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おまけ

おまけ VRデート

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※フタ視点 とある休日のフタの様子。



かぽっ、と猫缶を開ける音でヨンとイツが俺に寄ってくる。にゃあにゃあと甘えた声を上げ、俺の足にすりすり頬を押し付けている。缶の中身を半分に分けて、既に餌皿に入れていたドライフードの上に乗せ、餌皿を置く台の上に運んだ。

「食べていーよ」

ヨンとイツがんにゃんにゃ言いながら食べ始めてすぐ、レンジが鳴った。ソーセージが挟まったパンを中から取り出し、齧る。

「ねぇ~、今日これからやることあったっけ~?」

『今日の予定は、休日、です』

スマホの返事で今日は仕事がないことを知った。俺の毎日の予定はスケジュールアプリでヒト兄ぃが管理してくれている、だからスマホに聞けば俺がその日何をするべきか分かる。

「休みぃ? マジ? 何しよ……ねぇ~、俺休みの日って何して過ごしてたっけ?」

『すみません、よく分かりません』

スマホにも分からないことはある。俺は食べ終えたパンの袋を捨て、本格的にスマホを弄った。カメラロールを遡った。

「みつき……」

そうだ、休日の定番と言えば恋人と過ごすことじゃないか。でも今日の予定は何もないから、みつきとは会えない。デートの予定を入れておくべきだった。

「はぁ……休みの日って事前に知る方法ねぇのかなぁ~……なぁ、イチぃ」

机の上でくつろぐ大きな猫に向かって話しかけると、鬱陶しそうな顔で睨まれた。その立派な毛並みを楽しもうと手を伸ばすと猫パンチをされた。

「何ぃ、今日はご機嫌ななめぇ?」

ニィとミィは追いかけっこで遊んでいるし、ヨンとイツは毛繕い中。誰も構ってくれなさそうだ、俺は再びカメラロールに視線を落とした。

「ん……? ぁ、これいいじゃ~ん!」

ある長い動画のキャプションを見て俺はすぐさまそこに書かれていたことに従った。ベッドに座り、スマホ用のしょぼいVRゴーグルを着けて、動画を再生した。

『フタさん、どうしたんですそのメガネ……UVカットか何かですか?』

俺を見上げている水月が映った。

「みつきぃ~! あはっ、かわいい~! すっげぇこれマジでみつきとデートしてるみたいじゃん!」

キャプションによるとこの動画は、俺は覚えていないけれど前にみつきとデートをした時のものらしい。俺視点でモノを撮るためのカメラ付きメガネで撮った動画だそうだ。あのカメラ付きメガネは俺が何度も体験したいことがあった時のためにと買ったものらしい、覚えてないけど。

『俺も遊園地デートなんて初めてです、すごく楽しみにしてたんですよ』

可愛い笑顔だ。本当に楽しみにしていたんだろう、本心から俺のことが好きなんだろう、うれしい、かわいい、だいすきな俺の彼氏。

「…………あはっ、何も覚えてね~」

俺への好意を剥き出しにした視線と表情のみつきが映像の中に居る。このみつきを俺は生で見たはずだ、デートを楽しんだはずなんだ、なのに俺はそれを少しも覚えていない。こうして動画を見ても思い出せない。

「みつき……」

可愛い。かわいい。なんて可愛い笑顔だろう、俺のことが好きなんだな、俺もみつきが好きだよ、ごめんね何も覚えられなくて。

『髪型も服もっ、俺……その、何日も前からすごく悩んで、やっと決めて……だから、その…………ほ、褒めて……欲しいです』

「……かわいいよぉみつきぃ、かっこいい。いっぱい悩んだのかぁ、かわいいねぇ……ほんとかわいい」

髪型と服、普段と違うのかな。分かんないや。ごめんねみつき、オシャレしがいないよね、ごめんね。でも可愛いって思ってるよ、カッコイイし、似合うんだよ。

『フタさんに、好きになって欲しくて……』

瞳が震えている。零れてこそいないけれど目に涙が溜まっている。顔が赤い。どうしたんだろう、体調が悪かったのかな。

「みつきぃ、大丈夫……? んっ? ん……何、ちんこ痛い……」

潤んだ目で俺を見上げる可愛いみつきを見ていたら、何だか股間が痛くなった。一旦動画を止めてズボンと下着を下ろしてみると、陰茎がパンパンに腫れていた。

「うぇえ……朝なるヤツじゃん、なんで……?」

もうとっくに寝起きは過ぎているのに、どうして今朝立ちしたんだろう。まだ午前だから朝っちゃ朝だけど、うーん……まぁいいか、適当に縮めよう。



ヒト兄ぃに教わった縮め方。陰茎を握って擦るだけの簡単なやり方。尿ではないけれど、同じところから白くてドロっとしたものが出てくるから、事前にティッシュとかを用意しなければならない。

「ん、んっ……ふ、ぅうっ……!」

びゅるる……と吐き出されていく白い何か。これを出す時の感覚は気持ちよくて好きだ。擦る面倒臭さと、その後の脱力感は、あんまり好きじゃない。

「はぁ………………俺、何してたっけ」

手を洗い、スマホに今日の予定を聞こうとしたがスマホはない。部屋中を探して回るとベッドの上にVRゴーグルにはめられたスマホを見つけた。

「何か見てたんだっけ……」

VRゴーグルを装着し、動画を再開させると可愛い恋人の声が聞こえ、愛らしい笑顔が映った。

「みつきじゃーん、かわいい~!」

やっぱりみつきは可愛い。顔はもちろんだけど、何よりも視線や仕草が可愛い。俺のことが大好きなんだって、言葉にされなくたって分かる。俺はそこまで鈍くないしバカでもない。

「あー……みつきぃ、大丈夫ぅ?」

アトラクションから降りるとみつきは顔色を悪くして座り込んだ。でもすぐに立ち上がって笑顔で大丈夫と言っているから、俺も、動画の中の俺も、安心していた。

「大丈夫かぁ、よかった~」

食事中もみつきはジーッと俺を見つめていた。当時の俺もきっと見つめ返していた、だってこんなにも可愛いんだから。こんなに可愛いみつきを見ないなんてありえない。

「俺のこと好きぃ? みつきぃ……ふふふ」

みつきは俺のことが好きだ。見つめてくるし、笑顔が可愛い。俺に好きになって欲しそうにしてる。可愛い。俺もみつきが好き、大好き、みつきが俺を好きだから好き。

「…………みつきぃ」

動画の中の俺とみつきはお化け屋敷に入っていく。お化け役は恐竜で、みつきは結構恐竜が好きみたいで、俺の方をあんまり見なくなった。

「……?」

胸がぢりぢり痛い。さすってみても、軽く叩いてみても、痛みは変わらない。気にはなるけれど大したことはないので放っておくことにした。

『フタさん、手を……』

動画の中の俺とみつきが手を繋ぐ。俺は一人で手をぎゅっと握った、当然みつきの感触はしないし、みつきの感触を思い出せない。

「手……どんなだっけ」

柔らかかったっけ? ゃ、みつきは結構ガタイのいい男の子だから、多分硬いはず。でも若いからスベスベしてるはず。みつきは俺のことが好きだからすっごくぎゅってしてくるはず。

「こんな感じ……? んー、違う気がするぅ……」

左手と右手を繋げてみたってなんにも面白くなかった。また今度会った時に手を繋いでもらおう、あぁ、でも、スマホ今使ってるからメモ出来ないなぁ。

「うぉっ、何?」

突然みつきが大声を上げた。恐竜の着ぐるみに驚かされたみたいだ。動画の中の俺は腰を抜かしたみつきを抱っこして運んであげていた。

「あははっ、ぽかーんってしてる~、かわいい~」

みつきは驚いているみたいだ。

『す、すいませんっ、大丈夫です、下ろしてくださいっ』

そう言って俺の手から離れたみつきはまだ腰を抜かしていて立てなかった。嘘つきだ。顔が真っ赤で可愛い。

『ちょ、頭撫でないでください! 子供扱いしないで!』

頭を撫でられてみつきは怒っている。

「あー、みつきぃ、怒んないでぇ。俺がごめんね~? あーでも怒った顔もかわいいねぇ」

子供なのに子供扱いするななんて、変なの。

『俺は確かに未成年ですけどぉ! でも、子供って歳でも……ないし、童貞でもないし……』

「みつき? あーみつき落ち込んじゃったじゃん俺なにしてんの」

みつきが落ち込んでいる。動画の中の俺が余計なことを言ったみたいだ、可哀想に。俺がごめんね、みつき。



動画の中の俺はお土産屋さんで何度もスマホを確認した後、指輪を買ってみつきに着けてあげていた。

『………………フタさん。ありがとうございます……! すっごく嬉しいです!』

みつきはとても喜んでいる。可愛い笑顔だ。こんな顔初めて見た。俺が笑わせたはずなのに、俺はそれを覚えてない。

『大切にしますね』

こんなに喜ばせられたのに、俺は何も覚えていない。みつきは今でもこの指輪を持っているのだろう、俺に渡された時のことも覚えているはずだ、俺以外の人間は何日も前のことをずっと覚えていられるらしいから。俺は今朝食べた物が何かすら覚えられないのに。

「みつきぃ……」

ごめんね。ごめんねみつき。ごめんね。指輪のこと俺覚えてない、多分すぐに忘れる。忘れてごめんって思ったことも忘れる。また会った時、その指輪どうしたのって聞いちゃうかもしれない、ごめんね。

「ごめんね……みつき。普通の恋人がよかったよねぇ……」

みつきは画面の向こうで幸せそうに笑っていた。



遊園地から帰るみたいだ。車に乗っている。かーせっくす? というのをするみたいだ。でも俺が何かバカなことを言ってしまったみたいで、みつきが怒ってしまっていた。

「俺なにやってんのぉ……」

二、三の問答の後、動画の中で俺は「俺の何が好き?」と聞いた。

「あーそれ知りたかったヤツ~」

『何がって、えっと……まず顔と身体でしょ? それから、なんかおっとりしてるところとかいいなって思います。色々知らないことが多いところも可愛いし、忘れっぽいところも……その、可愛いです。なんか寂しそうですし……俺が傍に居てあげたいなって思えるんです』

「……? なんかいっぱい言った……いっぱい好きなのか~、みつきかわいい~!」

みつきの話はよく分からないものが多い。でもみつきはヒト兄ぃとは違って、俺が話を理解出来なくても殴ったりはしない。怒ったり悲しんだりはする。

「なんか殴られるよりそっちのがやなんだよな~……なんでだろ」

みつきの話をちゃんと理解して覚えていられるようになりたい。どうすればそうなれるんだろう。

「ん……?」

動画の中では運転席で寝転がった俺にみつきが乗っていた。車の灯りは点けられていて、カメラは何とかみつきの顔を映している。けれど、すぐにみつきの顔がカメラのすごく近くに来たから、みつきの顔が見えなくなった。

「近過ぎ~……何してんの? ぁ、ちゅーか……ちゅー…………いいなぁ~……」

俺もみつきとちゅーしたい……って、この動画は俺が撮ったんだった。

「何ぃ? かぶとあわせ……? ちんこを……へー、気持ちよさそう……みつき詳しいな~」

みつきが陰茎を触ってくれているのかな? カメラの角度が悪くて何も見えない。なんだか、また股間が張ってきた。少し痛い。ズボンを脱ぐと楽になった、下着を下ろすとムワッと独特な匂いが広がった。

「…………っ、ぁ……」

カメラにはちゃんと映ってはいないけれど、みつきは多分俺の陰茎を触りながら俺とキスをしている。俺の手は無意識のうちにみつきの手と舌を再現しようとした。右手は陰茎を握っていつも通りに扱き、左手は人差し指と中指を揃えて舌代わりにしゃぶった。

「ん、んっ……」

動画の中の俺と、今ここに居る俺の声が被る。二つの境界線が曖昧になる。白い液体を吐き出すタイミングは、きっと被っていた。

「はぁ……」

動画を止め、ゴーグルを外す。太腿や下腹、ベッドが汚れていた。ティッシュを用意するのを忘れていた。

「ぁー……しまった」

シーツを剥がし、洗面所で洗った。洗濯機に放り込んで服を着直そうとすると、いつの間にか傍に来ていたニィに頬を叩かれた。

「ニィ? 何?」

俺の肩から洗濯機へと飛び移ったニィは俺の腹をちょんちょんとつつく。

「ん……? うわ、なんかついてる。何これぇ……うわ、足にも? うわぁー……」

危うく服まで汚すところだった。俺は腹と足を綺麗にして、服を着直して、スマホを探した。ベッドの上に置かれたVRゴーグルにはめられていた。

「何か見てたんだっけ……?」

動画が途中だったので再生してみると、みつきが映っていた。みつきは車の助手席に居る、俺は車を運転しているみたいだ。

「……みつきかわいいなぁ~」

俺の部屋に帰ってきたところで動画は終わった。あの後みつきはどうしたんだろう、俺の部屋に泊まったりしたのかな、俺が家まで送ったのかな。

「…………ま、いいや」

充電切れが近いスマホにプラグを挿した。手に柔らかいものが当たり、見てみれば猫じゃらしを咥えたイツが俺を見上げていた。白い毛並みの可愛いこの仔は活発だ。

「遊びたいの? イツぅ、いいよぉ」

イツだけでなく他の猫達も寄ってくる。猫じゃらしを振り回して彼らとの時間を楽しみ始めてからしばらく、腕がだるくなってきた頃、スマホが鳴った。

「ん……電話だ。ちょっと待ってて」

にゃあにゃあと抗議の声が騒がしい中、俺はスマホを耳に当てた。

「フタで~す、誰~?」

『俺』

電話の向こうから低い声が聞こえた瞬間、俺の身体は勝手に床に正座をしていた。

「ボスぅ、どったの? もうこっち来る日だっけ」

『違う、毎月二十五日は報告入れる日だろ。イチに代われ』

「イチに……? いいけどぉ」

俺はスマホをイチの前に差し出した。イチは瞳孔を膨らませて俺のスマホを見つめている。

『イチ、今月は何体仕留めた?』

なー、なー、な、な、な

『七体? 多いな。よくやった、高級猫缶送ってやるからお供えしてもらえ。強い霊や怪異は居たか? お前らの手に負えないレベルのヤツで、大人しくしてないヤツは?』

な、なー、な、なー、なー、な、なー、なー、なー

『……そうか。分かった。フタに代わってくれ』

イチは俺のスマホを前足でむにっと押した。俺はスマホを耳に当てる。

「ボスぅ、なんかさぁ、イチとさぁ、話してるみたいだったね~! すごーい、流石ボスぅ!」

『どうも。何か先月と変わったことはなかったか?』

「分かんねー、先月とか覚えてね……ぁ、とうとう俺ぇ、恋人出来ちまったぜ~」

『へぇ……おめっとさん。それだけか?』

「ん~……んん~…………うん、覚えてるのはそんだけ。ごめんねぇボスぅ、記憶力なくてぇ……」

『謝る必要はない。大事なことは忘れないんだろ?』

「うん」

『なら俺は大事なことだけ聞ける』

……確かに!

『それに、記憶力が弱い人間ってのは使いどころが多い。何やらせても精神病まねぇからな』

「そなの……? でもさぁ、ヒト兄ぃは俺んこと……」

『アイツはバカだからな。周りに特色あるバカしか居ねぇから自分は頭がいいと思い込んでるだけの、無個性のバカ。人の使い方なんざ分かっちゃいねぇんだよ』

「……そなのぉ?」

『俺はヒトより、フタ、お前が好きだよ。能力がハッキリしてて使いやすい』

「えへへ」

評価されて自然と笑みが溢れた。

『お前ほど自然に霊と会話出来る人間は少ないし、通常霊や怪異に取り憑かれてる人間は生気や精、運なんかを吸われて命に関わる事態になるのに対し、お前が吸われるのは情報……あぁ、難しかったな。つまり、取り憑かれても元気でいられるってこった。最高だぜその特異体質は』

「何かよく分かんねぇけどありがと」

『……そもそも知能が低いから、情報の使い道も薄いしな。お前は三兄弟の中で一番俺の役に立ってる、誇れ』

「俺が一番……? マジぃ? そんなの初めて……! じゃ、ねぇ……ような、初めて言われたような……」

『俺が毎回言ってるんだ』

「あ、そぉなの。ありがと~ボスぅ」

『あぁ、元気でな、また今度。ばいばい、フタ』

「はーい、ばいばーい」

通話が切れた。

「俺が一番かぁ~……俺が三人の中で一番…………あれ? なんかこれめっちゃみつきに言われてぇ! 今度言ってもらお~、んで録ろ~、メモっとこぉ~」

忘れたくないことは忘れないうちにメモを残しておかなければ。俺は動作の重たいメモアプリを開いた。
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