないのか?」

「一応俺ん家までお願いするっす。交通費は後であげるっすし、家に着いたら水道水くらいは飲ませてあげるんで」

「……人使いが荒い」

「私はすごく感謝してるよ。夏休みの昼前なんて、きっと友達とかと遊んでる真っ最中だったでしょうに、いきなり呼び出したのに来てくれて……すごく優しいのね! 君はいい子だからきっと次の恋もすぐ見つかる、頑張ってね!」

ヤツにとっては元カレの今カレである俺が友人と嘘をついただけで喜ぶほど友人飢えているのに、こんなことを言われたら腹が立つだけだろう。

(……表情読めねぇですな)

無表情だ。怒ってはいないのかな? 義母には発言に気を配って欲しいものだ。



電車内ではお静かに、なんてポスターの言いつけを守る気はなかったけれど、誰も誰とも話す気になれなかったらしく俺達はとても静かだった。

「ここで降りるの? この駅……唯乃にあんまり近付くなって言われてるところよ」

ヤクザが居るからかな、と穂張組がこの街に居る理由である穂張組ボスの大切な従弟こと元カレをジロっと見つめる。

「まぁ、治安は悪いっすからね。でもそのボスがここに居るんで安心っすよ」

「そ、そうなの~……」

義母はそっと元カレから距離を取った。しかし前方から明らかに不良らしき少年達がやって来たので元カレの背後に隠れた。

「あっ、先輩! お疲れ様です!」

怪我が目立つ少年達は元カレを見つけるとハッとして頭を深く下げた。

「……あぁ」

「失礼します!」

「…………待て。お前ら……こっちに行くんだな?」

「は、はい……そうっすけど」

「……ついでに頼まれてくれないか?」

少年達は怯えた顔でコクコクと頷く。ヤツの頼みを断れる人間なんて居ないだろう。

「…………俺より少し背は低く、俺よりも太い……んだよな?」

アキの父親のことを聞いているんだよな? そのつもりで返事をするぞ?

「あっ、はい。筋肉の上に脂肪乗ってる感じでした」

元カレは脂肪はあまりなさそうだ。歌見とは違い、袖のある服を着て谷間も見せていないから正確には分かりにくいけど。

「……だそうだ。そんな……白人?」

「はい、金髪の……目が青い人」

「…………そう、白人。顔を隠したりはしているかもしれない……そいつを見つけたら連絡しろ、接触はしなくていい、盗撮は……バレないように出来る自信があれば、やれ」

「分かりました……理由を聞いても?」

少年達の視線は元カレだけでなく、俺やレイにも向いている。俺達が何故一緒に居るか分からないのだろう、俺もよく分からない。

「………………何故?」

「え……なぜ、って」

「……理由を聞かないと出来ないのか?」

「そんなことは……」

「…………聞く必要はないんだな?」

「は、はい……必要は、ないです。失礼しました……あっ、今の話他のヤツにも広めときますねっ。で、では……」

少年達は足早に去っていった。

「……これでヤツがこの街に入れば俺に連絡が来るようになった。目撃情報はお前に送る、それでいいな?」

「ありがとうございます……?」

「流石くーちゃん! 頼りになるっすねぇ」

「オワァ……!? レイレイレイレイぃ! お、俺っ、俺……おんぶしようか!?」

「アキくん誘導してるんでいいっす……なんすか急に」

元カレに対してそんなことを言うのを、今カレの俺が許容出来る訳ないじゃないか。しかし頼り甲斐の出し方なんて分からない、いや、数々の乙女ゲームやBLゲームをプレイしてきた俺なら分かる。

(攻略キャラの頼り甲斐が見られるイベント、それはプレイヤーがナンパされた時でそ。外出時に一定確率でナンパされて、それを追い払ってくれるというイベントが……されねぇよ! ナンパされねぇのよレイどのは!)

そもそも男がナンパされることは少ない上に、レイはピンク髪に紫パーカーというナンパしにくい奇抜な色をし、この街ではレイは「形州のオンナ」的な立ち位置……

(そもそもナンパ追い払うのって頼り甲斐あります? 女性がナンパされていて、それを守る男性はそりゃ頼り甲斐あるかもしれませんが……レイどのが男性にナンパされるならともかく、女性の逆ナンだったら追い払っても別に頼り甲斐ないし……逆ナンなら多分わたくしの方がされますし……逆ナンって、されて断ってもなんか、ちょい浮気みたいな態度取られるんですよな……なんで?)

ぶつぶつと心の中で呟いていると、元カレのスマホが鳴った。スマホを確認した彼は立ち止まり、ため息をついた。

「くーちゃん?」

「…………尾行されていたらしいな。馬鹿正直に真っ直ぐ家に向かったのは失敗だった」

「え……?」

「……着く前に知れてよかった。潰してくる」

スマホをポケットに戻し、元カレは踵を返し来た道を戻り始めた。
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