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全て俺の願い通りに

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存在しない愛情をあると信じているのは、虚しい。だからないんだよと理論立ててしっかり教えてやった。

いや……少し、違う。

実際に存在していようとしていまいと、母親に自分への愛情がある、または昔はあったとセイカが思っていては、セイカが元の家に戻るという選択肢をいつか浮かばせるかもしれない。十二薔薇のテストで一位を取り優秀さを示した自分ならまた愛してもらえるとか何とか……そんなふうに考えて、母親に会おうとするかもしれない。

それはダメだ。

セイカの居場所は鳴雷家だけでなければならない。それが一番だ、それが幸福であるべきだ。母親の元に戻っても幸せになる道があるかもしれないなんて、セイカに少しでも思わせてはいけない。危ない。

そう、危ない……危ないんだ、セイカがあの家に帰るのは危ない。だってもしまたセイカが暴力を振るわれたり、食事を抜かれたりしたら、俺はきっと犯罪者になってしまう。だからダメだ、セイカは実母を諦めて鳴雷家の一員になる覚悟をさっさと決めるべきなんだ。

「……水月? 顔暗……どったの?」

「母さん……母さんも表情酷いよ」

アキの部屋を出てリビングに向かうと、母だけがソファの上で映画を眺めていた。観てはいなさそうだ。

「…………葉子が、あの外国人にすっかりお熱でね……ガキ迎えに来るだけの、数分顔合わせるってだけのためにメイクするって言うからムカついて……私がやってあげるっつって酷いメイクしてやったのよ。葉子、泣いて怒って拗ねちゃった。やんなきゃよかったのかなー……って。はい、アンタの番」

「セイカ様に……セイカ様は母親に愛されてなんかないんだよって、論理的にしっかり説明したら……怒らせちゃって、泣いちゃいまして……」

「あら、オソロじゃない」

「わたくしはママ上と違い後悔などしていませんよ。事実を述べた迄ですし、セイカ様に分かっていただかなくてはならないことです。もしかしたらあの時は愛されてたかも、だったらまた愛してもらえるかもなんて希望、ある方が辛いでしょ。実際愛されてたかどうかなんてどうでもいい……母親諦めて俺にして欲しい、俺に全部求めて欲しい。いやまぁ三割くらいはアキかママ上でもいいですけど、とにかく……あの女から、物理的にも精神的にも完全に離れて欲しい。セイカ様の中からあの女を抹消したい」

「あっらぁ~……私とは重さが違うわ」

下を向くのをやめて顔を上げる。演者の声は小さくて聞こえにくいのにBGMや効果音は大き過ぎる問題、洋画では邦画ほど感じたことはないなぁと漠然と思った。

「…………ニューラライザー」

「……は?」

「欲しい……セイカ様の記憶、改竄したい」

「うわぁ。でもアレ日付指定よ? 母親に関する記憶~とかじゃなくて」

「産まれてから今までの記憶を地道に消していけば母親への情もわたくしへの罪悪感も消えてセイカ様の精神は健康的になるのでは?」

「アンタその状態のあの子愛したいの……? 怖……」

「………………違う。そんなの……私の好きなセイカ様じゃない」

「よね。びっくりしたわ~」

「でも今セイカ様が頭打って記憶全部失くしても多分愛せるから実質同じでは?」

「なんか違うじゃん。故意と事故と不可逆と可逆は」

それもそうだなぁ、そもそも記憶を消す都合のいい装置なんかないしなぁ、と再び頭を抱えて落ち込む。

「…………セイカ様、泣かせちゃった」

「そこなのよねぇ……葉子泣いちゃったのよ」

「……泣かせたかった訳じゃないのに」

「分かるわぁ。泣かせたくはないのよね」

「…………ただ俺以外に大事にされたがらないで欲しいだけなのに」

「分か……らないわねそれは。何……え、アンタ…………割とヤンデレなとこない?」

「は? ありませんが? わたくしのどこが病んでるってんです、ママ上のおかげで健康に育ち色んな創作物に触れて情緒豊かに育ったわたくしが病んだり歪んだりする道理などあるものかぁ! むしろ病んで欲しい! セイカ様に病んで欲しい! わたくしだけを愛して欲しい! 今の病みはガチ病みだからちがぁう! 可愛いヤンデレみたいに一途な愛が欲しい……クソみてぇな母親に浮気しやがってぇ~!」

「怖……私の息子怖……」

「はぁー……はぁ…………あぁ、クソ……よし、落ち着いた。冷静になったのでもいっかいセイカ様のとこ行ってきまそ。今度は分かりやすく図解でセイカ様にはわたくししか居ないと教えてやりまそ」

「……あんま泣かせんじゃないわよ」

ノートとシャーペンを持ってアキの部屋に戻ると、ベッドからずり落ちたセイカが四つん這いで俺の足元まで向かってきて俺の足に縋り付き、消え入りそうな小さな声を震わせた。

「ごめん、なさい……」

「…………セイカ? 何が……」

「殴って、ごめんなさい」

「……あぁ、気にしてないよ。大丈夫、大したことないし」

本当に大したことがない。痛かったのは当たった瞬間だけで、赤くもなっていなかったみたいだから母にも気付かれなかった。

「ごめんなさい……ごめんなさい、鳴雷、鳴雷は…………正しい、よ。分かってる、分かってた、分かってたんだ、俺なんか産まれた時から愛されてなんかなかったって、ちゃんと知ってた、心底理解してた、ごめんなさい……思い知らされて、やだった、だけ。嫌わないで……」

必要なくなったノートとシャーペンを置き、その場に座ってセイカと視線の高さを合わせる。

「ごめんなさい……ごめんなさいぃ……お願い嫌わないでぇ……」

「…………言い方キツかったよな、ごめんな。もっと優しく言えばよかった」

泣きじゃくるセイカを膝の上に乗せ、しょっぱい頬にキスを繰り返しながら、落ち着いた声を意識して話す。

「セイカ……セイカを一番最初に愛したのは、俺だよ。お母さんじゃない。セイカを一番深く愛してるのも、一番強く愛してるのも、俺だよ。分かった?」

「うん……」

「嬉しい? 悲しい?」

「嬉しい……」

「悲しくない? お母さんじゃないこと」

「……鳴雷が、居るから……いい」

きゅ、と弱々しい腕が首に回る。濡れた頬が頬に擦り付けられる。

《うわ兄貴顔キモっ、何その邪悪な笑顔》

「ん? どうした、アキ。ふふ……二番目は俺だって言ってるのか? アキもおいで」

アキに手招きをすると彼は釈然としないと言った表情ながら立ち上がってこちらに来た。

「セイカ、ほら、アキ来たぞ」

「秋風……へへっ、世界一の美人兄弟が俺への愛情ワンツーなんて、俺世界一幸せなんじゃないか?」

「世界一の幸せ者は俺だよ。こんなに可愛い彼氏が居るんだから」

「ふふ…………鳴雷、大好き……秋風も。さっきはごめんなさい……昔の思い出なんかいらない、いらないから……その分、お前らの詰め込んで」

「もちろん! な、アキ」

《兄貴その笑顔怖ぇってば、いつもの顔に戻せよ》

セイカは母親を諦めている、居場所はここだけだとちゃんと理解してくれていた。俺の願望通りになってくれていたことに安堵して、肺の空気を全て出し切るような深過ぎるため息をついた。
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