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脅迫は十八番?

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困惑、恐慌、そんな感情で満たされたまま朝食を食べたせいか、味どころか献立すらも覚えていない。気付けば皿は空だった。


昨晩俺に夜這いを仕掛けたのは、フタではなくヒトだったのかもしれない。


フタの首筋は綺麗なままで、ヒトの首筋には赤い跡がある。アレが俺の歯型とは限らない? 机を挟んだこの距離じゃそれを確認出来ない? うるさい黙れ楽観的思考はやめろ、ヒトの「フタと見分けがつかない」だとか「暗闇では分からない」だとかの発言からして、昨晩の男はフタではなくヒトで確定だろう。

(なんで……なんでなんでなんでなんでなんでっ)

夜這いのつもりはなかった? それはない。トイレに起きて単に寝室を間違えただけだったが、酔っていたし勢いでヤってしまった……だとかだとしたらもっと気まずい顔をするはずだ。昨晩俺の元に来たのは自分だと匂わせるような発言をドヤ顔でかましてくるのだから、わざとだ、夜這いのつもりで来たんだ。

(…………意図は、何)

フタと呼んでも否定せず、俺を水月と呼び、話し方をフタのように間延びしたものに寄せつつ、ただでさえ似ている声の判別が余計につかなくなるように吐息だけで話すようにしていたのだから、フタのフリをしていたと考えていい。

(なんで……)

何度考え直しても行き着くのは「なんで」の三文字。フタのフリをして俺に夜這いをかける意図が分からない。怖い。何をする気なんだ? 何がしたいんだ? 全く想像が付かない。

「なんで……」

考え続けていた三文字が、俺は口に出していないのに確かに声として聞こえて、思わず顔を上げるとセイカがヒトと話していた。

「髪……メッシュ、おそろい? っぽいの……してるの? なんか、あんまりそんな……そんな兄弟じゃ、なさそう……ぁ、ごめんなさい……よく知らないのに、こんなこと言って」

「仲良さそうには見えないってことですよね? 実際良くはないですし……これは見分けのためですよ。髪型や眉の形で誤魔化してますが、私達は顔立ちがそこそこ似ているんですよ」

「言われて……みれば? でも、そこまで……うーん……?」

セイカは三人の顔に手をかざして髪型や眉を除外した顔を見ようとしている。可愛い。

「一番似ているのは髪質ですね。サンは伸ばしているので分かりにくいのですが、三人共強情で激しい外ハネの髪なんです」

「くせっ毛って似るんだ……」

「……で、私達の上のお方がですね、人の顔と名前を覚えるのが酷く不得手でして……私に言ったんですよ、見分けがつかないと」

「え~……? つく……けどなぁ。なぁ、つくよな、鳴雷」

「…………ふふっ」

含みのある笑顔だ。ついてませんでしたよね、とでも言いたいのか?

「髪型や服装で人を記憶するんですよあの人……他者への興味が薄いんでしょうね。見分けてもらうために名前の数と同じ数のメッシュを入れているんですよ。ヒトの私は一筋、フタは二筋、サンは三筋。サンは見分けられていたのでまぁ、ついでですけど」

「なるほど……嫌じゃないの? 他人の都合で髪染めたりするの……」

「……いいアイディアだと褒めていただきましたから」

「ヒト兄貴はおだてたら割と思い通りになるんだよね~、せーくんも今度やってみたら~?」

「そう思っているならおだててみて欲しいものですね」

「やだよ。ヒト兄貴おだてようが罵倒しようがボクの言うことは聞くじゃん。だからおだてるとかしたらもったいない気がするんだよね~」

普段なら苦笑いをしていられる愉快な会話も耳に届かない。考えても無駄なのに考え続けていると、づんっと頬をつつかれた。

「……痛っ、な、何っ……フタさん? 何ですか?」

「ん~……なんかぁ、死にそ~な顔してたからぁ~……大丈夫かな~って」

「すいません心配かけて……大丈夫ですよ」

「そぉ?」

悩んでいても無駄だ。フタにつつかれたおかげなのか、覚悟が決まった俺は机に手をついてゆっくりと立ち上がった。

「あっ、あの! ヒト、さん……少し、お話が……あるんですけど、今いいですか?」

声が裏返ってしまった。

「……構いませんよ。場所を変えたいんですか?」

「出来れば……」

「分かりました。フタ、サン、大人しくしているんですよ」

「…………なんか兄貴今日機嫌良くて気持ち悪くない?」

「昨日よりはだいぶ良さそうだけど……あんまり気持ち悪いとか言うなよ」

廊下をしばらく歩き、サン達に会話が聞こえなさそうな位置で立ち止まる。目に付いた襖を開け、近辺の無人を確認する。

「……お話というのは?」

近くで見ると分かる。ヒトの首筋にあるのは打ち身や虫刺されなんかじゃない、確かに人間の歯型だ。俺の歯型かどうかは調べるまで分からない……なんて今更ジタバタする気はない。問いたださなければ、何故昨晩あんなことをしたのか。

「あぁ、昨日約束したことですかね? 絶対だと、言っていましたものね」

「や、約束……?」

ヒトは余裕の笑みをたたえたままスマホを取り出したかと思えば、昨晩フタと撮ったと思っていた俺とヒトの事後の写真を見せた。それはもう印籠でも見せつけるように。

「よく撮れているでしょう? 私だと分かりますよね?」

真っ暗闇でフラッシュライトを焚いた写真だ、綺麗に撮れているとは言えない。しかし写真の中で俺の隣に居る男の肩には炎を表したような刺青が見える。あんな模様フタの肩にはない、フタの肩や腕には桜吹雪が散っている。

「…………聞かせて、くれませんか……どうしてあんなことをしたのか。食事中もずっと考えてたんですけど、全然思い付かないんです」

「思い付かない……全然って、少しも? 一つも?」

「……はい。だって、ヒトさんは……妻子持ちで、ちゃんとした大人だから……そんな、俺みたいなただの男子高校生に興味ある訳ないし…………だからヤりたいとか単純なのじゃ絶対ないし、フタさんへの嫌がらせにしては……その、俺とちょっとシなきゃいけないっていう、あなたのデメリットが大き過ぎる気がして…………どうして、あんなことしたんですか?」

「………………腹が立つほど鈍感だと思ったら、そう……そんなふうに私を見てたんですね」

ヒトは深いため息をつき、改めて俺に写真を突きつけた。

「大好きな恋人と、苦手な兄の事後の写真……フタが見たらきっと悲しんじゃいますね。いえ、それだけじゃありません。十二薔薇の男子高校生がこんな、和彫りの男と寝た写真なんて流出したら……あなたやあなたの家族だけでなく、学校の評判まで落ちますねぇ……ふふ、受験生の人生が狂うのは確実、各界の重要人物である卒業生の方々もタダでは済まないでしょうね……ふふっ」

反社会的勢力に属する人間らしい行動と言えなくはないが……どうなんだ? 確かに俺は十二薔薇の在校生で、その情報と一緒にあの写真を晒されたら大変なことになる。ヒトの言う通り様々な人間に悪影響があるだろう、俺と友人であることが知られているカミアにも迷惑がかかる。

「…………」

だが、脅しの材料というのは脅しに使うものだ、影響が大きくて脅しの効果は強いが、脅すメリットは? 俺を脅してどうするんだ? アキの部屋を建ててもらったから俺の家の財政状況は分かっているだろう、金が欲しいのか? それとも十二薔薇の卒業生とやらに今と同じような脅しをかけるのか?

「……………………俺の母はあなた達のボスが表向き勤めている会社の役員です」

「……それで?」

「俺が母に泣きつけば、反社との繋がりなんか知られたくないだろうあなた達のボスは、あなたの方を黙らせると思いますけど……どうですかね」

「ふぅん……?」

脅し返してみた、が、どうだ? ヒトは余裕の笑みを浮かべている。ガキの足掻きでしかないのか? それとも余裕を演じているだけか?

「…………まぁ、とりあえず……私の要求を聞いてからにしませんか? あなたにとっても悪い話じゃないと思うんですよ」

「……何ですか?」

「私の不倫相手になってください」

「………………は?」

「フタとは交際したままで構いませんよ。W不倫ってヤツですね、まぁあなた方は結婚とかはしてませんけど」

「……ヒトさんってノンケ……ぁ、えっと…………異性愛者、では?」

「…………最近気付いたんですけど両方イケるみたいですね」

「つまり、俺は……俺はっ」

「はい、あなたはもう……」

「仕事に疲れ兄弟の世話に疲れ家族との関係も上手くいっていない、ペットだけが癒しだった孤独で色気ムンムンの子持ち人妻とヤれるってことですか!?」

「フタの清廉潔白な恋人ではいられな……はっ?」

ようやくヒトの余裕ぶった笑顔が崩れた。心底からの戸惑った表情は、俺の知らない新たな魅力を孕んでいた。
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