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まさかの出会い

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明日も朝早く出かけるつもりなので、アラームや朝支度で起こしてしまわないよう自室で寝ようと思ったのだが、セイカに引き止められて三人でアキの部屋で眠ることになった。

「鳴雷……」

腕の中でセイカがもぞりと動き、小さな声を漏らす。

「……ん?」

「なんで、さっき……俺にあんなこと思い知らせたの? お母さんに……その、愛されてないってこと。なんでわざわざ……」

「嫌だったよな、ごめん」

「ぁ……い、いいんだ、それ自体はいい……知ってた、ことだし。ただ……なんでかなって」

髪が少し伸びてジョリジョリとした感触がなくなったセイカの側頭部を撫でながら、当たり障りのない返答を一度考えたが、正直に言うことにした。

「セイカのお母さんに嫉妬したから」

「……嫉妬?」

「うん。産んだってだけでセイカに好かれて、セイカに愛して欲しいって思われて、本当は愛してるんじゃないかなってセイカに信じようとされてたことに対しての、嫉妬」

「嫉妬……」

「だってさ、俺は一回めっちゃ嫌われちゃってさ、再会した時だって俺に復讐して欲しそうで、愛して欲しいなんて思ってくれたのしばらく経ってからじゃん? 俺の愛情かなり疑ってたみたいだし……物心つく前から大好きーってなって、愛情ないのにあるって信じようとしてたお母さんとは、随分な違いじゃん。腹立つよ」

「そりゃ、だって……子供は、生態的に……親に面倒見て可愛がってもらわないと生きていけないんだから、媚び売れるように親大好きになるよう本能に仕込まれてるんだよ」

「なー! ズルいよなー! 俺の方が愛してるのに!」

「い、今は……違うから、鳴雷……俺鳴雷が好きで、鳴雷に好きでいて欲しいし、鳴雷に好かれてるって信じたいし信じてるし、鳴雷にだけは捨てられたくないから……」

セイカは大声を上げた俺の唇に立てた人差し指を押し付けつつ、騒いだ俺を落ち着かせるように小声で早口で俺が満足するセリフを吐いた。

「セイカぁ……! 好きぃ~!」

《兄貴うるせぇよ~……なぁスェカーチカ、やっぱり二人で寝ようぜ。兄貴は寝言も寝相も騒がし過ぎる》

《い、今はちょっと俺が話しちゃってて……ごめん、静かにさせるから。鳴雷と一緒に寝たいんだ……》

《しょうがねぇなぁ。愛してるぜワガママプリンセス》

《……秋風は鳴雷と一緒に寝るの嫌なのか?》

《嫌だね、ヤれねぇのに同じベッドで寝るのは》

《秋風は……セックス以外で鳴雷の好きなとこないの?》

《あるぜ。けど、一緒に居るとどうしてもムラムラするからな。我慢すんの辛いだろ? 少なくとも後二日はまともに相手してくれねぇってのは確実だしな》

《……そっか、だよな。ごめん……変なこと言って》

「セイカ? 何お話してるの?」

「ぁ……えっと、明日も明後日も鳴雷が相手してくれないの、寂しいなって話……でも秋風もう寝たいみたいだから、静かに……鳴雷も朝早いんだろ」

彼氏達が愛おし過ぎて爆発しそうだ。しかしセイカの言葉が正しい、俺は明日も日が昇るかどうかという時間に出発しなければならない。

「くっ……明明後日に、抱き潰す……」

「えっ」

今日は一緒に眠るだけで我慢我慢、目を閉じて必死に意識を逸らし、どうにかこうにか眠ることが出来た。



コミケ二日目の朝、俺は眠る二人を起こさないように気を付けながらベッドを抜け出し、朝支度を整えた。

「にーにぃ……」

着替えを終えたその時、可愛らしい声が背後から聞こえた。目を擦りながら起き上がったアキの傍へ慌てて戻る。

「アキ、起こしちゃったか。ごめんな。まだ寝てていいぞ」

「……にーに、行ってらっしゃいです」

寝ぼけ眼で無垢な笑顔を向けられて、予定通りに出発することなんて常人には出来ない。だが、俺は笑顔で「行ってきます」と返し、引かれる後ろ髪をちぎり捨てるような気持ちで家を出た。

「くぅう……がわいがっだっ、がわいがっだよぉアキきゅんっ」

キスすらしなかったことを悔やみながら走り、始発に乗り込んだ。



二日目のコミケもまぁ、特に取り立てて言うことはない。昨日と同じく素晴らしい本の数々を購入させていただいているだけだ。

「サっ、サンファンさんが物凄いイケメンだって、相互さん達で話題だったんですよ……! マっ、ジっ、でイケメンっすね……あ、あの、不勉強で申し訳ないんですけど、俳優さんとかモデルさんとかだったり」

「しませんしません、一般人です」

「そうなんですか……? えぇー……? なんで……?」

大きなマスクをして髪型もダサめにしているのに、それでも俺の美形っぷりは外に漏れているようで取り置きの約束をしていたSNSで繋がりのある方の何人かに顔に言及されてしまった。

(うーむ、サングラスとかもかけてくるべきでしたかね、いえいえマスクにサングラスとか更に芸能人っぽくなっちゃいますぞ)

鼻眼鏡とか宇宙を背景にした猫のシャツとか、変わった物を身に付ければ顔への視線を減らせるか? いや、コミケでその程度の格好してもなぁ。

「……あれっ? おーい! おーいっ!」

「ボ卿……? よく出来たコスプレだな……」

寂れたサークルの売り子が手を振っている。知り合いでも居たんだろう。

「ねぇ~! ちょっとぉ~! 今見たよね!? 分かんない? 俺俺! 俺だって~! ねぇ~!」

ん? ハルの声じゃね? これ。

(いやいやハルどのがコミケに居る訳……うぅん、いやでも、彼氏の声を聞き間違えるとは)

呼ばれたと思って行ったら別の人を呼んでいた、誰しもが経験するとんでもなく恥ずかしいこと。あの恥ずかしさを味わいたくない。しかし、ハルが呼んでいるのかもしれない。

(わたくしは本を見に行くだけ、本を見に行くだけ……)

呼ばれた気がしたから行く訳じゃないんだと仕草に言い訳を醸し出しながらハルの声を出す売り子の居るサークルへ。

「……みっつんだよね? 俺俺、初春」

傍へ行くと売り子は小さな声で名前を明かした。

「ハル……!? 本物か、声がそうだなって思ったんだけど、ハルがこんなとこ来るかなって思ってて」

「姉ちゃんの手伝いなんだ~。暇だけど」

ハルの隣には「刷り過ぎた……フォロワーに騙された……」とぶつぶつ呟いているハルの姉が居た。そういえば一人だけオタクっぽいのが居たな、三人のうちのどれだったかは覚えていないけど。

「っていうか、ハル……そのコスプレは」

ハルのコスプレは全身を包むタイプだ。フルアーマーとでも言えばいいのか。頭から爪先まですっぽりと衣装に包まれているから、顔も髪の長さも分からずハルだという確証がなかなか持てなかった。

「姉ちゃん手作り」

「へぇー! よく出来てるなぁ。声掛けられた時怖かったもん」

「顔光るんだよ。ほら、ギャングウェイ! 中めっちゃ眩しいけど……目閉じても視界が白い」

顔全体がぼんやりと発光している。

「消せ消せ、目悪くなるぞ。っていうか光るのは真ん中の縦線だけじゃなかったか?」

「言わないでぇ……私のハンドメイドじゃそれが限界だったの……」

ハルの姉が今にも死んでしまいそうな声で答えた。余計なことを言ってしまったようだ、コミケという場で再現度に口を出すのは野暮だった。

「し、しかし暑くないか? そんな頭から爪先まで包まれてて」

「保冷剤中にいっぱい入ってるんだ~。暑いのは暑いけど、見た目ほどじゃないよ」

「そうか、よかった……」

「……みっつんさ、何買ったの?」

「えっ」

「見せて見せて~!」

「い、嫌だよ! やめろ離せこのゲス外道が!」

紙袋の持ち手を引っ張ってくるハルの指をどうにか引き剥がす。ハルが非力でよかった、人生最大の危機だったかもしれない。

「ケ~チ~……何、エロいの買ったの?」

「買ってないよ! 歳的に買えない!」

「エロいのをみっつんが隠すとも思えないしぃ……なんかもっと酷い、とんでもない特殊性癖モノ?」

「……人格排泄オナホ化とか?」

「え? 姉ちゃん何て?」

「急に何言ってんですかお姉さん! R18じゃねぇつってんだろ! もぉ……一冊だけだぞ」

あらぬ疑いをかけられたくはないので、最も心象の良さそうな本を取り出した。

「おっ、何何~?」

「あー……ほのぼの早川家ハートフルギャグ本かぁ」

「なるほど~…………でしたらこちらの監視基地ほのぼのギャグ本とかいかがでしょうか! 姉ちゃんが一生懸命描きました! 緊縛要素は含まれますが十八禁にはならないかと!」

「突然の営業トーク。前線基地本じゃないんだ」

「私……怖い人に見えていい人、的なキャラはすごく好きなんだけど……優しそうでえげつないことしてるキャラはあんま好きじゃなくて」

「隣に居ますけど」

「俺は~、物腰柔らかで紳士な倫理観ズレた敵キャラが好き~。追い詰められたからって急に口悪くなんのは俺的にはちょっと違って~、負けそうになっても負けても紳士な態度取ってて欲しい~」

「辞書引いたらそいつ出てくるレベルでピッタリだな、性癖開拓されただろ」

よくあんまり好きじゃないキャラのコスプレ衣装作ったな。案外弟想いなのか?

「そういえば~、せーかにこの漫画オススメして~、読むって言ってたんだけど~、どう? 読んでた?」

「え、どうだろ、帰ったら聞いてみる」

「よろしく~」

「そろそろ行くよ。ところでこれいくら?」

「あぁあ顔見知りに買われた恥ずかしいでもありがとう水月くん結婚して……」

ハルの姉が描いた本を購入。パラ見した感じ絵が下手な訳ではないし、コマ割りも魅力はないが読みにくくはない、内容はまだしっかり読んでいないので分からないが、もう少しSNSだとかでちゃんと宣伝出来ていたらあの程度の在庫はすぐに捌けたんじゃないだろうか、とサークルとしての参加経験なんてないくせに訳知り顔で考えた。
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